第五話 選ぶ側の地獄
――頭が、割れそうだった。
「……ッ」
視界が、情報で埋め尽くされる。
数値。
確率。
生存率。
犠牲者数。
人の人生が、数字として流れ込んでくる。
【管理権限 移譲中】
【仮管理者:レイ】
【制限付きアクセスを許可】
「レイ!!」
リリアの声が、遠い。
「大丈夫!? 返事して!」
「……生きてる」
そう答えたつもりだったが、
自分の声ですら、どこか他人事だった。
世界が、見えてしまう。
大地の下に残った魔力の流れ。
まだ崩壊していない街の断片。
点のように残る、生存者の反応。
「……こんなに、いたのか」
カインが、息を呑む。
「ああ」
俺は、拳を握った。
「でも……」
同時に、別の数字も見えている。
【世界維持コスト:不足】
【修復試行=必須犠牲:推定 1,024人】
「……くそ」
やっぱりだ。
誰も犠牲にしない世界なんて、
最初から“仕様外”。
『仮管理者レイ』
管理者の声が、頭に直接響く。
『最初の選択を提示する』
空間に、巨大なウィンドウが展開された。
【仮管理者選択】
A:北部廃都を修復
→ 生存者 312人救助
→ 代償:南部生存圏 崩壊(犠牲 480人)
B:南部生存圏を維持
→ 生存者 480人存続
→ 代償:北部廃都 完全消失(犠牲 312人)
「……は?」
俺は、歯を食いしばった。
「数字を増やすか、減らすかの話じゃないだろ……!」
『最適解はB』
管理者は、淡々と言う。
『総生存数が多い』
「……黙れ」
俺は、拳を震わせた。
「人を、計算で切るな……!」
だが。
否定しきれない。
Bを選べば、より多くが生き残る。
英雄としては、
管理者としては、
正しい選択だ。
「レイ……」
リリアが、俺の腕を掴む。
「無理しないで。
あなたが壊れちゃう……」
「……もう、壊れてるよ」
俺は、苦笑した。
カインが、低く言う。
「選ばなければ、どうなる」
『無選択の場合』
【ワールドエンド進行率:65% → 78%】
空が、きしむ。
「……選ばないことも、選択か」
逃げ道は、ない。
俺は、目を閉じた。
――この世界は、
誰かが必ず泣くように作られている。
でも。
「……第三の選択肢は?」
『存在しない』
「なら――」
俺は、歯を食いしばり、
管理権限の奥に手を伸ばした。
「作る」
『――警告』
『仮管理者の権限外行為』
【システム不安定化】
激痛が、頭を貫く。
「レイ!!」
リリアの叫び。
だが、俺は止まらなかった。
「……犠牲が必要なら」
震える声で、言った。
「俺を、使え」
沈黙。
管理者の声が、わずかに乱れる。
『……自己犠牲は、想定外』
「想定外でいい」
俺は、ウィンドウを書き換える。
【選択肢C:仮管理者の存在を燃料として消費】
→ 北部・南部、両エリアを最低限維持
→ 管理者レイ:存在劣化(不可逆)
『……成功確率:極めて低』
「それでもいい」
俺は、リリアを見た。
「誰かが選ばなきゃいけないなら」
微笑む。
「最初に間違えた俺が、払う」
【選択を確認】
【例外処理、実行】
光が、俺の身体を包む。
感覚が、薄れていく。
「レイ!! やめて!!」
リリアが泣き叫ぶ。
その声を、
俺は確かに聞きながら――
世界は、わずかに持ち直した。
【ワールドエンド進行率:65% → 61%】
数字が、下がる。
成功だ。
だが。
俺の視界の端で、
自分の名前が、少しずつ削れていく。
「……ああ」
これが。
選ぶ側の地獄か。




