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第六話 ミニマム

 あたいは決断に迷っていた。


「どうすれば......」


今急降下すると帰還できないかもしれない。

それが頭によぎって決断ができない。


「うぅ......」


次の瞬間、耳が壊れるかと思った。


「もういい!急降下を行う!」


キーンと耳が鳴りながら体が浮いている感じがした。


いや違う。浮いている。


エンジンも悲鳴を上げながら降下をする。


海がすぐそこまできた時エンジンの音が、弱まる。


「……助かった?」


誰かが言う。


確信はない。

でも状況が変わった。


でももう大丈夫だ。

奴らが追撃できないところまで来ている。


あたいは、地図を握りしめる。


後ろで撃っている人たちのためにも、ここで間違えるわけにはいかなかった。


百式重爆は傷を抱えたままそれでも帰還針路を保ち続けていた。


このまま順調に帰れると思っていた。


東京湾に差し掛かった頃。


「右エンジン、出力低下!」


イチカが叫ぶ。


絶体絶命だ。


「やっぱり......私たち......」


ハナが泣き始める。


だがそれを見たイチカは何かが切れたみたいだ。


「......いいから黙って操縦桿握れ!生きて帰るんだよ!」


その時、時間が止まったかと思った。


でも少し経った後ハナが口を開く


「で......でもぉ!」


泣いている。


痺れを切らしたのか再度声を荒げる。


「......レイ!ハナと交代して!」


「えっ!?!?」


突然の事で理解ができなかった。


でもツバメに連れられてすぐに移動して交代した。


「レイ。あと何キロなの?」


交代後のイチカの第一声がそれだ。

全く......効率厨なんだから。


「二十キロくらい......」


そう言うとイチカは黙り込んでしまう。

少し考えた後イチカが口を開く。


「やっぱり本当に生きて帰られるのかな......」


「お姉ちゃんが弱気でどうするの!生きて帰るんでしょ!」


思わず私も声を荒げてしまった。


(航行中に冷静さを欠いてどうするんだよ......あたい......」


 少し落ち込んでいると何か外が違和感に感じた。

空が、少しだけ薄くなり始めていた。


東の空が、黒から濃紺に変わる。

それだけで、長い時間を飛んできたことが分かる。


「学校......見えた」


イチカの声。


前方、かすかな灯り。

誘導灯が、点々と並んでいる。


——帰ってきた。


それだけで、胸の奥が少しだけ緩んだ。


でも、油断はできない。


「そろそろ着陸?」


ツバメが口を開く。


「……そうだね」


そう言ってイチカがレバーを下げる。


「ギアダウン」


イチカがそういい、モーターの音が鳴る。


数秒後、金属音と鈍い衝撃がくる。


「ギアダウンよし」


「了解。」


それを聞いたあたいは地図を閉じ、計器に集中する。

速度。

降下率。

残燃料。


どれも、余裕はない。


でももうすぐ着陸できる。


その一心でみんな心を入れ替えて集中していた。



「フラップワンファイブ」


「了解」


百式重爆が、重くなる。


空気を噛む音が変わり、機体がじわじわと沈み始める。


操縦席も後部も誰も喋らない。


無線も静かだ。


たぶん同じように傷ついた機体が他にも帰ってきている。



滑走路が、真正面に見えた。


長い。

暗い。

でも、確かにそこにある。


ゆっくりと降下をしていく。

高度計は三百フィートを指していた。


ミニマム(着陸判断)


あたいがイチカへ伝える。


コンテニュ(着陸続行)ー」


イチカがそう返す。

これでやっと着陸できる。


「高度百......五十......三十......十......五!」


地面が、迫る。


——頼む。


心の中で、誰にともなく言った。


ドンッ!という衝撃がくる。

思ったより、強い。


次に、ゴゴゴ……と低い音。


右に、少しだけ引っ張られる。


「……抑える」


イチカが、短く言う。


操縦桿が、微妙に動く。


タイヤが、滑走路を掴む。


速度を落とそうとするがなかなか落ちない。


止まらないんじゃないか、そう思った頃——

ようやく、速度が落ちた。


「……止まる」


その一言で、全員が息を吐いた。



誘導路に入る。


機体のあちこちが、悲鳴を上げている気がした。


格納庫前で止める。


エンジンを停止すると回転音がゆっくり消えていく。


静寂。


早朝の妙に澄んだ空気。


扉が開き冷たい空気が流れ込む。


あたいはしばらく動けなかった。


足が重い。


地面に降りた瞬間、ようやく実感が追いつく。


——帰ってきた。


格納庫の灯りが、

順番に点いていく。


そこに並ぶのは、全部じゃない。


数えない。

今は、数えない。


三浦先生が、近づいてくる。


「……おかえり」


それだけだった。


褒め言葉でも、慰めでもない。


事実を言っただけの声。


あたいは、空を見上げる。


朝焼けが見える。


同じ空。

同じ滑走路。


でも、前と違う感じがする。

 

百式重爆は、傷を抱えたまま、静かにそこに立っていた。


あたいはなぜか朝焼けがぼやけて見えた。

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