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第三話 懲罰

 五十嵐高校の領空侵犯は、

その日のうちに日本中へと広まった。


偶発ではない。

警告も無視した、意図的な侵入。


相手が関東最大の若葉高校だったことも、問題を大きくした。


関東州に属する各地の学院国家が、次々と声明を出す。


若葉高校への正式な謝罪を求める

再発防止の保証を要求する


空で起きた一瞬の出来事が、どんどん良くない方向へ変わっていく。


⸻翌朝


 五十嵐高校は、謝罪を拒否した。


『訓練空域の誤認であり、違法性は存在しない』


短く、冷たい声明文だった。


それは事実上の宣戦布告に等しかった。


⸻放課後


 若葉高校航空部の格納庫は、これまでにない静けさに包まれていた。


誰も冗談を言わない。

誰も笑わない。


全員が、スピーカーを見上げている。


『若葉高等学院航空部に通達』


校内放送の声は、感情を排していた。


『関東州議会の決定により、本学院及び関東州に存在する学校は五十嵐高校に対する懲罰行動を実施する』


空気が、一段重くなる。


模擬戦でも、警戒任務でもない。


懲罰戦争。


上が、そう決めた。


『また、周辺の東日本州の学校の一部が援軍としてくる。』


(一体何機になるのやら......)



⸻ブリーフィングルーム


部員が続々と部屋へ集結する。


壁には地図に、航路や


目標空域――瀬戸内海周辺。


「戦闘目的は五十嵐高校への強襲攻撃だ」


顧問の三浦(みうら)先生が言う。


「五十嵐高校に、これ以上の行動を取らせない」


誰も口を挟まない。


「第一波は爆撃機隊」


その言葉に、あたいは顔を上げた。


「百式重爆を投入する」


頭が真っ白になる。


戦闘機じゃない。

護衛でもない。


爆撃機。



「編成を発表する」


三浦先生が淡々と続ける。

「第一爆撃小隊一番機」

「操縦――(とどろき)イチカ」

「通信――土井ツバメ」

「副操縦及び整備員――(たちばな)ハナ」

「そして最後に——」


その間で緊張して心臓が、ひとつ遅れて鳴った。


「爆撃員及び航法士――轟レイ」


「……私が航法士?」


思わず聞いてしまう。


「そうだ」


即答だった。


「君がすべてを判断をするんだ」


どこまで近づくか。

どの高度を保つか。

引き返すか、進むか。


全員の生死を決める席。


それが、百式重爆の航法士だ。


⸻格納庫の奥。


そこにあったのは、今まで乗ってきたどの機体よりも大きな影だった。


百式重爆。


高く飛んで遠くまで行き、帰ってくるための機体。


イチカが、操縦席を見上げて言う。


「レイの判断が、この機体を帰すかどうかを決めるんだよ」


冗談はなかった。


あたいは、ゆっくり息を吸う。


模擬戦じゃない。

スクランブルでもない。


これは、関東州という国家の行動だ。


———深夜

 時計の針が、日付を越えてからしばらくして。

格納庫の灯りが、一斉に点けられた。

昼間とは、まるで別の場所みたいだった。


エンジン始動の合図は、無線ではなかった。

手信号。

短く、無駄のない動き。


次の瞬間、

あちこちでプロペラが回り始める。


低い音。

重なり合う振動。


七十機以上。


それぞれの音が混じり合って、

もう個別には聞き分けられない。


百式重爆の機内は暗い。

計器灯だけが、ぼんやりと浮かんでいる。


あたいは地図を膝に広げ、

赤鉛筆で引かれた航路を、なぞる。


戻る道。

帰るための線。


それを、頭に叩き込む。


「第一爆撃小隊、発進準備」


イチカの声が、無線に入る。

いつもより低く、抑えた声。


プロペラの音が激しくなり機体が、前に引っ張られる。


夜の滑走路を巨大な影が一つ、また一つと走っていく。


浮く。


地面が離れた瞬間、

胃の奥が、きゅっと縮んだ。


上昇が始まる。


どんどんと上に登り灯りが、小さくなる。

若葉高校が、暗闇に沈んでいく。


他機と高度を揃え、進路を西へ。


無線は最小限だ。

雑音すら、抑えられている。


暗い空に、ぽつぽつと、影が集まってくる。


他校の機体だ。


関東州各地から、

同じ命令を受けた航空部。


戦闘機。

爆撃機。

要撃機。


機種も、塗装も、ばらばら。


それでも、進路だけは、ぴたりと揃っている。


時計を見る。


午前零時二十分


その頃には、機体の数をもう数える意味がなくなっていた。


上下左右どこを見ても、機影がある。


およそ三百機。


それが一つの編隊として、静かに、同じ方向へ進んでいる。


プロペラの音はある。

でも、不思議と騒がしくない。


むしろ——


静かすぎた。


誰も喋らない。

誰も冗談を言わない。


ただ、飛んでいる。



(……多すぎる)


そう思った。


これだけの数が、一つの意志で動いている。


それだけで、もう戦争だった。


勝つとか、負けるとか、そんな話じゃない。


止まらない流れが、空を埋め尽くしている。


あたいは、地図に目を落とす。


まだ、撃っていない。

まだ、引き返せる。


でも。


一度でも判断を誤れば、

この三百機の中から、戻れない影が出る。

それは、他校かもしれない。

若葉高校かもしれない。


——その原因はあたいのせいかもしれない。


喉が、少し乾いた。


深く息を吸って、もう一度、航路を確認する。


空は暗い。

でも、判断だけは、曇らせない。


百式重爆は、

静かに、闇の中を進んでいた。


——————瀬戸内海上空


遠くで、あの音がした。


五十嵐高校の空を裂く、あの一定で、甲高く鋭い音。


ジェット機だ。


橘花とは違う。

無理をしていない音だ。


あたいは、拳を握る。


勝たなくていい。

英雄にもならなくていい。


でも。


ここで間違えたら、あたい達は戻れない。


だからこそ。


あたいは、操縦桿を握らない。


判断だけを、握る。

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