お誘い
何が笑わない氷の辺境伯よ、普通に笑うじゃない。
めちゃくちゃ大人っぽい癖に、笑うと子供みたい。
ま、まあ、私はおじさま趣味だから関係ないけど。
「お嬢様、百面相ですよ。難しい顔したり微笑んだりソワソワしたり」
「き、気のせいよ。それより、味はどう?」
「もちろん、お嬢様が作ったものですから美味しいに決まってます」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「 わかっております。種族的な話ですね? 鼻が効く我々にはニンニクはキツイですが、これなら問題ないかと」
ふむふむ、獣人が問題ないならニンニク嫌いじゃなければ食べられるってわけね。
そしたら、メニューに……って、気が早いわ。
「ふふ、お嬢様が楽しそうで嬉しいです」
「ま、まあ、あっちよりは肩肘を張らずに過ごせるわね」
「知り合いもいないので、お嬢様の変化に気づく者もいないですから」
「そこは楽よね」
両親には申し訳ないけど、公爵令嬢としての振る舞いを求められないのは助かる。
見たところ、そんなに畏まらなくても良い場所みたい。
うん、ここでなら……夢が叶うかもしれない。
食後の休憩を取っていると、ドアのノックがする。
「俺だ、開けて良いか?」
「ええ、平気ですわ」
「失礼する」
ドアを開けて、シグルド様が入ってきた。
普段は、相変わらず仏頂面である。
……人のことは言えないわね。
「今から出かけても平気だろうか?」
「へっ? ……明日とか言ってませんでしたか?」
「そうなのだが、執事長に……」
そう言い、気まずそうに頭をかく。
なるほど、誰かに言われたのね。
多分、婚約者を放って仕事なんかしてる場合じゃないとか。
なんだ、可愛らしいところあるじゃない。
「ふふ、私は構いませんよ。ここにいても、まだ何をして良いのかわかりませんし」
「まさしく、その点を言われたのだ……では、俺は外に出て準備をしてくる。用意が終わったら、玄関に来てくれ。ちなみに、特に急がなくても良い」
「ご配慮に感謝しますわ。では、後ほど」
シグルド様が部屋を出て行ったら、早速準備を始める。
今の格好は変ではないけれど、流石に婚約者のフリとは言え恥はかかせられない。
動きやすいズボンタイプから、青いワンピースに着替える。
「これで良いかしら?」
「はい、良くお似合いです。ふふ、なかなか出来る殿方ですね」
「そうね、急とはいえ事前に言ってくださったし。それに、こうして服を選ぶ時間もくれたわ」
あの王太子とかは、酷い時には勝手に部屋に入ってきたしたっけ。
しかも自分中心だから、こっちの用意が遅いとすぐに癇癪起こしたし。
男と違って、女の子は時間がかかるっていうのに。
「お嬢様、眉間に皺が寄ってますよ。嫌なことなど、忘れてしまいましょう」
「あら……うんうん、あんなのを考えるだけ時間の無駄ね」
「ええ、そうですよ」
せっかく、自由になれたのに縛られるのなんて馬鹿らしいものね。
気分を切り替えた私はお化粧を済ませ、玄関へと向かう。
すると、そこにはロマンスグレーのおじさまがいた……やだっ、カッコいいわ。
そもそも王太子に惹かれなかったのも、私が前世がアラサーということある。
当時から年上好きだったし、今世と前世を合わせたら……やめやめ。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私、執事長を務めておりますセバスと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。私はアリス-カサンドラと申しますわ」
細身だけど姿勢の良い格好で一礼をされたので、こちらもスカートの端を掴んで貴族式の挨拶をする。
執事長ということは、この屋敷を取り仕切る人。
偽装とはいえ、嫌われたら困るものね。
「この度は失礼致しました。昨日は所用があり、屋敷を空けていたのです」
「いえ、お気になさらずに。むしろ、私こそ失礼しました。昨日から屋敷を探検したり、勝手に食事を作ったり……」
「ほほっ……期待通りですな。シグルド様をせっついた甲斐がございました。あの方は不器用で考えすぎなところがあるので、そういう方の方がお似合いかと」
「えっ? どういう……」
すると、玄関の扉が開く。
そしてシグルド様が入ってきて……セバスさんを見て怪訝な顔をする。
「馬車にいないと思ったら、どうしてここにセバスがいる?」
「ほほっ、その前にご挨拶を申し上げたのですよ。シグルド様をよろしくお願いしますと」
「何を勝手なことを……どうせ、馬車に乗るときに会うだろう」
「勝手とはなんですか。そもそも、私に知らせることなく……」
「ええい! わかったわかった! アリス殿、行くぞ」
「え、ええ」
私はシグルド様に手を引かれ、そのまま玄関を出て行く。
なんだか、さっきのやり取りは子供みたい。
それにしても男の人と手を繋ぐなんて何年ぶりかしら……大きな手をしてるのね。
「あ、あの……」
「セバスがすまんな。全く、いつまで経っても子供扱いだ。俺はもう、25歳だというのに」
「長い付き合いなんですか?」
「ああ、祖父の代から仕えているからな……敵わん」
「ふふ、それなら仕方ありませんわ」
「とにかく、まずは馬車を用意したのでそちらに乗るとしよう。街の中心部までは歩くと距離があるのでな」
そうして馬車に乗り、屋敷を後にする。
さて……このタイミングで色々と聞いてみようかしらね。




