第二話 世界のない朝
目を覚ましたとき、音がなかった。
風の音も、鳥の声も、遠くの街のざわめきも。
あるはずの“世界の雑音”が、すべて消えている。
「……ここは」
俺は、ゆっくりと上体を起こした。
そこは神殿だった――はずの場所。
だが今は、半分が崩れ落ち、空の代わりに真っ黒な裂け目が広がっている。
朝か夜かも、分からない。
「……レイ?」
隣で、声がした。
「リリア……!」
慌てて振り向く。
彼女は、確かにそこにいた。
ちゃんと息をしていて、目も覚めていて、俺を見ている。
「大丈夫か? どこか痛むところは――」
「……生きてる」
リリアは、自分の両手を見つめながら、ぽつりと言った。
「私……生きてる」
その声は、喜びよりも戸惑いに近かった。
俺は、何も言えなかった。
世界を犠牲にして救った命。
それを、どう肯定すればいいのか分からない。
「外、行ってみよう」
沈黙に耐えきれず、そう言った。
神殿の外は、完全な廃墟だった。
いや、廃墟ですらない。
街があったはずの場所は、地形ごと消えている。
建物の残骸すらない。
ただ、灰色の大地と、空を裂く黒い亀裂だけ。
「……誰も、いないね」
リリアの声が、小さく震えた。
「ああ」
俺は、うなずくしかなかった。
人類は、滅びた。
俺の選択で。
「……ごめんなさい」
突然、リリアが言った。
「私が、あの時……レイの手を掴まなければ……」
「違う」
即座に、俺は首を振った。
「選んだのは俺だ」
世界を見捨てたのも、
英雄をやめたのも、
全部、俺だ。
「でも……」
リリアの瞳が揺れる。
「私、怖いの。
生きてるのが……」
その言葉は、胸に突き刺さった。
生き残ったこと自体が、罪になる世界。
「……なあ、リリア」
俺は、空を見上げた。
黒い裂け目の向こうに、星はない。
「この世界……本当に、終わったと思うか?」
「……え?」
「神は言った。
“世界は滅びる”って」
でも。
滅びたのは、人類だけなのか?
それとも、世界そのものなのか?
そのとき。
――キィン。
空気が、凍りつくような音がした。
目の前に、あのウィンドウが再び浮かび上がる。
【ワールドエンド進行率:68%】
「……進行率?」
数字が、ゆっくりと動いている。
67%
66%
「減ってる……?」
俺は、息をのんだ。
【観測者不在】
【修復条件:未達成】
神の声は、もう聞こえない。
だが、システムだけは、まだ生きている。
「レイ……これって……」
「ああ」
俺は、拳を握りしめた。
「世界は、完全には終わってない」
つまり――
まだ、やり直せる余地がある。
英雄でも救世主でもない。
ただ、選択を間違えた人間として。
俺は、リリアに向き直った。
「行こう」
「どこへ……?」
「世界の“続き”を探しに」
黒い空の下、
俺たちは歩き出した。
これは、
世界を壊したあとから始まる物語だ。




