第17話 リバルシー大会
晴天に恵まれた今日は人々の顔にも明るい表情が浮かんでいた。久しぶりの晴れ間に外出する人が多いのか、市場は普段より賑わい、子供達が走り回る声も辺りに響いている。水たまりを踏んだ水の跳ねる音や、荷馬車の車輪の音にも活気の良さが感じられた。
市場と広場の間の一角には再びテーブルとイスが五組置かれており、市場の客に加えてイベントに参加する人々が大勢集まっていた。
リバルシーを売り始めてから二週間が過ぎ、その間に累計八十七セットが売れた。参加券八十七枚のうち参加者は五十二人になった。
『今回の大会はトーナメント戦となります。組み合わせはくじ引きで行います。二人一組でゲームをし、勝った者同士でまたゲームをします。最後に勝ち残った方に賞金の銀貨十枚が進呈されます!』
リラが大会のルールを説明している間、参加者達は一人ずつくじを引き、引いた番号をトーナメント表に書いてもらっていった。
貴族や上流階級の間では駒将棋、いわゆるチェスが一般的に普及し、紳士のゲームとして親しまれている。しかし、チェスはルールも複雑で戦略がものを言う知識階級のゲームという認識のため、平民の間ではほとんど馴染みが無い。
平民のゲームといえば、壺の中から石を掴み取り、何色の石が一番多いかを当てるゲームや、石を積み上げるバランスゲームのようなものが主流だ。
それを知った紫苑は、ルールが簡単で、しかも面白くてのめり込みやすいリバルシーを平民の間に浸透させようと思ったのだ。客が多ければ商品もたくさん売れる。たくさん売れればそれだけ孤児院への収入になる。専売であれば尚更だ。
大会を開いて賞金を出すことによって興味を引かせ、その面白さを口コミで広げてもらい、大会の参加券のために購入者を増やす作戦も良い感じに進んでいる。既に購入している人には枚数限定で参加券を販売し、定期的に大会を開いてこの先も継続していけばもっと競技人口も増えていくだろう。しかも、紫苑は今後攻略本を販売しようとまで画策している。
孤児院の子供達は大会参加者に番号札を配ったり、トーナメントの順番通りに参加者を整理して進行を助けたりと奮闘していた。
小さい子供達は紫苑と司祭と共にポップコーンとキャラメルナッツを販売して、この一角はちょっとしたお祭りのようになっていた。参加者はもちろん、見物人も多くいてお菓子の販売も順調だった。
「聖女様、思った以上に盛況ですね」
周りで警備を担当するヴァルターが、人垣を見渡しながらそう言った。
「そうね、やっぱり賞金があると人は集まるものよ」
紫苑は満足そうな顔をしたが、いつものような張りのある声ではなかった。
「聖女様、顔色が悪いですよ」
「心配しないで、なかなか疲れが取れなくて」
『聖女様、椅子にお座りください。ここはわたしと子供達に任せてください。なあに、もう皆ずいぶんと慣れましたからね』
司祭の心強い言葉に紫苑はニコリと笑い、お言葉に甘えて椅子に座った。しかし、紫苑は大きなため息を吐くと、ヴァルターが言う通り酷い顔色で疲れた表情をした。なるべく人に見られないようにとショールを頭に巻き、頬を隠すように覆った。
大会が始まると、テーブルの周りには他の参加者や見物人が垣根のように集まり、それぞれのゲームを見守っていた。他の人のゲームを見ることで戦略を練ったり、相手の手を読んだりと研究する熱心な者が多いようだ。
何せ優勝すれば賞金が手に入るのだ。みんなかなり真剣な表情だった。
開始からトーナメントは順調に進んだ。研究しているとはいえ、まだリバルシーというゲームを知ったばかりの人々なので、わりと短時間で決着がつくからだ。
勝ったほうは喜んでガッツポーズをし、負けたほうは悔しそうに腕組みをしながら顔をしかめる。
隣で売っているポップコーンとキャラメルナッツも順調に売り上げを伸ばしている。珍しい物が好きな人が多いのか、口コミで評判が良いのか、こちらも売り子の仕事は大忙しだ。その場で作っているわけではなく、キャラメルナッツは前日に、ポップコーンは今朝早くに作り置きした物なので、売り切れるのも時間の問題だった。
紫苑がイスの背にもたれかかってうとうととしていると、わっと大きな歓声が上がった。紫苑が顔を上げて見ると、ひときわ大きなガッツポーズをして周辺に喜びを振りまいている男が目に入った。集まっていた人々から拍手が沸き上がり、場は大いに盛り上がっていた。
『おめでとうございます、優勝者が決定しました!』
リラがその男を手で差しながら、周りの人々に告知していた。
大会は終わったらしく、優勝者が決まったのだ。紫苑はそれに気が付くと立ち上がって男とリラの側へ歩いて行った。
「聖女様、優勝者が決まりましたので、賞金の贈呈をお願いします」
そう言ってリラは用意して来た銀貨十枚が並んだトレーを紫苑へ差し出した。
紫苑はトレーを受け取ると、フッと小さく息を吐き、背筋を伸ばして男へ向き合った。男も聖女を前にしてかしこまった態度を取った。
「優勝おめでとうございます。素晴らしいゲームでしたね。これからも是非リバルシーを楽しんでいただけたら嬉しいです。では、お約束の賞金です、お受け取りください」
紫苑がトレーを男に渡すと、受け取った男はいっそう嬉しそうな顔をして紫苑へ礼をした。するとまた観衆から拍手が起こり、第一回目のリバルシー大会は大成功を収めたのだった。
司祭と子供達が販売していたお菓子も完売し、リバルシー大会の余韻を感じながら孤児院の皆は後片付けを始めた。
集まっていた観衆も解散して、市場と広場はいつも通りの様相を取り戻し、午後の気だるさに人々の活動は少し緩慢になったように見えた。
「はあ、大会がこんなに盛況になるなんて、始まる前は心配してましたが、ホッとしました」
リラもテキパキと片付けをしながら、賑わった大会を思い返しながら笑顔を浮かべていた。
「本当に良かったです。わたしもちょっと不安な部分はありましたから」
「聖女様のアイディアはいつも斬新で面白くて、そして結果を出す、素晴らしいですよ」
いつもあまり表情を変えないリラなのに、この日ばかりは気持ちが高ぶっているのか口元が緩んだままだ。それほど貴重な体験をしたと感じているのだろう。
「お菓子の売り上げもかなりな金額になりました。これでまた材料を仕入れて、残りは子供達の服や食事に当てられますね」
「ええ、子供達もがんばって作業した結果、自分達の力でお金を稼いだことに自信を持ったと思うの。自立への第一歩ね」
自立という言葉を聞いて、リラは紫苑が子供達の未来を変えて行くのだろうと思った。いや、紫苑が後押しをして、あとは子供達自身が変えて行くのかも知れない。
荷物をすべてまとめて荷車へ乗せた後、小さな子供以外は司祭と共に孤児院へ向けて徒歩で出発した。ヴァルターが荷馬車の御者台に乗って、紫苑が小さい子達と一緒に荷車へ乗ろうとした時、紫苑はふいに膝から崩れ落ちて地面に手をついてしまった。
「聖女様!?どうしました、大丈夫ですか?」
リラが急いで紫苑へ駆け寄り、肩に手をまわして体を起こそうとした。紫苑の息は荒く、顔色はますます悪くなっていた。その様子にリラは血の気が引く思いがした。
「どうした?」
リラの驚いた声に御者台から降りて来たヴァルターも紫苑の元へやって来て心配そうな顔をする。
『聖女様の具合がかなり悪そうなの。悪いけど、孤児院へは行けないわ。早く城へ帰らないと』
『ああ、そうだな』
『わたしたちは馬車を借りて城へ帰るわ、ヴァルターは子供達と荷物をお願い』
『でも、オレは護衛をしないと』
『大丈夫よ、そこの衛兵隊に頼んで送ってもらうから』
『…わかった、衛兵隊にはオレが頼んでくるからちょっと待ってろ』
そう言ってヴァルターは急いで衛兵隊の詰所へと走って行った。
子供達は紫苑が地面に座ったまま動かず具合が悪そうなのを見て周りに座り込んでいた。
『せいじょさま、どうしたの?』
『おなか、イタイ?』
心配そうな声で話し掛ける子と、ただ悲しそうな表情で紫苑を見つめるエルミ、そんな子供達に向かって紫苑は力を振り絞って答えた。
「大丈夫よ、ちょっと疲れただけ。あと、お腹もすいたかな。今日はみんながんばってくれたから、気が抜けて力が出ないだけなのよ」
青白い顔で笑顔を見せる紫苑に、子供達は少し安心した様子だったが、やはり只ならぬ気配を感じるのか紫苑に寄り添って離れなかった。
そこへヴァルターが衛兵と馬車を連れて戻って来た。事情を聞いた衛兵は相手が聖女であるため、責任を持って城へ送り届けることを約束してくれた。
衛兵とリラに支えられて立ち上がった紫苑は、もう一度精一杯の笑顔を作って子供達へお別れに手を振った。
子供達も立ち上がった紫苑を見てようやくホッとしたのか、大きく手を振り返してさよならを言っていた。子供達に見送られて紫苑はゆっくりと馬車へ乗り込んだ。
「聖女様、帰ったらすぐ城の侍医に見てもらいましょう」
「リラさん、大袈裟ですよ。ちょっとめまいがしただけなんですから、もう大丈夫です」
「駄目です、聖女様の大切なお体に何かあっては一大事ですから」
聖女の世話をし、その身を守ることを使命としているリラにとって、聖女が体調を崩したとあっては責任問題にもなってくる。もちろん紫苑のことを心配はしているのだろうが、自身の進退問題にもつながるのだから気が気ではないだろう。
険しい表情のリラを見て紫苑は溜息を吐いたが、何を言っても聞かないだろうと思って従うことにした。リラは紫苑の手をぎゅっと握って放さず、温かい体温が紫苑へ伝わって来る。人の体温とは意外と心地よいものだな、と目を閉じた紫苑はなんとなくそんな気持ちがしていた。
城へ帰り着くと、自室へ戻った紫苑はリラにすぐさまベッドへと寝かされてしまい、あっという間に侍医がやって来て診察が始まった。
『聖女様、お食事はきちんとされておりますか?』
「はい、食べてます」
『熱は無いようですが、咳が出たり倦怠感があったりはどうですか?』
「咳は無いです。倦怠感はありますけど、ここ最近忙しくて寝不足だったので、そのせいだと思います」
『ふむ』
額に手を当てたり、下瞼を下げて見たり、手で脈を取ったりと色々質問をしながら侍医が診察をしていたが、全て終わると診断を下した。
『おそらく過労でしょう。お忙しく寝不足だったようですから、栄養のあるものを食べてしばらく安静にしていれば体調は改善すると思います』
胸の前で手を組み、そわそわと診察を見ていたリラはそれを聞いてホッとした顔をした。
「やはり忙し過ぎたのですね。聖女様、孤児院へ行くのはしばらくお休みしてはどうですか?子供達ももう作業には慣れましたし、市場で商品を販売するのも周りの大人が手伝ってくれますよ」
「……そうですね、子供達に心配を掛けてもいけませんし」
「そうですよ、聖女様が倒れたら一番悲しむのは子供達なんですからね」
リラは侍医を見送ってからお茶を淹れ始めた。
「聖女様、何かお食べになりますか?」
「そうですね、スープとか軽いものなら」
「分かりました。厨房にお願いしてきますので、それまでお休みになってください」
ベッドのサイドテーブルにお茶を置いたリラはそう言って部屋を出て行った。
紫苑はお茶をひと口飲むと、また小さく溜息を吐く。
カップをサイドテーブルに戻すとベッドへ仰向けに寝た紫苑は、視線の先にキラキラと光の粒が散らばるのを見た。
「ハム助、ありがとう」
相変わらず何も考えてなさそうな、のほほんとしたハムスターもどきの精霊の顔を見て紫苑は口元に笑みを浮かべた。ペットではないのだが、ハム助の存在は紫苑にとってかなり重要になっていた。
ハム助はしばらくふわふわと辺りを漂っていたが、サイドテーブルに下りて来ると、お茶と一緒に置いてあったキャラメルナッツにかぶりついた。
それは売り物にならない、小さく砕けた部分を集めてあったものだ。子供達にもおやつとして分けてあるのだが、リラが自分達用のお茶請けとしても持ち帰っていたのだ。
精霊でも人間の食べ物を食べるのかと、はじめは驚いた紫苑だったが、ハム助は特にお菓子が好きなようで、城の料理人が作るお菓子もよくつまみ食いしていた。
「ハム助、そんなに食べるともっとまん丸になっちゃうよ」
ベッドに寝たまま紫苑はクスクス笑うが、ハム助は夢中になってキャラメルナッツをかじっている。本物のハムスターなら頬袋に詰め込めるだけ詰め込んでしまうのだろうが、ハム助には頬袋は無いようだ。だから満足するまでひたすら食べるらしい。
紫苑も大きめのひと粒をつまむと口へ放り込み、天井を見上げながらモグモグと味わった。子供達が主体で作ったのだが、良い出来だ。
今は専売出来るお菓子はキャラメルナッツとポップコーンだけだが、他にももっと種類を増やしていきたいと考えている。そのためにいくつかレシピを書き出してあるのだが、材料の調達しやすさや仕入れ値、作った後の日持ちの良さなどを考慮すると中々次の商品を決めかねていた。
司祭やユリアン、レナーテともっと相談してみようと紫苑は思っているが、これから孤児院へはしばらく顔を出せないと思うと、その間にもっと案を煮詰めておけばいいか、と考えた。




