辺境へ
それからは忙しない日々が過ぎて行く。
お世話になった方々に挨拶をしたり、引っ越しの準備をしたり……。
王太子の噂やらフランさんのことなど耳に入らないくらいに。
まあ、どうでも良いから良いんだけど。
そして、こっそりと王都を出て辺境の地に向かう。
ついてきたのは、小さい頃から私の世話をしていたメイドであるエリゼだけだ。
他にも護衛はいるけど、彼らは送り届けたら帰る予定だ。
「ごめんね、エリゼ。わざわざついてきてもらって」
「何を言うのですかお嬢様、私は何処へでもついてまいります。それが、私の願いですから」
「ありがとう、正直言って助かるわ。これからも、よろしくね?」
「はい、お任せください」
すると、その頭についた耳がピコピコと揺れた。
エリゼは獣人族で、頭に耳とお尻には尻尾がある。
黒髪で日本人に近い容姿で、私としては親近感を覚える。
奴隷として売られていたところを、私が買い取ったのよね。
「さてさて、どうなることかしら」
「何かしたいことはあるのですか?」
「うーん……やりたいことはあるんだけど、まずは羽を伸ばしたいわね。ここ数年、肩肘ばかり張っていたから」
「そうですね、学園生活は大変でしたでしょうし。王太子の婚約者としての振る舞い、学業や踊りの稽古、マナーやルールを守って……だというのに、あの王子ときたら……! あの場に私がいたらぶん殴ってやったのに」
「いやいや、それは困るわ。流石に貴方が殴ったら問題になるし。ただ、その気持ちは嬉しいわ」
「お嬢様……かわいいです!」
そう言い、いつものように抱きついてくる。
普段はクールなんだけど感極まるとこんな感じになってしまう。
なので、可愛いのはエリゼの方なんだけどね。
前世を含めて、私は可愛いなんて言われたことないし。
◇
そして村々を経由して、二週間が過ぎ……ようやく辺境の地にたどり着く。
そこは大きな森と山に囲まれた、自然豊かな場所だった。
王都とは違い、周りには大きな建物はなく見渡しが良い。
「わぁ……綺麗だわ!」
「私にとっては懐かしいですね」
「本当に良かったの? ここからなら、国に帰れるわよ?」
ここは国境でもあり、そこから向こうには様々な国がある。
そして獣人は奴隷として人族に捕らえられた時代があったとか。
今も数は少ないが、そういうことがある。
エリゼもそうやって王都で売られていた。
「いえ、もう大丈夫です。私は自分の意思でお嬢様のお側にいるので」
「そう、ならいいわ。それにしても、この先に違う国があるのね」
私達の国でもある大陸の東一帯を治めるデュランダル王国は、獣人とドワーフの国ガイア
と隣接している。
境目になる国境を治めるのが、バルムンク辺境伯だ。
一応、我が国とは平和協定を結んでいる……表向きは。
「あっ、都市が見えてきたわ」
「それに、誰かが来ますね」
「流石はエリゼ、私には何も見えないわ」
獣人の特徴はその身体能力にあり、特に目と耳に特化した種族だ。
しばらくすると、私の目にも見えてきた。
夕日の中、赤髪のイケメンが馬で駆けてくる。
そして馬から華麗に降り、馬車に近づいてきた。
「……シグルド様!?」
「アリス殿、遠いところよく来てくれた」
「い、いえ、わざわざお出迎えにこなくても……」
「いや、大事な婚約者を迎えに来るのは当然だ。夜になると魔物や魔獣が活発になるからな……心配だった」
すると、周りのメイドや護衛から歓声が上がる。
同士に、シグルド様から目配せがきた……はいはい、わかってますよ。
私も馬車から降りて、シグルド様の手をとる。
「ありがとうございます。その、私も会えて嬉しいです」
「ああ、俺もだ。さあ、完全に暗くなる前に行こう」
私達はシグルド様の案内のもと移動を続け、都市の中へと入っていく。
中は道幅も広く、王都と違って建物がゴテゴテしていない。
少し田舎っぽくて、開放的な良い風景だと思った。
「わぁ……景観が良いですね」
「王都で生まれたアリス殿にそう言ってもらえると嬉しいものだな。王都にいる連中には、田舎扱いされて評判が良くないからな」
「それは……」
「おっと、気を遣わせてすまんな」
前世では施設からのボロアパート暮らしの私、正直言って田舎の方が安心したり。
王都はゴテゴテしてるし、ご飯も格式ばかり高くて大して美味しくないし。
ふふふ、これからは色々食べたいなぁ。
「とりあえず、生活に慣れるように努力しますわ」
「こちらも補助しよう。さて、あそこが領主の館だ。すぐに中に案内し、まずは休むといい」
都市の中の十字路の先に、一際目立つ大きな建物。
少し古い洋館風で落ち着いた外観で、個人的には好きかも。
中に入ってみても、質素というか無駄がなくて良い。
あんまりゴテゴテしたりキラキラしたのは苦手だし。
「外より、中の方が涼しいですね」
「ここは水の魔石と風の魔石を使って風を通している。故に、外よりは涼しいはずだ」
「なるほど……王都ではない発想ですね」
「ここと向こうでは気温の差があるからな」
「ええ、本当に……あっ」
頭がクラクラして立ちくらみがする。
すると、シグルド様に優しく身体を支えられた。
「す、すいません。多分、長旅で疲れてしまったので……」
「いや、無理もない。今日のところは部屋でゆっくりしてくれ。詳しい話は、明日以降にしよう」
「ありがとうございます」
すぐに案内のメイドさんがきて、部屋へと案内される。
着替えを済ませた私は、ベッドに横たわり……安心したからか、すぐに眠りに落ちていく。