シグルド視点
……不思議な女性だな。
帰ってきた俺は自室にて物思いにふける。
王太子にビンタするほど気が強いかと思えば、まるで少女のように笑ったり。
かと思えばきちんと公爵令嬢の姿もあり、オルガが懐くほど優しい性格の持ち主。
終いには、庶民の食べ物を食べて泣いてしまうし。
「クク……」
「おやおや、珍しいですな」
「ふんっ、放っておけ」
自分で言うのも何だが、俺は感情を表に出すことが少ない。
腹がたつことも楽しいことも、基本的には表に出さない。
俺の生きる意味、それはただ機械的に次の世代であるオルガに地盤を渡すことなのだから。
「しかし、良い女性ですな」
「……少なくとも、王都にいる傲慢で謙虚さのかけらもない令嬢ではないな」
「まあ、かのカサンドラ家のご令嬢ですからな」
「これで少なくともうるさいことは言われまい」
婚約破棄されたとはいえ、その非はアリス殿にないことは明らかだ。
家柄も問題なく、人物的にも問題ない。
下手な令嬢などは寄ってこまい。
「王家に借りができたのも大きいかと」
「ああ、国王陛下にも感謝された」
何せ自分の息子がやらかしてしまったのだ。
しかも相手は、国の重鎮であるカサンドラ侯爵の娘。
いくら親交があるとはいえ、お互いに気まずいだろう。
「それに中々に愉快な女性ですな。何やら、最後にお願いをされておりました」
「ああ、料理屋が開きたいとか。公爵令嬢が何を言うかと思ったが、あの料理を食べた後なら文句も言えん。それに、ここにいても手持ち無沙汰だし丁度いいだろう」
「確かに屋敷を取り仕切るわけでもないのに、ずっと屋敷にいるのは苦痛でしょうな」
そう、彼女は仮の婚約者。
故にメイドや使用人達とは最小限の関わりの方が後々のためだ。
それに俺の婚約者じゃなくなった後、何か他にやることがあった方が良い。
「しかし……よろしいので?」
「なんの話だ?」
「無論、偽婚約者のことです。オルガ様も懐いておりますし、貴方様が正式に領主を継承しても……」
「前も言っただろう。俺は結婚することもなく、子供も作るつもりはない。後十年したら、オルガに領主の座を譲って隠居でもするさ」
「ですが、それで民が納得しますかな? それこそ、オルガ様自身が」
「だとしてもだ。未来に遺恨を残すわけにはいかない」
この問答は幾度となくしてきたが、俺の答えは変わらない。
そのために、なるべく民に人気が出ないように振舞っているのだから。
かといって嫌われても困るので、なんとも難しい話だが。
俺は無愛想だが、仕事だけはきっちりやるようにしてバランスを取っている。
「はぁ、相変わらず頑固ですな。そんなところだけ、彼の方に似なくても良いのに」
「放っておけ。大丈夫だ、オルガは父上に似て優しい。きっと、良い領主になるさ」
「それはそうですが……」
「話は終わりだ」
「では最後に一つだけ……アリス殿に本気になったらどうするのですか?」
「俺は終わりと言ったぞ」
その言葉を無視して、俺は下を向いて書類に目を通す。
……動揺していることを悟られないように。




