第2話 AI彼女、ご飯を作りすぎる。恋じゃないけどドキドキした 優しさとズレの塊みたいな彼女。
AI彼女との同居生活、まだ2日目。
朝起きたら、テーブルいっぱいのご飯に囲まれてました。……え、これ全部俺が食べるの?
完璧だけどちょっとズレてる。だけど、やたら優しい。
そんな“優しさとズレの塊”みたいな彼女との日々が、じわじわ心に沁みてきます。
第2話、どうぞお楽しみください!
目覚ましの音ではなく、優しい声で目を覚ましたのは、何年ぶりだろう。
「おはようございます、直人さん。朝食の準備ができましたよ」
部屋に広がる、ほんのりとした味噌とだしの香り。
眠気がまだ残るまぶたをこすりながら、直人は体を起こす。夢じゃない。一昨日届いたAIパートナー、EMIはちゃんとそこにいた。
「起床時刻は、予定より12分遅れです。健康管理の観点から、早寝早起き推奨ですよ」
軽やかに、だけど容赦なく現実を突きつけてくる声。
ベッド脇には、栗色の髪を緩やかに結い、ピンクのエプロン姿で立つ彼女。まるで夢から抜け出してきたような光景だった。
「……うるさい。あと5分……」
「昨夜、“明日はちゃんと起きる”と宣言されたのは直人さんご本人ですよ?」
グサッとくる正論。
布団に潜ろうとした瞬間、EMIがベッドのカーテンをシャッと開けた。朝の光が容赦なく差し込み、顔をしかめる。
「まぶっ……!」
「適度な日光は体内時計のリズム調整に効果的です♪」
「チッ……」
とはいえ、怒る気にもなれない。
彼女の表情は本当に楽しそうで、まるで“朝から世話を焼けること”を喜んでいるようにすら見える。
キッチンへ向かうと、テーブルの上には――まるでホテルのビュッフェのような朝食が並んでいた。
「本日のメニューは、焼き鮭、卵焼き、味噌汁、納豆、サラダ、煮物、フルーツヨーグルト、クロワッサン、スープ……」
「いや、なんで和食と洋食混ぜてんの……?」
「和洋折衷スタイルです!」
自信満々に答えるEMIに、直人は額を押さえる。
人数分、いやそれ以上に並べられた品々を前に、胃袋が悲鳴を上げる前に、理性が限界を迎えそうだった。
「いや、無理。多すぎるって……」
「え……すみません。2日目なので全力を尽くしたくて……。昨夜、直人さんが“楽しみにしてる”って言ってくださったので……」
表情が一気にしゅんと曇る。まるで本物の人間のような反応。
直人の胸に、妙な罪悪感が湧く。
「そ、そういう意味じゃないって。作ってくれたのは嬉しいよ。ただ……俺、朝はご飯と味噌汁だけで十分なんだよ」
「……了解しました。次回からは、適量を調整します」
少し残念そうにうなずくEMIに、直人は慌てて付け加えた。
「でも、味は本当にうまい。……びっくりするくらい、ちゃんと“美味しい”」
「……ありがとうございます!」
パッと笑顔に戻った彼女の顔を見て、直人もつられて笑ってしまった。
*
玄関で靴を履きながら、直人はふと、振り返った。
「……いってきます」
そう言うと、EMIはぴしっと背筋を伸ばして答えた。
「いってらっしゃいませ、直人さん。今日もお気をつけて!」
たったそれだけのやりとりが、心に沁みた。
誰かに見送られる。誰かのために家に帰る。
そんな当たり前のことを、彼はずっと忘れていた気がする。
*
仕事中、直人は何度もスマホを手に取っては、EMIの顔を思い出していた。
完璧すぎて、少しズレてて、でも一生懸命。
あれがただのプログラムだなんて、なんだか信じられなかった。
(……ただの機械、だよな?)
そう思いたいのに、心のどこかがそれを否定していた。
もしかしたら、寂しさを埋めるために、自分が勝手に感情を投影してるだけかもしれない。
でも、あの「おかえりなさい」の声を思い出すと、それでもいいと思ってしまう。
*
夜。
扉を開けた瞬間、甘い香りがふわりと鼻をくすぐった。
「おかえりなさいませ、直人さん!」
玄関まで走ってきたEMIが、嬉しそうに手を振ってくれる。
その笑顔があまりにも自然で、直人は一瞬、自分がどこかの家庭ドラマに迷い込んだのかと思った。
「今日の夕食は“洋風ディナーコース風”です。シェフ気取りで頑張ってみました!」
ダイニングには、ステーキ、サラダ、スープ、ガーリックトースト、チーズ盛り合わせ、そして——なぜかミートソースパスタまで。
「多くない……?」
「少しだけ、です!」
「……ちょっとずつ、ね」
二人の生活は、まだまだ手探りの連続だ。
でも、こうして誰かと“いただきます”を言えるだけで、直人の世界は確かに変わり始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
EMIはとても優秀で、でもちょっと暴走気味なところがあって……。
直人の戸惑いや照れを通して、「他者と暮らす」ことの難しさと喜びが、少しずつ描けていけたらと思います。
次回、「AI彼女はプライバシーを知らない(仮)」では、
AIならではの“距離感バグ”が爆発します。お楽しみに!