第一話 正解は最初から一つだった
「――選択してください」
その声は、やけに事務的だった。
目の前に浮かぶ半透明のウィンドウ。
ゲームでしか見たことのないそれが、現実に存在しているという事実を、俺の脳はまだ処理しきれていなかった。
【最終選択】
A:世界を救う
B:彼女を救う
「……ふざけてるのか?」
思わず、そう呟いてしまう。
俺の名前はレイ。
つい数日前まで、平凡な高校生だった――はずだ。
トラックに轢かれて死んで、
目を覚ましたら剣と魔法の異世界。
神を名乗る存在にこう言われた。
「君は勇者だ。世界を救ってほしい」
テンプレ。
あまりにもテンプレな異世界転生。
だから俺は、剣を握った。
魔物と戦い、仲間を失い、それでも前に進んだ。
そして今。
世界の命運を決める最終局面で、これだ。
「世界を救うか、彼女を救うかって……」
視線を横にやる。
石の床に横たわる少女――リリア。
この世界で、俺が最初に出会った人間。
笑うと少し八重歯が見える、優しい女の子。
だが今は、呪いに侵され、息も浅い。
「レイ……」
かすれた声で、彼女が俺を呼ぶ。
その手を取ると、驚くほど冷たかった。
「ごめんね……私のせいで……」
「喋るな」
そう言った声が、震えていた。
神官は、静かに首を横に振った。
もう助からない。
世界を救う儀式を行えば、彼女は確実に死ぬ。
「当然の選択だろう?」
背後から、神の声が響く。
「一人を犠牲にして、世界を救う。
それが勇者の役目だ」
正論だ。
誰もがそう言うだろう。
リリア一人より、世界全体。
秤にかけるまでもない。
――でも。
「……なあ」
俺は、神に問いかけた。
「この選択肢、最初から答え決まってるよな?」
神は、答えない。
沈黙が、すべてを物語っていた。
これは選択じゃない。
従うか、罰を受けるかの二択だ。
リリアの指が、わずかに俺の服を掴む。
「レイ……生きて……」
その瞬間、胸の奥で何かが切れた。
「……無理だろ」
俺は、笑っていた。
「世界を救ってさ、
君がいない世界で生きろって?」
指先が、選択肢に触れる。
A:世界を救う
B:彼女を救う
「俺は勇者失格でいい」
そう言って、俺は――
B:彼女を救う
を選んだ。
【選択を確認しました】
【ワールドエンドフラグを起動します】
「――は?」
次の瞬間。
空が、割れた。
悲鳴のような轟音とともに、大地が崩れ落ちる。
神殿の柱が砕け、光が暴走する。
「やめろ!!」
神の声が、初めて感情を帯びた。
「その選択は誤りだ! 勇者!!」
俺は、崩れゆく世界の中で、リリアを抱きしめた。
彼女の体が、ゆっくりと温かさを取り戻していく。
「……レイ?」
「ああ」
俺は、静かに答えた。
「生きてるぞ。君は」
その代わりに、世界が終わった。
空は砕け、光は消え、
人類の歴史は、音もなく途切れた。
英雄は、いなくなった。
救世主も、存在しない。
残ったのは――
選択肢を間違えた俺と、救われてしまった彼女だけ。
そして、ここからが本当の物語だ。




