第四話 神は、もういない
それは、夜でも朝でもない時間だった。
空の裂け目が、ゆっくりと明滅し始めた。
まるで、誰かがこちらを“観測”しているように。
「……来る」
カインが、低く言った。
「何が?」
リリアが身をすくめる。
俺は、嫌な予感を抑えきれなかった。
この感覚は、あの神殿と同じだ。
――そして。
【システム管理者、臨時接続】
視界が、ノイズに塗り潰される。
「……ッ!」
頭に、直接声が流れ込んできた。
『応答を確認。
対象コード:勇者個体レイ』
声は、神のものに似ている。
だが決定的に違った。
感情が、ない。
「……神か?」
俺がそう問いかけると、即座に否定が返ってきた。
『否定。
当該存在は、すでに削除済み』
「……削除?」
意味が分からない。
『私は、世界運用システムの管理残滓。
便宜上、“管理者”と呼称されたい』
空間が歪み、
人の形をした“何か”が現れる。
だが、輪郭は不安定で、
顔は途中までしか存在していない。
「……気味が悪い」
カインが、剣を構える。
『攻撃行動を検知。
無意味であるため、推奨しない』
管理者は、俺だけを見ていた。
『勇者個体レイ。
あなたは、仕様外の選択を行った』
「……Bを選んだことか」
『肯定』
リリアが、震える声で聞いた。
「神様は……どうなったの?」
一拍の沈黙。
『世界終焉により、
上位管理権限は消失』
「……つまり」
俺は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「神は、死んだ?」
『概念的には、そう解釈してよい』
その瞬間、カインの表情が歪んだ。
「……じゃあ、俺たちは何に祈ればいい」
『祈りは、すでに機能していない』
冷酷な事実。
だが、俺は別のことに気づいていた。
「なあ、管理者」
『要求を受信』
「世界が完全に滅びていないのは、なぜだ」
『……』
初めて、反応が遅れた。
『本来、ワールドエンドは即時完了する』
「でも、進行率は下がっている」
『……例外処理が発生している』
管理者の輪郭が、わずかに乱れる。
『人間同士の再接続により、
世界構造が部分的に再構築されている』
「再接続……?」
「人と人が、出会うことか?」
カインが言う。
『肯定』
俺は、息をのんだ。
「じゃあ……」
俺は、リリアとカインを見た。
「人が増えれば、世界は戻るのか?」
『理論上は可能』
「理論上、ってことは」
『成功確率:低』
管理者は、淡々と告げる。
『なぜなら』
空に、無数の赤い警告が浮かぶ。
【致命的エラー】
【世界基盤、破損率82%】
【修復期限:不明】
『この世界は、
もはや“正常稼働”を前提としていない』
「……じゃあ、どうすればいい」
俺は、拳を握った。
管理者は、しばらく沈黙したあと、言った。
『一つだけ、手段が存在する』
「あるのか……!」
『勇者個体レイ。
あなた自身が――』
一瞬、ノイズが走る。
『世界の管理権限を、
引き継ぐこと』
空気が、凍った。
「……は?」
リリアが、俺を見る。
「レイ……?」
カインも、言葉を失っていた。
『本来、神が担うはずだった役割』
『選択肢を与え、
世界を進行させる存在』
管理者は、静かに告げた。
『あなたはすでに、
世界を終わらせた』
『ならば次は――
世界を“選ぶ側”になる資格がある』
俺の頭に、無数のウィンドウが流れ込む。
選択肢。
分岐。
生存率。
犠牲数。
「……ふざけるな」
俺は、叫んだ。
「俺は、もう選ばない!」
『不可能』
管理者は、冷たく言った。
『あなたが拒否した場合』
【ワールドエンド進行率:65% → 100%】
「……ッ!」
『世界は、完全に消滅する』
沈黙。
リリアが、そっと俺の手を握った。
「……レイ」
「選択肢は、まだあるよ」
俺は、目を閉じた。
まただ。
また、選ばされる。
でも――
「……一つだけ、聞かせろ」
『要求を受信』
「もし俺が管理者になったら」
俺は、管理者を睨んだ。
「“彼女を犠牲にする選択肢”は、出てくるのか?」
管理者は、初めて即答しなかった。
『……』
『演算不能』
それが、答えだった。
俺は、深く息を吸った。
「……分かった」
目を開く。
「引き受ける」
カインが叫ぶ。
「正気か!?」
「正気じゃないから、ここにいる」
俺は、笑った。
「もう一度だけだ」
「今度は――」
「誰も、犠牲にしない選択を探す」
管理者の身体が、崩れ始める。
『権限移譲、準備開始』
空が、再び動き出した。
世界は、
俺に委ねられようとしている。




