手料理
本当ならフォークで潰したり、レンジとかあった方が楽ではあったのだけれど。
ただ今は時間がないし、レンジは見たことないから存在しないのかもしれない。
簡易的なオーブンとかならあるけどね。
「よし、茹で上がったわ。これを水気を切って、作ったソースと和えれば……」
「わぁ……見たことない料理です!」
「うむ、俺も知らない料理ですな。いわゆる、都会の料理というやつでしょうか?」
「いえ、これはどちらかというと庶民の味ですわ。ただ、味の保証はします」
皿に盛りつけたら、仕上げにチーズを削って完成だ。
それを持って、オルガ君と食堂のテーブルに座る。
まだ昼食前なので、人は疎らな感じだ。
「お腹空きました!」
「ふふ、お待たせしちゃって悪かったわ。そういえば、今更だけど勝手に食べて平気かし
ら?」
「僕、普段は自分の部屋に料理が届くんだ。だから……いいのかな?」
すると、厨房からダンさんがやってくる。
「問題はないかと。そもそも、普段のお昼は俺がオルガ様達の料理を提供しているので。ちな、今日からはそこにアリス殿も入っているぞ」
「あっ、そういえば朝ご飯も作ってくれたのよね……あの、結構量があるので少し食べます?」
「な、なに? 俺にですかい?」
「はい、朝ご飯のお礼に」
「……気になるので、有り難く頂戴します」
三人でテーブルを囲み、昼食を食べることに。
私も地味にお腹が空いていたのと懐かしさで早く食べたい。
「頂きます」
「「頂きます」」
「はむっ……ん〜!」
このモチモチした食感に、絡んだ濃厚なトマトソースがたまらない。
ベーコンの旨味とニンニクが効いていて、めちゃくちゃ美味しい。
イタリアンの良いところは、こういうシンプルなものなのに工夫次第で美味しくなる点だ。
安くて美味しい、それが本来のイタリアンだった。
悲しいことに……最近のは高級志向になってだけどね。
「これなに!? 美味しい!」
「ふむ、モチモチした食感が面白い……そしてよく噛む上にジャガイモだから腹持ちも良さそうだ。そして、ソースとよく合いますな」
「ふふ、お口に合って何よりですわ」
私も王都にいた頃は絶対に食べられなかった食事だ。
イタリアンというのもあるけど、体重管理なども王妃候補としての仕事だった。
それこそ、ニンニクなんか食べられるわけがない。
すると、ダンさんが頭を下げてくる。
「申し訳ない! 公爵令嬢様にしてシグルド様の婚約者に失礼な態度をとりました!」
「えっ? な、なんでしょう?」
「俺は貴方を、今まで来た令嬢のように思ってしまいました」
「どういう意味でしょうか?」
「シグルド様は、数回だが令嬢を連れてきたことがあった。だがその方々は、料理が
不味いだとか田舎臭いとか……そして、すぐに辺境から出て行ったよ」
そっか、私が嫌われるわけじゃなかったのね。
少し腹は立つけど、同じ料理人として気持ちはわかる。
丹精込めた食事が不味いって言われたら傷つくわ。
「いえ、私は気にしてませんわ。ただ、悪いと思うなら……口調は砕けたままで、後は今後も厨房を使わせてくれれば良いですから」
「……くははっ! 面白いお嬢さんだ! ああ、好きに使ってくれい!」
「ふふ、交渉成立ですね」
「全く、良い方を連れてきたもんだ」
「僕もお姉ちゃんが兄上の婚約者で嬉しい!」
「そ、そう……」
あれ? なにも考えてなかったけど、あんまり好感度上げすぎも良くないのかしら?
これで破棄とかなったら、オルガ君傷つくんじゃ……それに、ダンさんとかがシグルド様を責めたらどうしようかしら?
「お姉ちゃん? 汗がすごいよ?」
「平気ですかい?」
「へ、平気よ! オホホホ!」
いや、好感度が低いよりは良いはず!
うん! きっとそう!
……一応、確認はすべきかしらね。
「変なお姉ちゃん……あっ、これ兄上も食べるかな?」
「どうかしら? これ、割と庶民的な料理だから」
「シグルド様なら問題ないかと。いつも民や我々と同じ物を食べてますから」
「そうなのね。そしたらエリゼの分も作らなきゃだわ」
食べ終わったら食器を片し、同じように調理する。
今度はフォークでニョッキに形を作り、仕上げにチーズとバジルを振りかけて少しお洒落にした。
まずはシグルド様のところに向かうと、扉の前で騎士が敬礼する。
「これはオルガ様……隣の方はアリス様でいらっしゃいますか?」
「うん、そうだよ。えっと、兄上にご飯を持ってきたんだ……良いかな?」
「ええ、もちろんでございます」
護衛の騎士がノックをして食事をお持ちしたと伝える。
すると、すぐに入るように向こうから返事が来た。
「ふむ、昼ご飯か……はっ? 何故、オルガとアリス殿が?」
「はは……えっと、もしよかったらで良いんですけどお昼ご飯を作ったので……」
「アリス殿が? ……公爵令嬢が料理するとは聞いたこともない。お主の父上からの情報にもなかったが」
はい、私も聞いたことないですね。
父上が知らないのは無理もない、だってしたことないもの。
どうしよう? めちゃくちゃ引かれてるかしら?
そうよね、今の私に女の子らしいことが似合うわけなかった。
あの王太子にだって、可愛げがないって言われてきたし。
「や、やっぱり持って帰りますわ!」
「いや、食べさせてもらおう。せっかく、可愛い婚約者が作ってくれたのだから。ちなみに、何という料理名だ?」
「え、えっと、ジャガイモのニョッキ~トマトソース和え~ですかね……」
私は慌ててメニュー名を作り伝える。
というか、可愛いって……じょ、冗談に決まってるわよね!
そうそう、勘違いしちゃいけないわ。
「ほう、初めて聞く名前だな」
「ぼ、僕も手伝いました!」
「そうか……ありがとな」
「えへへっ……褒められちゃった」
やっぱり、なんか様子が変ね。
この辺りも、今度確認しなきゃだわ。
そして私達が見守る中、シグルド様が口に含む。
今更だけど、毒味とか良いのかしら?
「これは……美味い。弾力があって、腹持ちが良さそうだ」
「ほっ、お口にあって良かったですわ」
「これは何かお礼をしなくてはならんな。明日は半休が取れるが、何か望みはあるだろうか?」
「それでしたら……街の様子を知りたいですわ」
「確かに街案内は必要だな。わかった、明日案内しよう」
「お忙しいところ感謝しますわ」
ふふ、楽しみだわ。
王都では街に出ることなんかほとんどなかったし。
すると、シグルド様が私をじっと見つめてることに気づく。
「な、何でしょうか?」
「いや、表情がコロコロ変わって面白いなと……クク」
「むぅ……褒めてます?」
「ああ、もちろんだ」
そう言い、クスクスと微笑む。
私は何やら恥ずかしくなって、慌てて部屋から出て行く。
……そっちだって、普段は無表情なのに笑ったりするじゃないの。