忌まわしき過去の払拭
その後は、私が隠れる番になったのだけど……あっさりと見つかってしまう。
やはり、大人が隠れるのは無理があったみたい。
決して、私が太ってるとかじゃない……身長が170あるからだもん。
「お姉ちゃん隠れるの下手だね!」
「はは……退屈でごめんね」
「ううん! すっごく楽しかった! その、遊んでくれる人いないから……」
笑顔から一転、暗い顔になってしまう。
そういえば、今更だけど母親とか父親はいないのかしら。
その辺りは詳しく聞いてないのよね。
「えっと、お兄さんは?」
「兄上はいつも忙しいから……邪魔しちゃいけないって」
「まあ、領主様だものね」
「はい!僕も兄上みたいな立派な人になりたいです!」
ふむふむ、別に兄弟仲が悪いわけではないと。
シグルド様も、オルガ君をよろしくって言ってたし。
何か他にも理由があるのかな。
「ふふ、今から頑張ればなれるわよ」
「ほんと!? 頑張ります!」
「ええ、応援してるわ。さて、次はどうしようかな」
すると、キュルルーと可愛らしい音が鳴る。
「あぅぅ……動いたらお昼ご飯前にお腹空いちゃった」
「それは悪いことしちゃったわ」
「う、ううん! お姉ちゃんは悪くないよ!」
「そういうわけにはいかないわ。そうだ、折角なら……ちょっと厨房に行きましょう」
オルガ君の手を引き、食堂傍にある厨房に入る。
すると、料理長の札をつけた四十代くらいの男性がやってきた。
恰幅のいいコックコートに、料理長という札をつけている。
厳つくて如何にも料理人って感じで……私の苦い思い出が蘇る。
「こ、こんにちは!」
「これはこれは、オルガぼっちゃまと……」
「突然すみません、アリスと申しますわ」
オルガ君が私を守るように前に出て挨拶をした。
その姿を見て、情けない自分を恥じる。
そもそも、人を見た目で判断するのは失礼だ。
自分だって、この見た目で苦労してきた。
何よりこの人は、私の前世で出会った人達とは違うのだから。
「アリス殿、確かシグルド様の婚約者……オレの名前はダンという」
「ダンさんですね、よろしくお願いします」
「う、うむ……それで、一体何の用だろうか?」
「……うっ」
やっぱり、女子は厨房に入っちゃダメだったかな。
前世の私は自分の店を持つことが夢で、お金を貯める段階で過労死しちゃったみたい。
まあ、忘れていたというよりは……思い出したくなかったのだろう。
パワハラやセクハラが横行し、女子が来る場所ではないと虐められてきたから。
「……やはり料理の文句だろうか?」
「へっ? い、いえ、とても美味しかったです……まずはお礼を伝えるべきでした。朝食ですが、大変美味しく頂きましたわ」
「何? ……では、何をしに?」
「えっと、厨房をお借りできないかと……少し早いですが、お昼ご飯を作ろうかと」
なんか、変な行き違いがありそう。
とにかくこうなったら、もう後には引けない。
シグルド様からは自由にしていいって言われたし。
前世の私の好きだったことをしたい。
「……公爵令嬢では?」
「はい、そうですね。公爵令嬢だとダメですか?」
「いや……シグルド様からは、何か言ってきたら好きにさせてあげて欲しいと全体に通知が来たが。まあ、いいでしょう……好きに使って構いません」
「ありがとうございます」
「……別に礼はいらないかと」
すると、少し照れ臭そうに下がっていく。
もしかして、見た目より怖くない人なのかも。
許可を得た私は、早速準備に取り掛かる。
「お姉ちゃん、料理できるの?」
「……多分」
「多分?」
「いや、できるはずよ。私に任せて」
生パスタを作る? いや、少し時間がかかるし意外と難しい。
前世の記憶が曖昧な今でも、簡単に作れるイタリアンは……あっ。
その時、とある食材が目に入る。
「あの、材料は何を使ってもいいですか?」
「うむ、シグルド様から言われている。ただし……」
「大丈夫です、無駄遣いはしませんから」
料理人にとって食材を無下に扱うのは嫌なこと。
できるだけ、無駄が出ないようにしなきゃ。
まずは《《ジャガイモを手に取り》》、皮を薄く向いていく。
それを鍋に入れて水を足し、塩をひとつまみ入れて火にかける。
「むっ? 茹でたジャガイモでも出すのだろうか?」
「まさか、そんな簡単なのは出しませんわ」
「なんだろ? ワクワク……あの、僕もお手伝いできますか?」
「そうねぇ……それじゃ、お湯が湧くまで見ててくれる?」
「うん! それならできそう!」
これなら怪我の心配もないわね。
私はその間にソース作りをする。
まずはベーコンとニンニクを刻む。
「……うん、錆びてない」
「ほう? 包丁使いが上手い……これはやっている者の動きだ」
「ふふ、プロにそう言ってもらえると嬉しいわ」
私はイタリアンレストランに勤めてはいたけど、ずっと下働きの扱いだった。
死ぬ間際に、ようやく調理を少しずつやらせてもらえたんだっけ。
だから自分をプロだとは思っていない。
フライパンにオリーブオイルを入れたら、そこに刻んだ二つを加える。
「これを炒めてっと……」
「お姉ちゃん! グツグツいってる!」
「あら、ありがとう。それじゃ、そこから十五分測ってね」
「十五分、タイマー……出来た!」
「ふふ、偉いわね」
そちらはオルガ君に任せて、私は続きを仕込む。
ニンニクが色づき始めたらナスも導入する。
ベーコンの脂をナスが吸い、すぐにしなしなになっていく。
「そこにトマト缶を入れてと……あとは少し煮詰めます」
「アリス殿、これはトマト煮込みか?」
「いえ、これはソースになります」
「……ふむふむ」
ダンさんの目が訝しげなものから、興味がある視線に変わる。
この調理法は見たことないから、もしかしたらこの世界にはないかもしれない。
そもそも、パスタ自体も私は見たことない。
この世界の食文化はあまり進んでおらず、和洋折衷な感じで色々な文化が混じっている感じだ。
すると、ピピピッとタイマーの音がなる。
「お姉ちゃん! 鳴ったよ!」
「ありがとう、オルガ君。それじゃ、次にいくわよ」
茹で上がったら、しっかりと水気を切って裏ごしをする。
それをボールに移し、小麦粉や卵に塩を加えて滑らかにしていく。
すると次第にひと塊りになっている。
「ジャガイモの団子か?」
「うーん……外れとも言えないです」
「これをどうするの?」
「これを伸ばしていくわ」
また板に移す、それを棒で伸ばしていく。
そしたら2センチ幅くらいで切っていき、一個一個がくっつかないように打ち粉もする。
「これをすぐに乾燥させたいのだけれど……」
「ならば風石がある」
「ありがとうございます。では、使わせて頂きますわ」
この世界には家電製品の代わりに、火風土水魔法を込められる魔石という石が存在する。
人々はそれを使い、便利な日常生活を送っていた。
そういえば……私の魔法適正ってなんだろ?
幼い頃から王太子の婚約者に決まっていたから、そういう検査も受けたことない。
「お姉ちゃん? ぼーっとしてどうしたの?」
「えっ? う、ううん、ごめんなさい。そういえば、オルガ君は魔法が使えるのかしら?」
「うん! 僕は水属性の魔法使いなんだ!」
「あら、凄いわ。オルガ君は魔法が使えるのね」
そもそも人族は魔法が使える者が少ない。
魔法が使えるというだけで、それは一握りの才能の持ち主ということだ。
そんな会話をしていると、ジャガイモが乾いたみたい。
「後は、これを試し茹でして……浮いてきたからオッケーね」
「出来上がり?」
「ええ、後は全部茹でてソースと合わせるのよ」
懐かしいなぁ……前世でも、賄いやお金がないときによく作ったっけ。
そう、私が作ったのはジャガイモのニョッキである。
うん……やっぱり、料理って楽しいわ。