第三話 世界に、まだ人はいた
灰色の大地を、どれくらい歩いただろう。
時間の感覚が、もう信用できない。
空は相変わらず割れたままで、昼も夜も区別がつかなかった。
「……疲れてないか?」
俺がそう聞くと、リリアは小さくうなずいた。
「大丈夫。でも……静かすぎて、怖い」
分かる。
この世界は、音がなさすぎる。
風が吹いても、音を立てない。
足音だけが、やけに大きく響く。
そのとき――
「……待て」
俺は、足を止めた。
「え?」
「今、聞こえた」
リリアも、息を潜める。
――カツン。
石を踏む、かすかな音。
「……人?」
俺たちは、顔を見合わせた。
この世界に、他にも生き残りがいる?
俺は、剣に手をかけた。
敵か、味方か分からない。
「……誰だ」
声を張り上げる。
「出てこい。敵なら……容赦しない」
沈黙。
一瞬、後悔しかけたその時。
瓦礫の影から、一人の男が姿を現した。
「……生きてる人間、久しぶりに見た」
年齢は二十代後半くらい。
鎧は壊れ、剣も刃こぼれしている。
だが、その目は――
異様なほど、冷静だった。
「……勇者?」
男の視線が、俺に突き刺さる。
「……その顔、見覚えがある」
嫌な予感がした。
「世界を滅ぼしたって噂の、元勇者。
――お前だな?」
リリアが、息をのむ。
俺は、逃げなかった。
「……ああ」
短く、答えた。
次の瞬間。
男は、笑った。
「はは……はははは!」
狂ったような笑い声が、空虚な世界に響く。
「やっと会えた……!」
彼は、剣を抜いた。
「俺の仲間は、家族は、
全部……お前の“選択”で消えた!」
殺気が、肌を刺す。
「待って!」
リリアが、前に出ようとする。
俺は、彼女を庇って、一歩前に出た。
「……恨まれて当然だ」
剣を構えながら、俺は言った。
「否定はしない」
男の目が、わずかに揺れる。
「……言い訳は、しないのか?」
「できるわけない」
沈黙。
剣と剣の距離は、数歩。
そのとき――
【ワールドエンド進行率:66% → 65%】
視界の端で、数字が減った。
「……?」
男も、気づいたらしい。
「今の、なんだ?」
「……分からない」
だが、一つだけ確信できた。
人と出会うことで、世界が“戻ろうとしている”。
「……名前は?」
俺は、剣を下ろした。
「カイン」
男は、警戒を解かないまま答えた。
「……俺は、レイ」
短い沈黙のあと、カインは言った。
「殺したい気持ちは、消えない」
「……ああ」
「でも」
彼は、視線を空に向けた。
「この世界を、このまま終わらせるのは……
もっと、気に入らない」
剣が、地面に突き立てられる。
「取引だ、元勇者」
カインは、俺を睨んだ。
「世界を元に戻す方法があるなら、
俺も協力する」
「……その代わり?」
「もし、失敗したら」
彼は、はっきりと言った。
「その時は――俺が、お前を殺す」
リリアが、強く俺の服を掴む。
俺は、うなずいた。
「……それでいい」
こうして。
世界を壊した男。
世界を奪われた男。
そして、救われてしまった少女。
三人で、
終わった世界を歩くことになった。




