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美園と朔の本質

フローライト第百一話。

仕事を終えて自宅マンションに帰る。朔は今日は遅いと言っていたので当然誰もいないのだが、朔のパソコンやスケッチブックや着替えなどがあるのを見て、ほんとに朔と会えたんだなと思う。


美園はシャワーを浴びてから適当に買ってきたもので食事を取った。策はアルバイト先で食べると言っていたので特に何も用意しなかった。明日はようやく美園の仕事が休みだ。一週間ぶっつけ本番で働いていたので疲れがたまっていた。


(やっと休める・・・)


夜中十一時を過ぎても朔が帰らないので、美園は先にベッドでウトウトしてしまった。急に誰かの手が頬に触れた気がして美園はハッとして目を開けた。


「美園・・・ただいま」と声が聞こえる。


「あ、おかえり・・・寝ちゃった・・・」と時計を見ると夜中の十二時だった。


「うん、もう遅いから」と朔が言う。


「いつもこんな遅いの?」


「うん、遅番の時は」


「そう・・・」


起き上がろうとしたら朔が口づけてきた。それから「美園とまた会えて嬉しい」と言う。


「うん・・・」と美園は少し寝ぼけ眼で朔を見た。


「シャワー、使っていい?」


朔が美園の頬に触れてくる。その手の温もりは美園に昔の朔を思い出させた。


「いいよ、タオルも使って。洗面所のところにあるから」


「うん」と朔が着替えをごそごそと鞄から取り出している。


「荷物、明日でももう少し取ってくる?」


「うん・・・でも、明日はこないだの会社のパンフレット納品するからその後に行こうかな」


「そうなんだ、終わったら行こう。私、明日休みだから」


「え?そうなの?」


「うん、だから時間あるよ。何ならうちから車借りてこようか?」


「車?」


「うん、私、一応免許取ったから」


「えーそうなんだ。すごいね」


「すごくないよ。朔は?取った?」


「まだ取ってないよ」


「そう。じゃあ、今度取れたら取ったら?」


「んー・・・そのうち」


朔が浴室の方に行く。


(あー何だか不思議だな・・・)


三年も思い続けて・・・だけど会ったら今までが一瞬だった気がする。


美園はまたベッドに横になった。するとスマホが鳴った。自分のかと思ってみたら朔のだった。テーブルの上の朔のスマホが鳴ったのだ。シャワーから出てきてから朔に「何か鳴ってたよ」と教えると朔がスマホを見てから返信しているようだった。返信するとまたすぐにスマホが鳴った。今度は着信だ。


(こんな夜中に?)と美園はベッドに寝たまま思う。


「もしもし?」と朔が電話に出ている声が聞こえた。それから少し経つと朔がベッドに入ってきた。


「電話じゃなかった?」と美園が聞くと「うん、でも終わったよ」と朔が答えた。誰からとは言わない。


朔が美園に口づけてから足に触れてくる。それからパジャマのズボンを脱がしてくる朔の手をつかんだ。


「今日は寝よう」


「・・・ダメ?」


「ん・・・眠い・・・」


「じゃあ、触るだけ」と朔が太ももの辺りを撫でてきた。けれどその手が美園の下着の中に入ってくる。


「朔・・・触るだけでしょ?」と美園は目を閉じたまま言った。


「ん・・・」と朔がやっぱり美園のズボンをおろしてくるので、美園はもうそのまま放っておいた。放っておくと朔の手が美園の中に入ってきた。


「朔・・・」というと「ちょっとだけ」と朔が言う。


結局最後まで半ば強引にしてくる朔のセックスのやり方は以前とあまり変わらないが、変わったところはこうして強引だったり積極的だったりするところだ。


(何があったのだろう・・・)


美園は朔に抱かれながら考えていた。朔の三年間は自分とは違い、もっと朔の根本的な何かを変えてしまったのではないだろうか・・・?


 


次の日朔がパソコンを開いて部屋で仕事をしている間に、美園は久しぶりに自分の実家のマンションに行った。玄関の鍵を開けると、玄関には奏空の靴が見えた。


「ただいま」と久しぶりに咲良の顔を見る。


「あ、何?おかえり。どうした?」と咲良がキッチンから顔を出す。


「車、借りたくて」


「あーいいけど。あんたマネージャーさんにダメだって言われてるんじゃなかったの?」


「そうだけど、用事ができたんだよ」


「何の?」


「後で言う。奏空いるの?」


「いるよ。仕事部屋に珍しくこもって何かやってる」


「そう」と奏空の仕事部屋に行こうとすると、「美園、今日はご飯食べてく?」


「んー・・・どうしようかな・・・」


「たまに食べていきな。奏空もいるんだし」


「んー・・・ちょっとまって。奏空に相談してから」


「えっ?何しにご飯食べるか奏空に相談するのよ?」という咲良の言葉を無視して、美園は奏空の仕事部屋に行った。


「奏空」とドアを開けると、机の上のパソコンに向かっていた奏空が振り返って「美園」と立ち上がって抱き着いてきた。


「ただいま」というとギュッと抱きしめられる。


「おかえり。まったく全然来ないんだから」と奏空が少し咎めるように言う。


「だって仕事びっしりだったんだもん」


美園が言うと、奏空が身体を離して美園の目を見つめてきた。


「ちょっと疲れてるみたいだね」と奏空が言う。


「そうだよ」と美園はそばにある小さな一人用の椅子に座った。奏空がまた机用の椅子に座る。


「で?」と奏空が楽しそうに言う。


「で?とは?」


「俺に話したいことあるんでしょ?」


「そうだよ」と美園は少し不貞腐れてみせた。いつでも何でもお見通しの奏空が今日は少し羨ましい。


「朔のことだよ」と美園が言うと、少しだけ驚いた顔を奏空が見せた。


「そう。何となくそうかなって」


「わかるの?」


「美園から朔君を感じたから」


「・・・・・・」


「会ったの?」


「うん、そう」


「元気だったの?朔君」


「元気だよ。すごく」


「そう。それは良かった。でも、何か美園にはあるみたいだね」


「あるよ。朔が何だか変わっちゃったのよ」


「変わったとは?」


「お母さんが亡くなったらしいんだよ。それも自殺で」


「・・・そうか・・・」


「それで朔はお父さんといたわけなんだけど、お父さんを殺しそうになったって」


「そう」


「で、それはそれでね、朔は自分の絵を売ったり、企業のパンフレット何かのデザインの仕事をしたりしながらスーパーでアルバイトしてるんだけど・・・」


「へぇ、すごいね」


「まあ、それはね。だけど、昔の朔と違うっていうか・・・」


「どう違うの?」


「何か何事も自分を通してくるっていうか・・・以前はまったくそんなことなかったのに、自分本位なのよ」


「そうか・・・それが美園には嫌なんだ」


「嫌って言うか・・・何か・・・」


「何か?」


「寂しいっていうか・・・」


「そうか・・・思った朔君と違ったんだね。昔の朔君のままだと思ってたのに」


「うん、まあ・・・」


「それでどうしたいって思うの?」


「どうしたいも何もないけど・・・何だか急に気が抜けちゃって」


「気が抜けたとは?」


「今まで朔のために仕事引き受けてきたようなもんなのよ。出たくもない番組も全部出たのは、朔に気づいて欲しかったからで・・・それが何だか独りよがりだったんだなって思ったら・・・」


「がっかりしたってわけね?」


「そう・・・」


「確かに美園は朔君がいなくなってから、自分だけの世界で生きてきたから、いつのまにか美園の中では朔君が昔のイメージのまま固定されちゃったんだね」


「うん、そうだね」


「それが実際会えたら、朔君はまったくそうではなかった。朔君は美園を思ってくれてたわけじゃなかった、自分だけがいつまでも朔君を思っていた・・・そんな感じ?」


「その通りだよ」


「そうか・・・」と奏空が考えるような顔をする。


「それに・・・朔には他に誰かいる感じなんだよ」


「他にとは?」


「他の女性の影を感じるの」


「そうか・・・」


「朔、今、私の部屋にいるの。仕事してるんだけど、これから一緒に住もうと思って」


「そう。マネージャーさんには?」


「言うわけないでしょ。また色々問題にされるよ」


「そうだね」


「でも、迷ってるんだよ。朔と暮らしてもいいのかなって・・・」


「・・・・・・」


「昨日も夜中に電話が来てたし・・・」


「夜中に?」


「そうだよ。深夜に電話かけてくる友達なんて朔にはいないよ」


「だから女性だと思うんだね」


「そう。男女関係しかそういうことしないでしょ」


「なるほど。朔君は何て言ってるの?」


「何も言わない。私も聞かないし。いちいち面倒でしょ」


「秘密は良い作用と悪い作用があるからね」


「秘密?」


「そう。そして男女関係においては、秘密は”悪い作用”だね。何かを取り繕いたい時に基本的に嘘は生まれるから」


「朔は嘘はついてないけどね。言わないだけで」


「何も意識している部分だけが”嘘”だとは限らないよ。本人も無意識に取り繕ってることはあるからね。朔君は美園といたいって言ってるんでしょ?」


「そうだよ」


「美園はほんとに朔君といたい?」


「どういう意味?」


「以前の自分の世界にいる朔君に恋しちゃってない?」


「・・・どうなんだろう・・・」


わからないな・・・と美園は思う。


「晴翔とはどうなの?」


「えっ?晴翔さん?」


急に晴翔の名前が出てきたので、美園は驚いて奏空の顔を見た。


「晴翔、また美園を攻めてみるって言ってたよ」


「ふうん・・・」


「あまり関心なさそうだね」と奏空が笑った。


「だって今更なんだもん」


「アハハ・・・そうだね。晴翔が悪い。でも今の美園のエネルギーから感じるのはね、朔君に対してすっかり冷めちゃってる感じかな」


「えっ?そんなことないよ」


「美園はね、朔君を唐突に失ったでしょ?」


「うん、そうだね」


「それでね、その時に実はもう自分の世界の中に埋没しちゃったの」


「え?どういうこと?」


「人は突然失ってしまったものを、なかなか認められないんだよ。美園の場合、朔君はあんなに美園に夢中だったんだから必ず何か連絡くれるはずだと思い込んだ。何故なら連絡こないっていうのは、つじつまが合わないんだよ。自分のことを好きだった朔君が自分を無視するは、どう考えてもつじつまが合わない・・・で、どうするか?」


「・・・・・・」


「相手は何かとんでもないことが起きて、どうしても自分に連絡だできないんだ、いつか必ずくれるはず・・・わかる?これがストーリーだよ」


「ストーリー?」


「そう、美園が作り出した物語。朔君はもうそこにはいないよ」


「・・・・・・」


「それで芸能活動をしていれば、いつか必ず朔君が自分に連絡くれるはず、朔君が自分を忘れないように何らかのメディアに出ていよう・・・そうだよね?」


「・・・そうだよ」


「それでめでたく連絡が来た・・・でも、その朔君はどうだったのかというと、美園が朔君を思うほど美園を思っていてくれたわけじゃなかった・・・事実は別として、少なくとも美園はそう感じている・・・」


「そうだね」


「物語の終わりはあっけなく終わって、自分の思ったような結末ではなかった・・・ってことかな?」


「・・・・・・」


「わかる?美園はこの数年、物語の中にいたんだよ。本質じゃなくて映し出された幻想の中を本当だと思い込んでいた・・・」


「そうかもね、でも、朔を好きな思いは今もあるんだよ?」


「そうか・・・美園は何年も朔君のために仕事を頑張ってきたようなものだからね、ここで夢を終わらせると、この数年の努力がすべて水の泡になっちゃう・・・だから今はそうやって必死なところかな」


「必死って?」


「朔君を好きになろうとしている・・・わかる?冷めたのは朔君じゃないよ?美園なんだよ」


「・・・・・・」


少し沈黙になる。ほんとに?奏空の言う通りなのだろうか・・・?


「じゃあ、どうしたらいいのよ?」と美園は口を開いた。


「そうだね・・・」と奏空が考えている。それから美園のそばまで来て膝を立てて美園の手を握り、顔を覗き込んだ。


「自分の思い通りにするのではなく、起きてることに合わしてみるのも手だよ」


「起きてることに合わせる?」


「そう。美園の脳内ストーリーとは別なところの働きで今、朔君が美園と一緒にいるのかもしれない・・・美園の思いとはまったく別に起きているストーリーがあるとしたら?」


「・・・・・・」


「今までとはまったく違う視点で、物語が進行していくのを眺めるのもいいかもよ?」


奏空が笑顔で言う。


(今までとはまったく違う視点で・・・?)


 


奏空から車を借りて自分のマンションに戻った。部屋に入ると朔がいなかった。


(あれ?)と思ってスマホをチェックした。会社に納品と言ってもデジタルなので。ネットから送信するだけだと聞いていた。


(急に行くことになったのかな?)


あくまでも仕事だと思っているので、美園はそのままそこで待ってみた。ところが夕方になっても朔は戻らないし連絡もなかった。


(今日って私にだって貴重な休みなのに・・・)


美園はその辺りでイラっとしてしまった。奏空の言う通り確かに疲れていたのかもしれない。美園が車を返しに実家に戻ろうと思った時、玄関の扉が開いた。


「あ、ごめん。戻ってたんだ」と朔が悪びれもせずに言う。


「仕事?」と美園はなるべく感情をおさえて言った。


「んー・・・仕事といえば仕事かな・・・」と朔が曖昧に言う。


「何で連絡いれてくれないの?」


「え?あ、ごめん。すぐ戻れると思ってて・・・」


「それでも、一言言ってくれても、私も暇じゃないし」


「ごめん・・・」と朔がうつむいた。その顔を見ているうちに、自分は何をやってるのだろうと思った。朔に対して何でこんなにイラつくのだろうか?


(起きてることに合わす?)


無理だと思った。


「朔、私やっぱり朔と暮らせない」


そういうと朔がひどく驚いた顔で美園を見た。


「何で?」


「・・・こうやってちょっとした気遣いもないし・・・昨日の夜中の電話も女性でしょ?」


「・・・・・・」


「だから無理かなって・・・」


「女性だけど・・・そういう関係じゃないよ・・・連絡しなかったのはごめん・・・気が回らなかった・・・」


「うん、いいよ、それは。私のわがままだもんね」


「謝るから・・・一緒にいて」


「・・・・・・」


「気をつけるから・・・」


「ごめん、私が悪いんだけど、もうそんな気持ちになれなくなっちゃった」


「・・・・・・」


「ごめんね」


「美園・・・」と朔が抱きついてきた。


「そんなこと言わないで・・・一緒にいたい・・・」


「朔・・・ほんと私、自分勝手でごめん・・・でもそんな気持ちになれない人と一緒に暮らすのはダメだよね。朔にも悪い・・・」


「美園・・・そんなこと言わないでよ」と朔が泣き出した。


「ちゃんと連絡する・・・その女性のことも話す・・・」


「・・・・・・」


「だからそんなこと言わないで・・・」


 


リビングのテーブルを挟んで何だか尋問のような雰囲気になる。


「あの女性は・・・色んなアーティストを援助してくれてる人で・・・俺の絵をネットで見てくれて気に入ってくれたんだ・・・イラストのアイデアもその人がくれて・・・今の仕事がついたのもあの人のおかげなんだよ・・・」


「援助って?」


「元々は絵の具やキャンバスなんかを専門におろしてた会社らしくて・・・でも二代目のあの人が会社を大きくして・・・○○〇って文房具店知ってる?」


「聞いたことは・・・」


「そこの社長さんなんだよ」


「そう・・・それで朔の絵ばかりか朔自身も気に入ってくれたってわけね」


「・・・まあ・・・」


「誘われた女性ってその人でしょ?」


「そうだよ」


「何歳なの?その社長は」


「三十二」


「へぇ・・・独身?」


「独身」


「どうなりたいの?」


「どうって?」とうつむいていた朔が美園の顔を見る。


「その女社長とだよ」


「どうもなりたくないよ」


「今日もその人のところに行ってたってわけね」


「うん・・・」


「寝た?」


「寝る?」


「セックスだよ」


「・・・・・・」


「したんだ」


「ごめん・・・断れなくて・・・」


「だよね。その人のおかげで仕事貰ってるんだもんね」


「まあ・・・」


「弱み握られてるようなもんだよね。でも、朔がその人を好きなら仕方ないけど」


「好きじゃないよ」


「好きだよね?私はある程度エネルギー読めるよ?」


「・・・・・・」


「これで決まりだね。お互いお互いで頑張って行こう」と美園は立ち上がった。


「待ってよ。ほんとに好きじゃないよ。もうセックスはしないから」と朔も焦って立ち上がる。


「私と暮らすって言っておきながら、今日その人としたんだよね?過去は仕方ないよ。でも今日はダメでしょ」


「美園、ごめん。ほんとにしない。俺、美園の方が何倍も好きなんだよ」


「よくある男の上等文句だね」


「美園、そうじゃない・・・許して」


「許してるよ。でももう付き合えないって言ってるだけ」


「美園・・・」


美園は朔を無視して車の鍵を手にした。


「荷物まとめて。ちょうど車あるから送ってく」


「・・・・・・」


「悪いけど疲れてるから早くして」


「美園のこと言うよじゃあ」


「えっ?私のことって?」


何を言われたのかよくわからなかった。


「美園が俺と色々したこと・・・」


「何?週刊誌にでも売るって言うの?」


美園はひどく驚いた。朔の口からそんな言葉が出るなんて信じられなかった。朔がうつむいたまま言う。


「だから・・・お願い、一緒にいて」


「脅し?朔、どうしちゃったの?あなたってそういう人じゃなかったじゃない?どうして?」


そう言うと朔がキッとした目で美園を見つめてから言った。


「どうして?美園はあれから俺がどうやって生きてきたか知らないでしょ?連絡なかったって・・・何でしなかったか考えてもみないでしょ?美園は俺のために芸能活動続けたっていっても、いい思いばかりしてきたでしょ?わからないよね?何でその人のこと断れないのか想像したところで美園なんかにはわからないでしょ?」


「朔・・・・・・」


「俺の三年以上、美園にはわからない。だから俺は好きなもの手に入れるためには今は何だってするんだ」


美園は耳を疑った。あの光だった朔は社会の厳しさの中に埋もれてつぶされてしまったのだ。


(朔・・・)


朔は本当に想像を絶する世界を生き抜いてきて、それは美園にはきっとわかることはできないのだと思った。


(でも・・・それじゃあ・・・)


どうして私たちは再び出逢ったの?


── 起きていることに合わすのも手だよ・・・。


(奏空・・・どうしたらいい?朔が本当に遠くに行っちゃう・・・)


美園は朔を見つめた。


「美園・・・一緒にいて・・・その社長とはもうセックスしない」


「・・・・・・」


朔を見つめているうちに涙が出てきた。いつかの朔の絵を見た時のあの感じではない。社会が闇が朔を連れて行ってしまったのだ。ずっと感じていた違和感はこれだったのだ。


「美園・・・」と朔がすがるように抱き着いてくる。


美園は朔を抱きしめた。目の前にいる朔ではない。奥底に埋もれて助けを求めている朔に手を伸ばしたのだ。


(私には奏空も咲良も利成さんも明希さんもいる・・・だから迷わず来れた・・・でも朔は?)


けれど今、朔を受け入れればきっと泥沼になる。そこを抜けて行ける?そうだ、元々朔は深い悲しみの中にいた。昔、明希が言ってたじゃないか、憎しみは悲しみのなれの果てだと・・・。


(奏空も昔言ってた・・・朔から深い悲しみと憎悪を感じると・・・)


── 起きていることに・・・・・・。


(何が起きてるの?)


「美園」と朔が口づけてきた。そのキスを受けながら涙が溢れた。もう美園の声は朔に届かないのだ。本当の意味で美園は朔を失ったのだと思った。


「美園・・・泣かないで・・・」


気がつくと朔が美園を見つめていた。


「一緒にいてくれるよね?」


朔が美園の涙を親指で拭いながら言った。


「朔・・・」


美園は何も言えなかった。どうしていいかわからなかった。


 


結局はっきりとした返事が出来ずに、車で朔と一緒に朔のマンションまで行った。


「まだここ引き渡さないで使うよ」と朔が言う。


「ううん、もし私と暮らすなら引き払って。お金必要なら私が貸してもいい」


美園はきつい声を出した。


「どうして?絵、描くのに美園の部屋汚しちゃ悪いと思って・・・」


「ここが残ってると、その社長と会うのに使ってるかもと思うよ」


「・・・・・・」


「朔、あのね、もう私たちはダメだよ。こうなったらこの先もういいことない。今が別れ時なんだよ」


「別れないよ」


「朔・・・」


「引き払うよ、ここは」と朔が荷物をまとめ始めた。


美園はその姿をしばらく眺めていたが、仕方なく絵の道具を片付けるのを手伝った。


「じゃあ、今度契約した不動産屋さんに行くから美園も来てくれる?」


「いいよ」


美園は断れないまま朔を再び車に乗せて自分のマンションに向かった。


「美園は、いつ免許取ったの?」と朔が助手席で聞いてくる。


「んー・・・高校出てすぐくらい」


「そうなんだ。高校卒業式出たの?」


「出たよ」


「どうだった?」


「どうもこうもないよ。普通の卒業式」


「そうか・・・」と朔が窓の方に顔を向けた。


「あ、あそこのコーヒー美味しいよね?」と朔が無邪気な声を出した。そこのカフェは有名なカフェだ。


「そうだね」


「美園も行ったことある?」


「あるよ」


「今度一緒に行きたいね・・・でも、美園とは無理か・・・」と朔が美園の方を見た。


「変装すれば行けるかもよ」


「えー変装してるの?」


「最近はしてる。帽子とサングラス、時にはマスク」


「アハハ・・・それじゃあ怪しいね」


「そうだね。でも騒がれるよりかはマシだから」


「そうだね、昔大勢の人に囲まれた時は怖かったな・・・」


朔がまた思い出に浸るかのように窓の外を見ている。


 


美園の部屋に着いて、朔の荷物を車から降ろした。


「もう遅いから車は明日返しにいくよ」と美園は言った。


「明日は仕事でしょ?」


「明日も休ませてもらったよ。何だか疲れすぎて・・・最近は」


「そうなんだ・・・」


その夜、朔がまた求めてきた。美園が絶頂感に達するまでしつこく舐めてくる。


「朔・・・もういいよ」と言ってもやめない。


美園は気持ちがあまり乗らないので、身体の反応が鈍くなっていた。


「何でイかないの?」と朔が聞く。


「疲れてるからかも・・・」


「そうなの?」と朔は不満そうだった。


セックスが終った後も、美園は何となく眠れずにいた。朔はすっかり寝息をたてている。その寝顔を見ながら、できれば高校の頃に戻れればいいのにと思った。


(あーダメだ。めちゃ、ネガティブ・・・)


無理矢理にでも別れるべきじゃ・・・美園にしてみれば週刊誌に載ろうが、テレビで騒がれようがそんなことはどうでも良かったので、朔の脅しは本当は成り立っていなかった。


それでも朔に毅然とした態度が取れなかったのは、何かが引っかかるからだ。


(朔・・・)


美園も目を閉じた。引き返すなら今・・・そう感じながら。

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