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第15話 夜会

 雨が多いこの時期、気持ちの良い晴天にはなかなか恵まれないが、雨よりはマシといった曇り空の下で今日も大工仕事の音が響いていた。


 孤児院の修繕は順調に進んでいる。築年数が古い分、傷んだ箇所を全部直すのはかなりの時間を要すると言われたが、資金はあるので後は大工の腕に任せるだけだ。


 実は修繕とは別に並行して大工に作ってもらっているものがあり、孤児院のすぐ横に流れている川沿いからもトンカチやノコギリの音が聞こえて来る。


 紫苑はバスケットを腕に掛けて、大工へ差し入れをしに川の側へやって来た。リラとエルミとアニカが一緒にくっついて来て大工の作業を遠巻きに見学する。


「お疲れ様です、これ差し入れです。小腹が空いた時にでも食べてくださいね」

『これは聖女様、ありがとうございます』


 大工は作業の手を止めることなく、軽く会釈して紫苑へ礼を言った。

 紫苑は作業場の脇にある休憩用の椅子へバスケットを置くと作業の進捗状況を見た。


 川の横に建設されつつあるものは、見た目は至って何の変哲もない小屋だが、屋内には大きな歯車を組み合わせた装置の設置が進められていた。

 大工だけでなくこちらには技術者も一緒に作業に入っていて、細かい調整を行いながら動きの確認を行っている。必要な部品自体はだいぶ前に発注してあり、小屋の建設と装置の設置をすればいいだけの状態だったので、あと数日で完成するということだった。


 以前、紫苑はリラに聖女の予算で家は買えるかと質問したことがあるが、家を買うほどの金額では無いものの、かなりの資金がこの工事には必要なため、聖女予算からの使用を却下されたらどうしようかと思っていた。


 しかし、歯車一個が貴族の御令嬢のドレス一枚よりは安いくらいだと思うと、まあ、ごり押しすれば聖女の予算で全部カバーできるだろうと計画を実行したのだ。いざとなったら足りない分は寄付金で賄おうと思っていただけに、支払い申請が通って紫苑はホッとしていた。


 紫苑は小屋の裏手に行って川を覗いた。ザバザバと落ちる水の音とともに大きな水車が回っているのが見える。

 そう、この小屋は水車小屋だ。完成すれば脱穀したり粉を引いたりと色々な作業に活用出来る。紫苑が考えた商品を効率よく製造するためにも欠かせないものなのだ。


 軽快に回る水車を見て満足した紫苑が元の場所へ戻って来ると、大工達が差し入れをつまんでいた。エルミとアニカも分けてもらって食べている。


「エルミ、アニカ、あなたたちの分は家にあるんだから、大工さんの分を食べちゃダメよ」


 紫苑が二人を注意すると、大工達はまあまあ、と紫苑を止めた。


『聖女様、これ美味いですね。はじめて食べましたけど、何なんです?』

「これはトルティーヤチップスです。トウモロコシの粉で作ってるんですよ」

『パリパリした感じが小気味いいし、塩味が効いてて酒の当てにも良さそうだ』

「そうでしょう?今度売りに出すんですよ」

『市場に専用の売り場を持ったんですってね?』

「ええ、市場のはじっこにですけど許可をもらえました」


 孤児院の専売商品をいくつか申請して認可が下りたので、紫苑は市場に孤児院が使用できる売り場を確保したのだ。

 子供達はみんな早起きだし、早朝から商品を作って昼前には市場へ売りに行き、日が暮れる前に孤児院へ帰ればいい。そうやって自分達で稼いだお金で生計を立てられれば、もっとマシな暮らしも出来るし、余裕があれば孤児の受け入れ人数も増やせるだろう。

 生活の質と受け入れ人数のバランスを取って、この先孤児院で子供達が健康に育っていければ良いと紫苑は図面を書いているのだ。 


『聖女様っていうのは、やっぱり凄いもんですね。誰も思いつきもしないことをやってのけるんだから』

「いいえ、わたしはきっかけを作ったに過ぎません。これから先は子供達の努力次第ですからね」


 紫苑はエルミとアニカを見ながら、そして孤児院を振り返りながら未来に思いを馳せた。


「聖女様、今日はそろそろお帰りにならないと」


 リラがそう声を掛けてきて、紫苑は夜の予定を思い出した。


「あー……そうでしたね」


 今日は王城で夜会があるのだ。隣国の来賓が来ているということで、おもてなしの夜会を開くのだそうだが、聖女として出席するようにとのお達しが来ていた。

 正直めんどくさくはあるが、好き勝手に聖女予算を使っている手前、社交にはそれなりに協力しないといけないだろうな、と紫苑は渋々受け入れた。


 本格的な市場での出店を控えて、子供達は毎日商品造りに励んでいる。レバルシー作りを日課にしつつ、ポップコーンとキャラメルナッツとトルティーヤチップスを作る練習も欠かさない。ひとまずはこの辺りをラインナップして、徐々に品数と種類を増やしていく予定だ。


 紫苑のいた世界と違って、食品衛生に関する資格や許可が要らないので食品を扱うのは簡単だが、子供達には衛生観念に関する教育はしっかりと施している。

 先日市場で集団食中毒が発生したことを考えても、なるべくトラブルが起きないようにするための最善の策だ。


 作業の途中だったが、いつもより早く帰る紫苑を子供達が大きな声で見送ってくれた。紫苑も手を振って馬車へ乗り込むと、少々気が重いが王城への帰路についた。


 王城の自分の部屋へ戻ると、紫苑は夜会の準備を始める。いつもながら、その一回のためだけにドレスをいくつも仕立ててトルソーに掛けておいてあるのには開いた口が塞がらなかった。


 ベルナールとの親密さが増せば増すほどドレスの数が増えるような気がする。


 紫苑は背が高いので、紫苑のために仕立てられたドレスを、仮に他の女性が着るとしたらあちこち寸法を直さなければならない。


 それでもリサイクル出来ればいいのだが、他人のために作られたドレスを着ようなどという物好きな御令嬢など居るはずもなく、結局一度も袖を通してないドレスがクローゼットの肥やしになっていた。


「王太子様の愛情が深いのは素晴らしいのですが、もったいないですね」


 リラはそれらのドレスを見て溜息を吐くのだった。


「愛情って、単に聖女だから気を使ってくださっているのですよ。聖女予算の一環でしょう」


 そんなことを言う紫苑を見て、リラは更に長い溜息を吐く。


 リラはつい先日気がついたことがあった。聖女がいつの間にか銀のネックレスをしていたことにだ。普段は服の中に入れているらしくまったく見えないが、たまたま着替えた後に服の中へ仕舞うところをリラは目にした。

 

 チェーンの先にアメジストをあしらった硬貨大のペンダントトップがついていて、シンプルながらも素敵な一品だった。

 聖女がこちらの世界へ来たばかりの頃はそんなネックレスはつけていなかった。


 普段、装飾品にまったく興味を示さない聖女が自分で買うとは思えないので、おそらく王太子からのプレゼントなのではないかとリラは思っている。

 社交の場でつけるような華やかなデザインでは無いので、聖女の品格を高めるためといった目的ではなく、あくまで個人的な好意を表すためのものではないだろうか。


 あの王太子がそんな心遣いをし、そして聖女もその気持ちを受け取り、そっと秘めるようにネックレスを身に付けているのだと知った時、リラは感動のあまり身を震わせた。


 だが、聖女はその立場からも喜びを表に出すことは出来ないのだろうと、リラはせつなくなるのだった。


 先に湯あみを済ませてから紫苑は化粧をし始めた。来賓へのおもてなしの夜会というが、まさか聖女に賓客の相手をさせるわけではないだろうと思うものの、一応しっかりと化粧をしておいた。気合を入れてした化粧に我ながら満足した顔をする。


 西の空が藍色とオレンジ色に混じり合った夕闇の頃、部屋の入り口の扉をノックする音がした。リラが扉を開けると、予想通りそこにはベルナールが立っていた。


 リラは一礼すると後ろへ下がり、ソファーから立ち上がった紫苑が笑顔でベルナールを出迎えた。


『聖女よ、今宵も美しいな。私の見立てたドレスがよく似合う』

「殿下、お心遣いありがとうございます。こんな素敵なドレス、わたしにはもったいのうございます」

『何を言うか、そなた以上に似合う女性などいまい』


 側で通訳していて背中がむずむずしてくるリラは、それに耐えながら二人の愛の架け橋たらんと精一杯通訳を努めていた。


 今日ベルナールが迎えに来たことでも分かるように、何かあるごとに紫苑をエスコートするのはベルナールという形がすっかり定着していた。


 王太子妃を目指す御令嬢方からすれば面白くないことだが、相手が聖女とあっては表立って何か行動を起こすことも出来ず、遠巻きに見ているしかない。

 ただ、彼女達には心の拠り所がある。それは、これまでに妃は王族と貴族の令嬢以外から選ばれたことが無いという事実だ。つまり、この慣例にならえば聖女と王太子が結婚するとは考えられない。だから誰もが王太子妃はいずれ貴族の中から選ばれるだろう、と思っているのだ。


 しかし、そんな彼らも内心不安に感じている部分はあった。その原因は紫苑が慈善活動を積極的に行っていることだった。


 三十数年前に召喚された前回の聖女は、王城の豪華な一室で優雅に暮らしていたと言われる。聖女予算で欲しい物は何でも手に入れ、美しいドレスで着飾って社交界でも注目の的だった。若い貴族の男性との浮名も残っているほど自由に楽しく暮らしていたとされている。


 貴族と同等の贅沢な生活を保障されれば誰だってそのような暮らしをするだろう。少なくとも貴族達の価値観ではそうだ。

 しかし、紫苑は使用人かと見まがうような服を着て毎日街へ行っては孤児院の子供達の世話をし、慈善パーティーを開き、孤児救済基金を作り、精力的に慈善活動に励んでいる。市場では自ら孤児院の商いの手伝いまでしているという。


 噂では自分のためにお金を使うことは殆ど無く、使ったと思えば孤児院のための活動資金に当てたのだという。それを聞いて貴族達は自分の耳を疑う程だった。


 私利私欲の無いこのような行いはまさしく聖女そのものだと、平民の間ではすっかり評判だ。


 つい先日も、市場で集団食中毒が起きた時には率先して病人の看病に当たり、食中毒を防止するための衛生管理の徹底を啓蒙していたと貴族社会の間にも知れ渡っていた。

 これをきっかけに平民達との親交は更に深いものとなり、今ではすっかり街の人々の信頼と尊敬を集める存在となっている。


 こうなると、平民に対する影響力があり、国の利になると判断されれば、貴族でなくとも王太子妃になる可能性があるのではないか?

 そんな考えから、貴族達の心の奥底には泥水が沈殿するように不安が積もり、それは日に日に大きくなってきていた。しかし、それを認めたくないために現実を見ないようにしている面もあった。


 不安の元凶である聖女がベルナールにエスコートされて夜会の会場である大広間へ入って来ると、澄ました面持ちの御令嬢方やその親達が二人の歩く姿を目で追った。内心面白くは無いだろうが、負の感情をあらわにすることもなく、扇で隠した口元で本音をこぼしているのかも知れない。


 御令嬢方の内なる嫉妬や羨望は視線に乗って紫苑を突き刺すが、ずっと貴族達からの好奇の目にさらされてきた紫苑には既にスルー耐性が出来ているので、貴族達など畑のかぼちゃと一緒だった。


 むしろ悪戯心がうずいた紫苑はベルナールの腕をぎゅっと掴み、密着しながら涼しい顔をして歩いた。いつもより距離の近い紫苑にベルナールはニコリと微笑み、それから次々と来賓達へと挨拶をして回った。


 紫苑はベルナールに付き合って一緒に挨拶をして歩いたが、時折観察するように周りを眺めた。夜会の会場である広間はとても広く、天井も高く、広間を囲むように階上席まである。壁や天井は幾何学模様をベースに美しい装飾が施されており、とても華やかで格式の高い内装だ。きっとこの世界にも素晴らしい芸術家がたくさんいるのだろう。


 階上席の一部広くなっている場所には楽器を持った十人程の演奏者が座っていて、その内の一人が大きなハープを奏でていた。その旋律は素朴ながらも美しい音色で、王城に招かれて演奏するだけあって腕前は相当なものだと、音楽にはあまり詳しくない紫苑でもそう思った。


 まだ夜会の幕開けを告げる王の挨拶の前なので、待っている間のBGMといった感じで演奏されているのはハープだけだった。他の演奏者が持っている楽器はどれも、生演奏と聞いて紫苑がイメージするような管弦楽器ではなく、リュート、ホルン、リコーダー、パンパイプのような古風な楽器ばかりだ。


 火の精霊の加護により大広間は煌々とした光であふれているのだが、その光を反射して、贅を尽くした貴族の衣装や宝石は輝いて見え、古風な音楽と共に醸し出される雰囲気は、現代の日本に生きていた紫苑にとっては、やはりファンタジー映画でも見ているような気分だった。

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