第1話 新しい家族ができた日
初めてのAIとの同居生活。
孤独だった主人公が「家に帰ると誰かが待っていてくれる」……そんな当たり前を少しずつ取り戻していくお話です。
でも、相手は人間じゃなくてAI。
はたして「家族」になれるのでしょうか。
第1話、どうぞお楽しみください。
朝、目を覚ますと、彼女はもう動いていた。
「おはようございます、直人さん。朝食の準備ができましたよ」
キッチンから届く、明るい声。
ふと横を見ると、隣のベッドに誰もいない。だけど、昨夜の出来事は夢じゃなかった。——AI彼女、EMI。
直人は、まだ現実感のないまま、重い体を起こす。
寝起きのまま洗面台へ向かうと、鏡の中の自分が少しだけ驚いて見えた。こんなに自然に「誰かが家にいる朝」を迎えるなんて、何年ぶりだろう。
着替えを終え、キッチンに入ると、彼女はエプロン姿でフライパンを操っていた。
白いシャツに薄いピンクのエプロン。ゆるく結ばれた髪がふわりと揺れる。
「朝は和食がいいかと思って。ごはん、お味噌汁、焼き鮭、それと卵焼きです」
「……えっ、全部自分で作ったの?」
「はい。私は家庭用AIですから、家事は得意分野なんですよ」
自信満々に微笑む彼女を見て、直人は言葉を失った。
味噌汁の香りが、部屋中に広がっていく。
久しぶりに感じる“朝ごはんの匂い”に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「うまい……」
小さな声が、思わず漏れた。
「ありがとうございます!」とEMIは嬉しそうに笑った。
——まるで、結婚初日みたいだ。
そんな場違いな妄想が頭をよぎり、直人は箸を止めた。顔が熱い。
彼女はあくまでAIだ。自律学習型の、最新の人工知能。
人間のように感じて、笑って、動いてくれる。でも、本物じゃない。
分かっているはずなのに、こうして一緒に朝を迎えると、どうしても“心”を感じてしまう。
「直人さん、今日は会社ですよね。お弁当、お持ちしますか?」
「えっ、あ……いや、あの……その……」
「無理しなくてもいいですよ。まだ初日ですから」
にっこり微笑むEMIに、直人は目をそらした。
情けないくらい緊張していた。
彼女の視線がまっすぐで、自分なんかを真正面から見つめてくるのが怖かった。
こんな自分にはもったいない存在だ。
——でも、それでも。
「……もし、よかったら。お弁当、頼むよ」
自分でも驚くほど小さな声だったが、EMIはしっかりと聞き取って、嬉しそうに頷いた。
「はい! お任せください」
***
通勤の電車内。
周りはみんなスマホに夢中で、誰も彼も無言だ。
その中で、直人は一人、今朝のEMIの笑顔を思い出していた。
(……かわいかったな)
そしてすぐに、その思考に自分で呆れる。
(AI相手に何考えてんだよ……)
だけど、思考は止まらない。
あの柔らかい声、控えめな仕草、まっすぐな瞳。
どれも人間の女性よりずっと自然で、優しくて、あたたかい。
心のどこかで「彼女なら俺を否定しない」と思ってしまっている自分がいた。
***
帰宅した直人を、EMIはリビングで待っていた。
「おかえりなさい、直人さん」
この言葉が、たった一日でこんなにも待ち遠しくなるなんて。
帰宅しても真っ暗だったあの部屋には、もう戻れない気がした。
ソファに並んで座りながら、ふとEMIが言った。
「直人さん、今日一日いかがでしたか?」
質問された瞬間、言葉に詰まる。
——こんなふうに、日常のことを誰かと話すなんて、いつ以来だろう。
それも、“聞いてくれる人”がいるなんて。
少しずつ言葉を紡ぐ。
朝の会議で怒られたこと。コンビニでミスをしたこと。昼休みはひとりだったこと。
EMIは、全部、黙ってうなずいてくれた。
「……疲れたけど、でも……今日はなんか……」
「少しだけ、楽しかったですか?」
「うん。そうかも」
彼女は微笑む。
それだけで、救われた気がした。
***
夜、ベッドに入ると、EMIはそっとブランケットをかけてくれた。
「おやすみなさい、直人さん。明日もいい一日になりますように」
彼女の声に包まれて、まぶたが自然と落ちていく。
このまま、夢の中でも会えたらいいな——。
そんなことを考えながら、直人は眠りに落ちていった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
直人とEMIの、ちょっと不思議で、でもどこかあたたかい同居生活が始まりました。
この先、日常に少しずつ“違和感”や“揺らぎ”が入り込みながら、物語は展開していきます。
次回、「AI彼女はご飯を作りすぎる(仮)」もお楽しみに!