弟のオルガ君
結局、夢中でご飯を食べてしまう。
礼儀も作法もなく、ただ普通の食事をした。
そんなのは、前世の時以来だった。
「ご馳走さまでした」
「量は足りただろうか?」
「はい……って、私ってそんなに食べそうに見えます?」
「いや、そうは見えないが……幸せそうな顔で食べていたのでな」
「それは……はぃ」
「なるほど、無意識ということか」
思い出すと、少し恥ずかしい。
王都だったら、間違いなくマナー講師に叱られていただろう。
男性の前で食事に夢中になったなど。
「すみません、印象悪いですよね?」
「別に俺は気にしない。そもそも、俺の前で取り繕う必要はないのだから」
その言葉に、メイド達がきゃっきゃっする。
今のは惚気じゃなくて、契約だからって意味なんだけど。
まあ、勘違いさせた方がいいわよね。
「ほっ、それなら良かったです」
「さて、俺はこれから仕事だ。その前に、この後の予定を確認しておこう」
「はい、私は何をしたらいいでしょうか?」
「まずは生活に慣れてもらうことが最優先だ。あとは、弟に会って欲しい」
「弟さん……」
そうだ、確か事前にもらった書類に書いてあった。
母親の違う、年の離れた弟がいるとか。
「……俺は忙しくて会う時間がないのでな」
「わかりましたわ。どちらにしろ、ご挨拶は必要ですし」
「よろしく頼む。では、君の部屋を尋ねるように手配しておこう。それが終わるまでは、部屋にいてくれ」
そう言い、颯爽と去っていく。
私もひとまず部屋へと戻り、紅茶を飲みつつ優雅な時間を過ごす。
「さて、どうしようかしら……なんだか、変な感じよね。こうして、食後にのんびりしてるなんて」
「いつもなら学校だったり、休みでも習い事や稽古の時間ですからね」
「ええ、そうよね。待っていろって言われたけど手持ち無沙汰だわ」
「ふふ、何も無理にすることはないのかと」
「そっか……それでいいんだ」
そのまま何もすることなく、ただ静かに時間を過ごす。
すると、不思議と心が軽くなっていく自分に気づいた。
知らず知らずのうちに、心が悲鳴を上げていたのかもしれない。
それからしばらく経ち、足音が聞こえてきてノックの音がする。
「あ、あの! オルガといいます! ご挨拶をしてもいいですか!?」
「オルガ……シグルド様の弟さんだわ。エリゼ、開けてあげて」
「はい、かしこまりました」
エリゼが扉を開けると、そこには可愛らしい男の子が立っていた。
青い髪色にあどけない表情、まるで女の子みたいな少年だ。
事前情報によると、まだ五歳になったばかりだとか。
「はじめまして! オルガと申します! 年齢は五歳です!」
「初めまして、オルガ様。私の名前は、アリス-カサンドラと申します。隣にいるのは従者のエリゼよ」
エリゼはぺこりとお辞儀をしたあと、すっと後ろに下がる。
きっとオルガ君が話しやすいようにするためだろう。
何せ、誰がみてもわかるくらい緊張している。
「あの、様も敬語もいらないです! 兄上の婚約者なのですから!」
「ふふ、ありがとう。では、オルガ君とお呼びしてもいい?」
「は、はい! 僕の方はアリスお姉ちゃんでもいいですか……?」
そう言い、恐る恐る視線を向ける。
言葉遣いはしっかりしているが、そういう姿は年相応だ。
「ええ、いいわよ。よろしくね、オルガ君」
「わぁーい! お姉ちゃんができたっ!」
「ふふ、こちらも弟が出来たみたいで嬉しいわ。だから、畏まって話さなくていいから」
そう言ってはしゃぐ姿は可愛らしい。
私自身末っ子だし、こういうのは新鮮だ。
ただ、この子に嘘をつくのは心苦しいけど。
「アリスお姉ちゃん? どうかしたのですか?」
「あっ、ごめんなさい」
「僕がきて迷惑でしたか……?」
……私は馬鹿だ。
何を、こんな幼い子供に言わせてるのよ。
契約だろうが、この子は私の義弟になるのだから。
「そんなことないわ。ただ、オルガ君が楽しめることがあるかなって。流石に、チャンバラとか取っ組み合いは難しいし」
「あっ、お姉ちゃんは女の子だもんね。えっと……それじゃ探検しよ! 僕が案内してあげる!」
「あら、それは嬉しいわ。それじゃ、可愛い義弟にエスコートしてもらおうかしら」
「うん! 頑張る! こっちこっち!」
そう言い、私の手を引く。
エスコートとは程遠いが、可愛らしくて嫌な気はしない。
どうやら、可愛い弟が出来たみたいね。