交渉成立
中に入ると、奥にある扉の向こうから熱気が伝わってくる。
ただでさえ温かい辺境、この暑さは大変そう。
ひとまず簡易的なテーブルに案内され、腰を据えて話し合うことに。
「それで、何がしたいのじゃ? ワシは貴族特有の回りくどいことは好かん、簡潔に用件だけ言うが良い」
「奇遇ですわ、私もあまり好きでないのです。それでは、単刀直入に……こちらを作って欲しいのです」
「これは……ふむ」
私は見よう見まねで書いた設計図とも呼べない紙を持ってきた。
ただ文字で説明を書き、自分なりに分かりやすくはしたつもりだ。
……絵心がないのは前世と一緒なのね。
「ごめんなさい、分かりづらくて」
「いや、文字がきちんと書かれているからマシじゃ。確かに絵は酷いが……」
「あぅぅ……」
「ふむふむ、見たことない機械じゃ。しかし、作り自体は複雑ではなさそうだ。これで何やら『パスタ』という食べ物を作ると書いてあるが」
そう、私が書いてきたのは簡易的なパスタマシーンの設計図だ。
いわゆる手動でペダルを回し、手打ちパスタを作ることができる。
この世界にはパンや米あっても、麺類の普及が進んでいない。
もしかしたら大陸の何処かにはあるかもしれないけど、私の知る限り見たことはない。
「はい、そうです」
「これがワシらに益があると? 確かに人族の食べ物は好きじゃがな」
「いえ、これは私の目的です。そして作ってくださったら、こちらをプレゼントしたいと思っています」
「これは布か? これがなんの役に……冷たいじゃと!?」
私がテーブルに出したのは、見た目はただの首に巻きつけることのできる長い布。
前世で裁縫も好きだったのでお手のものである……貧乏だったし。
その布に、私特製の氷魔法が入った魔石を仕込んである。
ここ数日の間氷魔法の鍛錬を重ねて、《《氷ではなく冷気そのものを》》作ることに成功した。
「私の氷魔法を込めた魔石を入れてあります」
「なに? 氷魔法……シグルドよ、まだ使い手が残っておったのか」
「どうやらそうらしい。アリス殿は建国の祖である血を引いているので、おかしいということもない」
「なるほど……ならば、依頼を断るわけにもいかんか」
……よくわからないけど、この間の話が関係してるのかしら?
気になるけど、今はこっちの方が大事だわ。
「えっと、まずは試してくれますか? これを首にかけたら、鍛治作業が楽になると思うのです」
「そうじゃな……これは冷たくて気持ちがいい……おおっ」
「ふふ、気に入って頂けたようですね」
「これがあれば、火の温度を軽減できるだろう。確かに、ワシにも益があったか」
「では、作って頂けますか?」
「もちろんじゃ。氷魔法の使い手ということもあるが、きちんと手順を踏んでいるのも良い。ただ願いをいうのではなく、先に対価を用意しているとはな」
やったわ! これで念願のパスタが食べられる!
実は転生してからすぐに、手打ちパスタくらいなら開発出来た。
でも……パスタって太るのよ。
だからきついドレスを着る機会が多いから断念したのよね。
でも今なら、そんなの気にしなくて良いわ。
「ふふ、ありがとうございますわ」
「貴族というのは権力を盾にして上から物を言うのが基本かと思ったが……シグルド、良い婚約者をもらったではないか」
「……あぁ、そうだな」
シグルド様は物凄く複雑そうな表情。
それはそうよね、仮の婚約者な訳だし。
ともかく、これで夢に一歩近づいたわ。
ふふふ……次は何を作ろうかしら。




