新しい生活
……お腹減った。
その思いで私の意識が覚醒して起き上がり、辺りを見回して納得する。
何故なら、すでに外が明るくなっていたからだ。
「……そりゃ、そうよね。昨日の夕方以降から食べてないってことだし」
「お嬢様、おはようございます」
ふと隣を見ると、いつの間にかエリゼが立っていた。
相変わらず、気配の消し方が尋常じゃない。
「おはよう、エリゼ。貴女も、きちんと休んだんでしょうね?」
「ええ、数時間ほど寝させて頂きました」
「だめよ、ちゃんと寝ないと」
「ですが、ここでお嬢様を知ってる人は私だけですから。なので、お嬢様の身を守らないと。なにせ、相手はお嬢様を……いえ」
「ふふ、頼りにしてるわ」
流石にエリゼには、シグルド様との盟約のことは話している。
無論、シグルド様に許可を得た上だ。
ちなみに、打ち合わせをして決めた内容は確か……イチャイチャはしなくていいけど、ある程度仲睦まじくすること。
朝と夜の食事は一緒にすること、それ以外の時間は自由にしていいと言われた。
「私の知らない間に、いきなり決まっていましたから。ちょっと私用で出かけてる間にあれよあれよと決まって……」
「ごめんなさい、王都には居づらかったから。ここで新生活を始めるのも悪くないと思ったのよ。その……早く、あの男を忘れたいし。恋愛とか疲れたし、こっちでのんびり過ごそうかなって」
「お、お嬢様…… 配慮が足りず申し訳ありません! ええ! さっさと忘れましょう!」
「わ、わかったから! くっ、苦しいわ!」
「あっ、つい……それでは、準備をしますね」
「ええ、お願い」
私に抱きついていたエリゼが離れ、ドレッサーの後ろに立つ。
私もベッドから出て、そのドレッサーの前に座るのだった。
そして、お化粧が終わる頃……部屋をノックする音がする。
「アリス殿、起きているだろうか?」
「シグルド様? は、はい、少々お待ちください」
「待っているから慌てなくていい。部屋を出て一階に降りるところで待っている」
そう言い、足音が遠ざかっていく。
「ほう? ちゃんと部屋の前から去るのは紳士ですね」
「……それに迎えに来てくれるとは思ってなかったわ」
「いや、別に変……いえ、前がアレでしたからね。ささ、お着替えをしましょう」
どうやら、エリゼの中でポイントが上がったらしい。
私としても上手くやって欲しいので良かった。
着替えを済ませて通路を進み、階段の近く行くと……シグルド様が、脇にある椅子に座って待っていた。
「お待たせしました」
「いや、こちらこそ終わる前に行ってすまない。昨日ついたらすぐに寝てしまったから、食堂の場所もわからないと思ってな」
「はは……気がついたら朝でしたわ」
「長旅で無理もあるまい。さあ、こちらの部屋だ」
一回の通路を通って部屋に通される。
そこは簡易なテーブルや椅子、そしておまけ程度に絵画や彫刻などが置かれていた。
はっきり言って、貴族の食事処風景ではない。
普通は長いテーブルにシャンデリアとかあるし。
「随分と質素というか……ごめんなさい」
 
「嫌だろうか?」
「いえ、私は構いませんよ」
むしろ、よく考えたら落ち着くまである。
なにせ、こちらは元庶民なのだから。
「それは助かった……ククク」
「あの……」
「すまない……あまりに予想外の台詞だったのでな」
「まあ、言いたいことはわかります。でも私、こういうのは嫌いじゃないですよ」
「貴族の娘にしては珍しいことだ」
「それはそうかもしれないですね」
その時、私のお腹が『くぅー』と鳴いた。
「あっ……」
「……いや、気にしないでいい。さあ、食事をしようか」
あまりの恥ずかしさに下を向いて席に着く。
すると、いい香りがしてきた。
ふと顔を上げると、給餌がやってきてテーブルに皿を置いていく。
それらは私が長年求めていたものだ……湯気が出てるから。
  
「わぁ……素敵」
「とにかく、まずは食べるとしよう」
すると、エリゼがいつものように毒味をしようと前に出てくる。
「エリゼ、ここではいいわ」
「……いいのですか?」
「これからお世話になる方々に失礼です。ただ、いつもありがとね。でも、もう立場も違うから平気よ」
「……わかりました、お嬢様の仰せのままに」
今までは王太子の婚約者ということで、毒を盛られたこともあった。
それにより、食事は毒味役とを必要とし、物心ついた時から冷たい食事しか摂ったことがない。
……王太子は高いお金がかかる回復術師を使って、御構い無しに食べてたらしいけど。
「失礼しました。この子も私を思ってのことなので」
「謝ることはない……良い家臣を持っているな?」
「家臣ではないですけど、自慢のお友達です」
はっきり言って、辺境であるここに来たいという人は少なかったから。
しかし、この子だけは頑なについてくると言ってくれた。
私だって心細かったから、それがどんなに嬉しかったか。
「お、お嬢様……!」
「獣人を友達と呼べるか……ふむ」
「ダメですか?」
「いや、そんなことはない。土地柄、この都市には獣人もいる。むしろ、注意の手間が省けるくらいだ。エリゼ殿も、普通に過ごしてくれて構わない」
「シグルド様、ありがとうございます」
「……ご配慮に感謝いたします」
「では、頂くとしよう」
まずは暖かいすれスープをに入れる。
すると、野菜のあっさりした味わいがする。
王都と違うシンプルな味で、故郷を思い出す。
……何より、熱々だ。
「……美味しい」
「それは良かった。どうやら、王都の濃い味付けに変えなくてすみそうだ」
「はい、このままで大丈夫です。素材の味が活きてますね」
「ここは自然が豊かだからな。どんどん食べてくれていい」
「はい……はむっ」
その言葉を受け、今度はパンを食べる。
するとカリッとした中にふわふわの食感が楽しい。
ほんのり香るバターが美味しさを倍増させる。
「……美味しい」
次に塩漬けの肉にかじりつく。
塩っけがあるが、他がシンプルなのでアクセントになる。
目玉焼きを食べても、いつもと味が違う気がする。
「お嬢様、美味しそうです」
「ええ、とっても」
「口にあって何よりだ……」
そこで前いるシグルド様が固まる。
一体、どうしたのだろう?
「お嬢様? だ、大丈夫ですか!?」
「エリゼまでどうしたの?」
「気づいてないのか……仕方あるまい」
そう言い、シグルド様が前のめりになり……私の顔に触れる。
「な、なにを?」
「いや、泣いているのでな……放っておくわけにもいくまい」
「へっ? ……ほんとですね」
いつの間にか、私の目から涙が溢れていた。
もしかしたら今までの苦労や出来事が、久々に美味しい食事をして解放されたのかも。
別にこれまでの人生を後悔したことはない。
お父様と国王陛下が決めたことだけど、最終的には私自身が決めたことだから。
ただ……これからは、改めて自分の人生を歩んでもいいかしら。
 




