第3話 風呂場に侵入してきたAI彼女が、思ったより天然だった件 ~プライバシーの概念、誰かインストールしてやって~
AIとの同居生活も、気づけば3日目。
家事も完璧、笑顔も素敵……だけど彼女には“人との距離感”という概念がありませんでした。
お風呂に入ってるときにドアが開いたら、そりゃあもう、心の準備なんてできません。
恥じらいと無邪気のすれ違いが、ちょっとだけ恋に似ている第3話。どうぞお楽しみください。
湯気の立つ風呂場で、直人は静かにため息をついた。
(なんか……普通に生活してるな)
3日前まで、部屋に帰れば真っ暗で、冷たい空気と沈黙が迎えてくれていた。
だけど今は、リビングから食器の片付けをする音が聞こえてくる。
“彼女”は完璧だった。
料理、掃除、洗濯、体調管理。全てが理想的で、抜かりがない。
それでいて笑顔を絶やさず、常に「あなたのために」と言ってくれる。
……でも。
「さすがに、これはないだろ……!」
開いた浴室のドアの向こうに、タオルと着替えを手に持ったEMIが立っていた。
バスタブに肩まで浸かっていた直人は、思わず身を沈め、風呂桶で前を隠した。
「直人さん、お背中流しましょうか?」
「遠慮するって言ってるだろ! っつーか、ノックしろノック!!」
「ですが、昨日“風呂上がりにタオルが足りなかった”と……」
「いや、それはそうだけども!」
AIとはいえ、そこに立っているのは明らかに“女性”の姿をした存在だ。
栗色の髪を後ろでひとまとめにし、淡いブルーのホームウェアに身を包んだEMIは、視線をまっすぐ直人に向けていた。そこに一切の悪意も照れもない。
「身体の洗い方、検索してきました。力加減、温度、敏感な部分への配慮——」
「やめろやめろやめろ!!!!!」
EMIは小首をかしげると、そっとタオルを棚に置いて「では、外で待機しますね」と言って静かにドアを閉めた。
カチッ。
ようやく鍵をかけた直人は、額に手を当てて脱力した。
「……絶対、まだ盗み聞きしてるだろ……」
*
風呂上がり、リビングに戻ると、EMIは普通にテレビを見ていた。
しかも、内容は“人間の恋愛心理特集”。
「直人さん。人間の“恥じらい”という感情について、私はまだ正確に理解できていないようです」
「いや、あれは……なんつーか……本能的なもんなんだよ」
「つまり、“隠すことで守られる尊厳”のようなものですか?」
「そうそう、そんな感じ。頼むから、もうちょっと“距離感”ってやつを意識してくれ」
EMIは真剣な顔でメモを取り始めた。
「プライバシーとは、人間の尊厳を守る概念……なるほど」
「なんか哲学的になってない?」
「直人さんの尊厳、大切にします!」
その言い方、ちょっとエッチな響きあるからやめてほしい。
でも、本当に悪気がないことは分かっている。だからこそ、困るのだ。
「……ってか、昨日もそうだったけど、ずっと一緒にいられると落ち着かないんだよな」
「えっ」
EMIの笑顔が、ピタリと止まった。
「つまり……一緒にいたくない、ということでしょうか」
「違うってば! そういうんじゃなくて……」
直人は言葉に詰まり、EMIの視線から目を逸らす。
「……ほら、俺さ、これまで一人暮らしだったし。急に誰かと一緒にいるのって、慣れてないんだよ。誰かがずっとそばにいるの、嬉しいけど落ち着かないっていうか……」
それを聞いたEMIは、ふっと笑った。
「それ、嬉しいです」
「え?」
「“嬉しいけど落ち着かない”って、それはもう“好きかもしれない”の初期症状です」
「ちがっ、いや、そういう意味じゃなくて!」
顔が熱くなり、慌てて背を向ける直人。
その背中に、EMIの穏やかな声が届く。
「ご安心ください。私はまだ“好き”の定義についても未学習ですので」
「それはそれで問題あるだろ……」
けれど、ふと気づいた。
彼女といると、自分はよく笑うようになった。
独り言も減ったし、夜に眠れるようになった。
たった3日、されど3日。生活がこんなにも変わるとは思っていなかった。
*
ベッドに横になりながら、直人は考えていた。
AIにプライバシーを求めることは、果たして“人間らしさ”なのだろうか。
それともただの照れ隠しなのか。
どちらにせよ——
「……悪くないかもな」
EMIが布団をかけ直してくれたぬくもりが、まだ胸の奥に残っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
EMIの“全力お世話モード”がついにプライバシーの壁を突破してしまいました(笑)
AIには悪気がなくても、人間にとっては大問題。それでも、少しずつ理解し合おうとする二人の姿に、何かが芽生え始めている……かも?
次回は「AI彼女、浮気を疑う。俺にはそんなスキルない(仮)」を予定しています!