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第16話 聖女を取り囲む思惑

『聖女よ、どうかしたか?』


 ベルナールが覗き込むように自分の顔を見ているのに気づき、紫苑はハッとして笑顔を作った。


「いえ、このような宴には不慣れなもので、会場の雰囲気に圧倒されておりました」

『今日は外国の要人をもてなす夜会だ、国の豊かさを顕示する場でもあるからな』


 外国の要人をもてなすとは、つまり外交ということでもある。国の威信にかけて最高のもてなしをし、賓客を満足させて更なる交渉の円滑化を図るということだ。


 ベルナールはいつものように常に誰かと挨拶と社交辞令を繰り返しており、その間紫苑は誰と会話するでもなく微笑みをたたえながら静かにベルナールの横に立っていた。その後ろにリラがいるのだが、リラは余計なおしゃべりはしないし、この場から離れるにはどうしたらいいかも分からず、紫苑は誰かが重要な話があると言ってベルナールを連れていくことを待っていた。


『国王陛下と大使御一行のお成りです』


 従者の声が会場に響くと、上座側の大きな扉が開き、王と外国の大使と見られる男性、そして側近である数人の男性が会場へと入って来た。

 上座には重厚な佇まいの横長の大きなテーブルが置かれており、料理が所狭しと並べられている。テーブルの中央に王と大使、その横へ側近の人々が立つと、身綺麗な若い女性数人がゴブレットに酒を注いだ。そして会場に集まった貴族達もそれぞれ酒の入ったゴブレットを手にして上座に注目した。


『皆の者、今宵は大使を歓迎する宴によく集まってくれた。こちらは隣国ベラシアよりの全権大使ボルレー卿である。すでに両国の友好関係のためにいくつかの交渉を成立させているが、残りの日程も有意義なものとなるよう今宵は心より歓待したいと思う。ボルレー卿、どうか存分に楽しんでいただきたい』

『陛下、我々のためにこのような場を設けて頂きありがとうございます。陛下のお心遣いに深く感謝申し上げます。両国の友好が末永く続きますよう尽力させて頂きます』


 王と大使はお互いを見て軽く頷いた。


『それでは、乾杯』

『乾杯!』


 王の乾杯の音頭と共に、集まった参加者全員がゴブレットを掲げて乾杯を告げると、音楽家達が楽器を奏で始め、会場は更に賑やかになった。


 上座の前には一段高くなった舞台があり、両側から踊り子達が現れて軽快なダンスを始めた。同じ動きを寸分の違いもなく、ピッタリと息の合った見事な舞に見惚れる者も多くいた。

 この夜会はいわゆる舞踏会といったものではなく、舞やパフォーマンスを見せて客をもてなす形式だ。


 盛り上がってくれば参加者もダンスを踊るとリラが言っていたが、今は音楽を聴いたり舞台を見たりしながら歓談している。


 広間の脇には休憩用のテーブルと椅子が用意されているが、基本的には立食で社交にいそしむ場となっている。


 紫苑は自分も宴の間適当に食べて飲んで時間を過ごそうと思っていたのだが、ベルナールはいつもと違ってずっと紫苑をエスコートしており、ついには大使の隣へと紫苑を連れて行き、有無を言わさず紹介してしまった。


『大使、こちらが先程お話した我が国の救済者である聖女です』

『おお、これはこれは、お目にかかれて光栄です聖女様。王太子殿下より聞いておりますが、何でも孤児達のために献身的に活動しておられるとか。子供は国の宝と申します。聖女様のおかげでこの国の未来も明るいというものですな』

「いえ、そんな大層な事では……」

『大使、聖女はこのように謙虚だが、行いはとても奇抜で大胆だ。是非話を聞いてみてはどうか』

『それは実に興味深い、是非お話をさせて頂けると幸いですな』


 大使の隣に座らせられ、大使とベルナールに挟まれる形で逃げ場の無くなった紫苑は、どうしてこうなった?と、愛想笑いを振りまきながら内心とても憂鬱だった。

 外交材料のひとつとして利用された形だが、紫苑は聖女予算の分だけ貢献はしないといけないか、と諦めて仕方なく話に付き合った。


 後ろに座ったリラは紫苑の心境を察してはいたが、自分に出来ることは何も無い、といつもの通りに通訳をしている。


 するとすぐに王まで話に混ざって来て、いつの間にか四人で交易や国の政策にについての談義が始まってしまった。彼らは話題ごとに一々紫苑へ意見を聞いてくるので、紫苑も多少は有益になりそうな現代の知識を基にして、控え目に意見を述べた。


 紫苑の意見に時折感心した表情を見せる王や大使は、次々に話題を振って来る。そこで紫苑は気が付いた。

 これまで孤児院のために紫苑がしてきた活動内容ではなく、彼らは異界の知識や発想のほうに強い関心を持っているのだ。何か有益な情報を得られるのではないかと期待しているのが明らかだ。


 さすが、国を動かす支配階級だ。放任を決め込んでいたにも拘わらず、聖女が有用かもしれないと思えば、すぐに利用しようとするほど貪欲なのだと紫苑は理解した。


 それからは紫苑は当たり障りの無い程度に意見を言い、難しいことは分からないといった困った表情を作り、愛想笑いに磨きをかけた。

 最初こそ紫苑に対する期待が大きかった三人だったが、次第に思ったほどは得られるものが無いと思ったのか、しばらくして紫苑はその場から解放された。


『聖女よ、そなたの様々な意見、実に興味深かった。私はまだ大使殿の接待があるが、そなたは好きに宴を楽しんでくれ』

「はい、ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 紫苑は王と大使に深く礼をして、ベルナールと一度目を合わせてニコリと笑ってから席を外した。


 その途端、そそくさと足早に上座から離れた紫苑は、舞台で踊り子達が華麗な舞を舞っている姿を横目に見ながら外の空気を吸うためにバルコニーへ出る扉を開いた。


「聖女様、何かお飲み物でもお持ちしますか?」

「ありがとう、お願いします。お腹も空いてるので、適当につまめるものもあると嬉しいです」

「分かりました。そこの椅子にお掛けになってお待ちください。すぐに持ってまいりますので」


 リラが背を向けて歩き出すと、紫苑はバルコニーの椅子に座り、空を見上げながら大きく息を吸い込んだ。

 王族、貴族の政治の話など、紫苑には縁の無いものだと思っていたのに、こうやってふいに巻き込まれてしまうと、まるで事故にでも遭ったような気分だ。出来れば極力関わりたくないと思っていた分野であるし、利用されるばかりというのは納得いかない。


「疲れた……」


 そう独り言ちた紫苑は、冷たい夜風の心地よさにしばらく身を委ねていた。


 広間の賑やかさとは正反対に外はとても静かだ。紫苑は目をつむって背もたれにもたれかかり、ボーっとしたまま楽に過ごしていると、近くから人の話し声が聞こえて来た。


『陛下と大使殿はずいぶん聖女様と長くお話をされておりましたな』

『慈悲深き清らかな聖女と謳っているからな、王室の後ろ盾で慈善事業をしているとアピールされたいのだろう』

『ですが、あれではまるで聖女様が政の一端を担っているかのように捉えられてしまうのでは』

『心配するな、大使殿も賢い女が物珍しいだけだ』

『しかし、城下の民もずいぶんと聖女様の活動に賛同し、称賛しております。このままでは次第に大きな影響力を持つようになるかも知れませんぞ?』

『ふん、お主は心配が過ぎるな。聖女は来たるべき時の儀式まで、せいぜい自由にさせておけばよいのだ』

『しかし……』


 バルコニーは庭と言ってもいいほど広く、花壇もあって様々な植物が生い茂っている。二人は紫苑からだいぶ離れた別の扉から出た位置にいるようで、広間のように灯りの無い外では紫苑の存在に気が付いていないようだった。暗いので紫苑からも二人の顔はまったく見えない。

 しかし、この声に紫苑は聞き覚えがあった。宰相のフローベルガー卿だ。もう一人は家臣と思われるが誰かは分からない。紫苑と同じで息抜きにバルコニーにでも出ているのだろう。


 せっかく静かな場所で休んでいるのに、異国の言葉は小声でも雑音のように聞こえてしまう。身勝手な気持ちかも知れないが、紫苑には少々耳障りに思えてしまった。


 フローベルガー卿達はまだしばらく話していたが、リラが飲み物と軽食と、そして小洒落たランタンを手に戻って来た時に二人はバルコニーから広間へ戻って行ったようだった。


「聖女様、寒くはありませんか?ショールも持ってまいりましたので羽織ってください」

「ありがとう、さすがリラさん、気が利きますね」


 紫苑がそう褒めても、リラは相変わらず表情にさしたる変化も見せないが、初めて会ったその日から常に献身的に世話をしてくれているのは本当にありがたいことだった。


 今は広間にいないが、会場の警備に当たっているヴァルターも何だかんだと紫苑の活動をよく手伝ってくれて(主に重労働)助かっている。


 この世界に来ておよそ二か月、いつからここが異世界だと認めてしまったかはもう忘れたが、すっかりここの暮らしに馴染んでしまった自分がいる。

 

 温かいお茶と紫苑好みの美味しい軽食、ほのかに揺れる炎が優しい雰囲気を漂わせるかわいいランタン。

 空の色は深く暗く、星は見たことも無いほどたくさんで、そして輝きも強くて、紫苑がいつも見ていた空とはまったく違う。


 そう、ここは違う世界なのだと改めて強く思った紫苑は、これまでの自分の人生を思い返して少し感傷的になってしまった。


「こんばんは」


 ふいに耳に届いた日本語に、紫苑はハッとして驚いた。ヴァルターの声ではない男性の声に、紫苑は聞こえて来た方向に顔を向ける。

 そこにはランタンの薄明りに照らし出されたコンラートがいた。


 さっきまでフローベルガー卿がいた辺りに、いつの間にかコンラートがいたのだ。彼はゆっくりと近づきながら紫苑に向かって手を振っていた。


「殿下、今、日本語を?」

『少しだけ覚えましたよ、挨拶程度だけど』

「驚きました」


 紫苑も席を立つとコンラートと向かい合った。


「殿下、また逃げて来たのですか?」

『そうなんです。兄上だけではなく、最近は僕にも結婚話が多くて。まだ早いと言っているのに、まるで獲物を狙う鷹の目のように僕を追い掛ける者達にはうんざりしています』


 困り顔をかしげて苦笑いするコンラートに、紫苑も笑いをもらした。


『だから、僕も一緒にここで休んでいていいですか?』

「あ、申し訳ありません、実はもう部屋へ戻ろうと思っていたところなんです」

『そうなんですか?宴はまだ続くけど、疲れました?少し具合が悪そうですね』

「はい、実は、最近ずっと忙しかったので……」

『噂はいろいろ聞いているので確かにそうみたいですね。無理は禁物だ。じゃあ今度ゆっくり食事でもどうですか?』

「ありがとうございます、是非」


 二人が約束を交わしたその時、ひとつ隣の扉が開き、誰かが出て来たかと思うとコンラートへ近寄って小声で話し掛けた。


 コンラートはひとつ溜息を吐くと、


『どうも今日はいつもより執念深い者が多いらしい』


 そう言って肩をすくめたコンラートは紫苑の手を取ってキスをした。


『では、また今度』


 名残惜しそうに紫苑の顔を見た後、コンラートはしぶしぶといった様子で呼びに来た者と一緒に広間へと戻って行った。


「聖女様、お疲れなのですか?」

「ええ、ちょっと……」


 強張った表情の聖女を見てリラは心配した。


 いつも元気で、何をやらかすのかと違う意味での心配をさせる聖女だが、ここ最近は孤児院関係での仕事が多く、自室でも夜遅くまで何かをしているのを知っていたリラは、さすがに休息を取る必要があったのだと気が付いた。


「聖女様、しばらく孤児院の仕事はお休みしてはどうですか?城の北に離宮があるので、一週間ほどそちらで休息を取ってはどうでしょう?静かで良い所ですよ」

「そんな所があるんですね。でも、大丈夫です。何もせずぼーっとするのは性に合わないので」

「でも……働きすぎなのは確かです」

「んー、そうですね、ではもう少しリラさんとヴァルターさんに仕事を肩代わりしてもらいましょうか?」


 そう言って悪戯っぽい顔で紫苑は笑った。


「はい、是非そうしてください」

「ごめんなさい、冗談です。やはり自分でやらないと」

「しかし……」


 リラは眉をひそめた。


「大丈夫です、もうちょっと寝る時間を長くしますから。寝不足だっただけですよ」


 そう言って紫苑は冷めたお茶を飲んだ。


「夜風がだいぶ冷たくなりました。お部屋へ戻りましょう、温かいお茶を淹れ直します」

「そうですね」


 紫苑はそう言いながら遠い景色へ目を向けた。

 

 王都を外れた地方には人工的な明かりはほぼ見えず、青みを帯びた闇色の山々が空を形抜いている。

 何かを思い馳せるようにその景色をしばらく見ていた紫苑だったが、踵を返すとバルコニーを後にした。

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