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第6話 再び孤児院へ

 翌朝、早起きのリラの仕事の音でまた目を覚ました紫苑だったが、前日と違って頭はスッキリしていた。


 紫苑はベッドから起き出すとすぐに衣装部屋に行って身だしなみを整え、リラが用意してくれた冷まし湯で顔を洗い、朝食の時間までは城内を散歩することにした。


「城内で見て面白いところってありますか?」


 部屋を出てから一歩後ろを歩くヴァルターへ紫苑がそう問うと、


「面白いところ、ですか。歴代の国王陛下の肖像が飾ってある部屋がありますが、御覧になりますか?わたくしには分からないのですが、芸術的な価値が高いそうです」

「んー、そういうのはいいかな。そう言えば、この西棟は他に誰が住んでいるんですか?」

「住んでいるのはほぼ使用人です。王族の皆さまの住まいは東棟にあります。謁見の間や評議場など、政に関する部屋も東棟です」

「つまり、ここは古いから王族方は使わないということですね」

「まあ、そうですね。ですが聖女様の部屋は修繕も行き届いていて、調度品もすべて新調してありますよ」


 古い棟の四階は、鳥籠にするにはちょうど良かったのだろう。それでも、何も不自由は無いよう一応気を使ってはいるらしい。


 紫苑は廊下に飾られている彫像などを見ながら、しばらくブラブラと歩いていた。そこで窓の外に塔が見えるのに気が付いた。

 

 塔を見つめる紫苑へヴァルターが、


「あれは見張り塔です。現在は使われていないので衛兵は配置されていません。とても見晴らしが良いので、上ってみますか?」


 城は四階建てだが、見張り塔は更に高い。せっかくなので紫苑はヴァルターに案内してもらうことにした。塔の入り口の扉を開けると中は螺旋階段になっていて、小さな窓から光が射している。螺旋階段を上った先の見張り台へ出ると、視界が一気に開けた。


「うわー、気持ちいい!」


 身震いするほど冷たいが、吹き抜けるさわやかな風で気分がシャキっとする。

 そして何より、地平線までの遥か遠くを見渡せる眺めが素晴らしく、まるで空を飛んでいるかのような気分だった。


 この城は小高い丘の上に建っている。見張り塔の頂上は六階程度の高さだが、平地からすると実際はもっと高い位置にあるわけだ。

 風に飛ばされないように胸の前でショールをしっかり掴みながら、紫苑は街を見下ろして昨日訪れた場所をなぞってみた。


 広場に茶館に散歩道、川を辿って行くと教会と孤児院も見つけた。すごく小さい。子供達はもう起きて自分の担当の仕事をしているかも知れない。

 まだ行ってない場所もたくさんある。どうせ時間はあるのだろうから、気が済むまで街を散策するのもいいかと思って、紫苑は街の端から端までを眺めていた。


「聖女様、あまり長居すると体が冷えます」

「そうですね。そろそろ朝食でしょうし、戻りましょうか」


 紫苑は満足した笑顔をヴァルターに向けて、見張り塔を後にすると自室へと戻った。


 リラがテーブルに食事を並べているところへ帰って来た紫苑は、リラに礼を言いながら席へ座ると早速朝食をいただいた。

 主食はフランスパンのような固めのパンを薄くスライスしたもの。ワンプレートでスクランブルエッグにサラミのようなもの、葉物野菜の炒め物が乗っており、別にフルーツ、ナッツ、ジャムが用意されている。見た感じよくある朝食だ。馴染みのあるものが食べられるだけでありがたい。


「リラさん、わたしって聖女としての義務とか仕事とか、具体的にあったりするんでしょうか?」


 パンにジャムを塗りながら紫苑は聞いてみた。


「いいえ、特には聞いておりません。自由にお過ごしいただいて良いとのお達しです。ただ、来たるべき時のために、いつでも対応出来るよう王都からは離れてはいけないと言われております」

「その、来たるべき時というのはいつなんですか?」

「申し訳ありませんが、わたくしには分かりかねます。国王陛下と上級貴族の方々がすべて良きよう采配を取っていらっしゃると伺っております」


 リラの話し様からすると、下々の者は詳しい事は知らないということだろう。国を揺るがすほどの危機ならば、無用な混乱を避けるために情報統制しているのかも知れない。

 昨日ホールで見た国王と貴族の面々が、その危機を詳しく知っている限られた人々ということなのではないだろうか。


「そうだ、ひとつお伝えしておくことがありました」

「何ですか?」

「一週間後に聖女様の歓迎の宴として園遊会が開かれるそうなので、ご出席頂きたいとのことです」

「園遊会ですか」

「はい、貴族をはじめ各界から名士が集まって聖女さまに歓迎の意を表するとのことです」


 つまりは聖女のお披露目会ということか。歓迎してくれるのは良いが、言葉も通じない人々へ愛想を振りまいて相手をしなければならないのかと思うと、紫苑は少々億劫に感じて肩をすくめた。


「分かりました。出席しないわけにはいきませんものね」

「恐れ入ります」


 リラは今日もまた違うブレンドのお茶を淹れてくれ、部屋には香ばしい香りが漂いはじめた。麦か豆のようなものを炒った材料を使っているらしい。彼女は本当にお茶のレシピを豊富に知っている。


「それで、普段は特にすることが無くて自由にしてて良いなら、街へはいつでも行って構わないですよね?」

「はい、この城の西棟と城下町は自由に出歩いていただいてよろしいそうです」

「毎日街へ行っても問題ないですか?」

「はい、問題ないかと思います」


 それを聞いて紫苑は安心した。


 聖女様と祀り上げられて、何から何まで世話をされる生活では思考が停止してしまいそうな気がするので、常に何かしらの刺激を受けておかなければいけないと紫苑は考えていた。

 街には噂話や情報がたくさんあるはずだし、それらはこの国を知ることに大いに役立つに違いない。何か少しでも自分のためになるなら毎日通っても損は無い、と紫苑は思うのだ。


「あのー、それでなんですけど」

「はい、何でしょうか」

「わたし、お金をまったく持っていないのですが」

「それならばご心配いりません。買い物などをする際は特別に発行された支払い手形をわたくしが預かっておりますので、お支払いは全てわたくしにお言いつけください」

「それはどのくらい使えるんですか?」

「お食事をしたり、小間物を買ったり、お芝居を見たり、等々なら問題ありません」

「たとえば、馬車を買うとか、家を買うとか、はどうですか?」

「は?そういったことをご所望ですか?」


 リラは少し困った顔をした。それはそうだろう、特別待遇されて城に住んでいる人間が庶民の中に混じって生活でもしたいのか、というような買い物だ。


「いえ、どこまで我がままを聞いていただけるのかな?と思いまして」

「申し訳ありませんが、それは想定しておりませんでした。先程わたくしが言いました、そうですね、貴族の令嬢が普段楽しむような事は問題ないとお考えください」

「なるほど、貴族の令嬢ですか」


 確かにリラが言っていた事は、暇を持て余している貴族の令嬢が普段していそうな生活かも知れない。

 庶民が急にそのような上げ膳据え膳でお小遣いをたくさんもらえると言われたら、喜んでニートを満喫してしまいそうだ。しかし、それは実のところ、自由にしていいと言われながら実際は籠の鳥である暮らしに不満を持たないように、という事なのではないだろうか。


「じゃあ、今日も街に行きますね」

「かしこまりました。後で馬車を用意しておきます」


 一通りの朝の仕事を終えたリラは部屋を下がって行った。


 朝食を残すことなく食べ終えた紫苑は、外出着を選ぶために衣装部屋へ行った。昨日は動きやすくて地味めの服を選んだのだが、それでもやはりドレスなので地面に引きずる程の丈のスカートは何かと不便だった。


 ハンガーに掛かっている服を端から順に見て行ったが、やはり動きやすそうな服が見当たらない。体格の小さい人用のサイズの服ならスカートも短くていいのだが、そうすると肩幅が入らない。


 これは困った、と仕方なく紫苑は昨日と同じような服を選んで着替えることにした。街で自由に買い物をしていいのなら、もっと動きやすい服を買えばいいか、と今日の目的を服選びにした。


 昨日と同様にヴァルターが馬車を駆って街の広場までやって来ると、紫苑は早速服飾店へ案内してもらった。

 平民はオーダーメイドの服は着ない。布を買って自分で縫うので、服飾店といえば貴族か平民の中でも富裕層が利用する店だそうだ。


『いらっしゃいませ』


 入り口の扉を開けると店員が愛想よく挨拶をして出迎えた。


『初めてお目にかかるお客様ですね、どうぞおすすめの生地やサンプルのドレスをご覧になってください。ご希望をおっしゃってくだされば専用のデザインでドレスを仕立てさせていただきます』


 従者を二人連れた、身なりの良い紫苑を金持ちの令嬢だと思ったのか、店員は素晴らしい営業スマイルで接客してくれた。


「あの、もっとスカートの丈が短い、動きやすい服が欲しいのですが」

『はい?短いスカートですか?それでは庶民の服のようですが』


 店員は困惑した表情を浮かべた。店員が売りたいのは華やかで高価なドレスなのだから当然だろう。


「いいんです。丈は膝下くらいで、色は汚れが目立たない黒とか灰色とか、あ、紺色もいいですね。生地は丈夫で洗濯しやすいものでお願いします」

『さ、左様でございますか。それではリボンやレースなどをふんだんに使って華やかにいたしましょう』

「いえ、そういうのはいいです。シンプルで動きやすければいいので。あと、コルセットはつけないので、それを前提でデザインしてください」

『ま、まあ、コルセットを着けないとおっしゃるのですか!?』

「はい、この条件は絶対です」


 驚いた顔の店員へ、紫苑は満面の笑みで自分の思い通りの服をお願いした。


 不服そうな店員は、それでもデザインを打ち合わせ、紫苑のサイズを測ると仕立てを請け負った。

 全部で五着、なるべく急ぎでとお願いして納期はひとまず一週間で二着、残りは十日程ということになった。それまではドレスで我慢しよう、と紫苑は満足気に服飾店を後にした。


『聖女様、ずいぶん変わった服のご趣味ですね』

「そうですか?わたしの世界では普通ですよ」


 悪戯な笑みを浮かべて紫苑はそう言った。まあ、価値観がかなり違うのだから、みんな驚くのは仕方がない。


「聖女様、昼食はどうなさいますか?近くにいくつか富裕層向けのレストランがありますが」

「市場で買いましょう」

「市場でですか?どこで食べるのです?」

「わたしのお気に入りの場所でです」


 紫苑はニコニコしながら市場へ行くと、人気の店をリラに教えてもらって、そこで驚く程たくさんの買い物をした。入れ物が無かったので大きなバスケットまで買ってそこへ品物を入れてもらい、荷物持ちはヴァルターにお願いした。


 買い物が終わると馬車を引き出してもらい、紫苑はヴァルターへ行先を告げた。


「え、またですか?」

「そうですよ」


 紫苑は横へ置いたバスケットを手で押さえながら、揺れる馬車の窓越しに街の風景を眺めた。


 歩くと一時間は掛かった距離も馬車なら三十分程で到着したその場所は、昨日来た孤児院だった。


 馬車の音に気付いた子供が庭のほうから顔を覗かせ、誰が来たのかと様子を見ていたが、大きなバスケットを持って降りて来たのが昨日のお姉さんだと分かると、ぱっと顔を輝かせて走り寄って来た。


『わー、今日も来たの?』

「こんにちは、今日もお邪魔しますね」


 子供はすぐに庭へ引き返し、他の子供達へ声を掛けたのか、今度は大勢が紫苑のもとへ集まって来た。子供がたくさん集まるとすぐに賑やかになる。


『これは、聖女様、今日はまたどうされました?』


 司祭が後からやって来て、かしこまった様子で聞いてきた。

 貧乏な孤児院に二日連続で聖女様が訪れるなど、昨日何か不躾なことでもして文句を言いに来たのかと、どうやら冷や汗をかいている様子だった。


「今日もお伺いしてしまってすみません。子供達とお昼を一緒にと思いまして、市場で色々買ってきたんです。よろしいでしょうか?」

『そうだったんですか、なんとこんなにもたくさん!本当によろしいのですか?』


 バスケットの中にたくさんの食品が入っているのを見て司祭は恐縮した。


「もちろんです。昨日いろいろと案内してくださったお礼ですから、どうか気にしないでください」


 紫苑の言葉に司祭はホッとした様子で、子供達にもお礼を言うように促した。


 普段食べることの出来ないお肉などの食品に目を輝かせる子供達は、紫苑に大きな声でお礼を言い、バスケットを持ったヴァルターを取り囲みながら食堂へと向かった。


 粗末なテーブルが所狭しと並べられた食堂で、食事の配膳を終えた子供達はギシギシと音の鳴る椅子へ座ると、司祭の祈りに合わせて自分達も感謝の祈りを捧げた。紫苑も真似して祈る振りをし、祈りが終わるとみんなと一緒に食事を始めた。


 と、そこで紫苑は気になって、


「リラさんもヴァルターさんも一緒に食べましょう。たくさん買ったので食事は十分あるはずですし」


 近くで立ったまま控えていたリラとヴァルターは顔を見合わせた。


 いつも主の食事が終わるのを待っているリラとヴァルターなのだが、紫苑は使用人のルールなど気にもせず同じテーブルを囲んで一緒に食べるよう促した。子供達も立っている二人のことを不思議に思っていたらしく、自分達の間に席を作ると二人を座らせてくれたのだ。


 困惑した顔をしながらも、感謝の言葉を述べた二人は遠慮がちに黙々と食事を摂り始めた。


 そんな二人を見て満足した紫苑は、子供達の賑やかな食卓を眺めながら常に笑顔が絶えなかった。


 昼食が終わると、紫苑はまた庭へ出て子供達と一緒に畑仕事をした。家庭菜園程度の広さしかないが、子供達にとっては貴重な食糧だろう。大事に育てているのが分かるからこそ、収穫したり雑草を抜いたり、紫苑も一生懸命手伝った。


 畑仕事が終わると子供達は楽しそうに歌を歌ったり遊んだりしている。一番年長の男の子は庭のベンチに腰掛けて本を読んでいた。

 表紙も中身もボロボロなその本は図鑑かと思うような大型の本で、ところどころ小さな挿絵が入っている以外、文字がびっしりと書かれた難しそうな本だった。


「うわ、文字ばっかり。これを読んでるなんて勉強熱心なのね」


 紫苑はまだ中学生になるかならないかくらいの年齢の男の子の横に腰掛けると、本を覗き込んで感心した。


『これには世の中の色んな事が書かれてるんです。とても面白ですよ』


 物静かな感じの男の子は紫苑に本を何ページかめくって見せてくれた。


「わたしはシオンというの、あなたの名前は?」

『??』

「えっと、名前。リラさん、名前を聞くのはどうしたらいいの?」


 紫苑は少し離れた所で立って見守っているリラを呼んだ。


「はい、『あなたの名前を教えて、と聖女様が申しています』」


 リラがすぐに来て通訳してくれると、そういうことかと男の子は頷いた。


『ボクはユリアンです』


 聡明な雰囲気のある男の子はニコッと笑って名前を教えてくれた。賢くて優しそうなユリアンを将来の有望株だな、と紫苑は思った。


 この日も夕暮れ近くまで孤児院で過ごした紫苑は、子供達の相手でかなりクタクタになっていたが、

充実感でいっぱいだった。


 昨日の別れ際は泣いてしまう子供もいたが、明日もまた来ると約束をしたので今日の別れはみんな笑顔だった。

 そんな子供達に見送られて紫苑は馬車に乗り込み、王城へと帰路についた。

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