食べ歩き
うん、ひとまず私の仕事はわかったわ。
それを踏まえつつ、後は私のしたいことを考えればいい。
……やっぱり、最終的にはアレを目指したいわ。
「おい、いつまで惚けている?」
「ご、ごめんなさい」
「シグルド様がエスコートしないからかと」
後ろから、セバスさんの突っ込みが入る。
ちなみにだが、護衛の騎士などは大通りには連れてきてない。
人の迷惑になるし、そもそもシグルド様は強いことでも有名だったりする。
「くっ……では、俺の服を掴んでるといい」
「えっ? わ、わかりました」
恐る恐る服の端を掴むと、シグルド様がゆっくり歩き出す。
それは私に合わせた歩幅で、お陰で周りを見る余裕ができる。
大通りには人はもちろん、店や屋台なども多くあるみたい。
「シグルド様だ!」
「おおっ! アレが噂の婚約者様か!」
「よくお似合いです!」
道が開けると同時に、そんな声があちこちから聞こえてくる。
どうやら、領民には好かれてるみたいね。
ただ……ニコリともしないのが気になるけど。
「あの、手を振ったり笑ったりしなくて良いんです?」
「ああ、必要ない。俺は仮初めの領主にすぎん。それより、何か気になる店はあるか?」
「そうですね……食べ物屋さんとか」
先程から屋台から良い香りがしている。
私が目移りしていると、シグルド様が笑ってることに気づく。
「……クク……」
「ちょっ……」
「すまんな。てっきり、洋服や宝石の類の店に行くつもりかと」
「興味がないとは言いませんけど……屋台の方が気になりますわ」
お洒落は普通に好きだし、アクセサリーも嫌いじゃない。
ただ街中をこんな風に歩くこともなかったし、当然食べ歩きなど言語道断である。
「そうか。ならば詫びをしなくてはならんな。さあ、こっちにくるといい」
「えっ? ちょっ……」
そのまま手を引かれ、良い香りがする屋台に連れていかれる。
近づくと、どうやら何か肉を焼いているようだ。
前の世界でいうところの、焼き鳥みたいな感じ。
「これはシグルド様! な、何か御用で?」
「この食べ物を二本くれるか?」
「へ、へいっ! 少々おまちください!」
店主さんは串焼きを取り、それを壺の中に入れる。
そして網の上で焼いていく……うん、やっぱり焼き鳥よね。
どうしよう、めちゃくちゃ食べたい。
「……へい! こちらになります! 袋は要りますでしょうか?」
「アリス殿、どちらが良い?」
「で、出来れば出来立てを……」
「では、俺もそうしよう」
「でしたら、こちらの椅子をお使いください!」
店主さんにお礼を言い、用意してある椅子に並んで座る。
そして湯気が出ている串焼きを店主さんから受けとった。
「あの、そういえばお金……」
「大丈夫だ、セバスに任せてある」
「いえいえ! 領主様と婚約者からお金なんか取れないです! 大したもんじゃないてすが、これは歓迎の品ってことで!」
「そうか、感謝する」
「……ありがとうございますわ」
歓迎されてると、少し罪悪感が生まれる。
私は仮初めの婚約者なのに……ここにいる間に、何か私個人でお返しできないかしら。
「いただきます……」
「ふむ、濃い味付けだな」
味付けは多分、主に醤油や砂糖などを使ってる。
はっきりいって、大した料理と言えるようなものではない。
それでも、今の私が求めていたものだ。
こんなの、今世では食べたことないから。
「うぅー……」
「な、なぜ泣きそうになる?」
「ま、不味かったですかい!?」
「い、いえ、ごめんなさい……美味しいです。何より、丹精を込めて作ってあるのがわかりますわ」
「泣くほど美味いってことですか? ……よーし! 好きなだけ食べてください!」
「ふふ、そんなには食べられませんわ。でも、ありがとうございます」
多分、前世を思い出しちゃったんだわ。
こういう濃い味付けって、貴族からしたらある意味で贅沢なのよね。
私には毒味役がいたし、熱々なんて食べられなかったし。
……私が笑顔になったみたいに、私も誰かを笑顔にさせたいな。
「あの、シグルド様」
「どうした?」
「したいことがあったら言っていいって本当ですか?」
「ああ、構わんが……」
「だったら私……お料理屋を開きたいです」
そうだ、折角の第二の人生。
今度こそ、好きなことして自由に過ごしたい。




