第14話 評議場にて
今日は臣民による王への陳情の謁見が無いため、人の出入りが少ない分王城は比較的穏やかな空気が流れていた。朝から小雨の天気で、しとしとと雨の降る音ばかりが耳に入る。
馬車から降り、従者が差す傘に入って重臣専用の扉から城へ入ったフローベルガー卿は、少し濡れた服を従者が軽くたたくように拭くのを待った後、二階の評議場へ向かって歩き出した。
天気が悪くて薄暗い日でも、城の中は火属性の精霊の力により煌々と照らされていて明るい。外にいるより鬱々とした気分も晴れるくらいだ。
階段を上り、長い廊下を規則正しい歩調で歩き、辿り着いた先の金細工で装飾された扉を従者が開けると、フローベルガー卿は中にいる面々を一通り見てから席へと着いた。
『今日はゆっくりでしたな、フローベルガー卿』
『出がけにつまらぬ所用が出来ましたのでな』
長いテーブルの長辺に並んだ椅子に座った九人の重臣達は、王の来場を待っている間雑談という名の情報交換をしていた。
最近の投資話や交易品の新しい品目や、国内外の情勢など、有益な情報を何か手土産にでも出来たらと余念がない。そんな面々を見ながらフローベルガー卿は目の前に置かれた茶器を口に運んだ。レモングラスの爽やかな香りに気持ちが落ち着く。
評議場の扉が開き、王と王太子が姿を見せた。一同は立ち上がって礼をし、王と王太子が着席すると続いて着席した。
『待たせてすまない。今日は臨時の評議だけであるからすぐに終わると思うが、足労をかけてすまんな』
『とんでもない、陛下。招集されればいつでも馳せ参じますれば』
『ふはは、堅苦しい文句は置いておいて、件の状況を聞こうか』
『はい、陛下』
背筋を正した重臣達の一人、チェフ卿が議題を口にした。
『我が国の征服地、クルムトにおける不穏な動きについてですが、内偵の経過報告としては不自然な商取引の流れを把握しております。また、最近南のウル地方から人の流入が多くあり、表面上は労働力確保のため移民の受け入れを促進しているとのことですが、懸念すべきはイシュカ族の比率が高いと見られていることです』
『イシュカ族と言えば、産業が乏しい替わりに傭兵で外貨を稼いでいる連中だろう』
『若い男が多数移民しているということですかな?』
『若い男も大勢いるが、ただ、単身者だけでなく家族単位での移民が多いとのこだ』
『傭兵を集めているのではないのか?』
『ウル地方は干ばつでかなり土地が荒れてしまったと聞いている。肥沃な土地へ移り住むことはおかしなことではないが……』
クルムトはこの国の南西に位置するウルカイ人の国だ。ロチネリ海を挟んでグラッフェンリードとはまったく違う文化圏になる。人種も異なり、宗教もまるで違う。
三十年ほど前に領土拡大に伴う侵攻でクルムトを併合し、封建地として主に農業生産の拠点となっている。農業技術の向上により生産量が増えてきていることもあり、労働力不足が問題になることがあったのは周知の事実だ。
ただ、その労働力としての移民がイシュカ族ということが引っかかるのだろう。金と兵力が集まればグラッフェンリードから離脱して自主独立のための戦を仕掛けてくる可能性もある。そうなるとグラッフェンリードも無傷では済まない。憂いの芽は早いうちに摘むのが得策というものだ。
『不自然な商取引というのは?』
王が次の報告を促した。
『はい、昨年は天候が不安定で日照時間が短く、収穫量が低かったとの報告でしたが、南部へ向けて商会の荷馬車の往来が例年と変わらなかったという話です』
『南部への出荷だろう?聞いたことのある話だが、こちらの王都や周辺都市へ向けての出荷と違って、脱穀した麦に藁クズなどを混ぜてかさ増した粗悪品を正規の値段で売り付ける商売人もいるらしいではないか。砂漠の多い南部は常に食料不足だ、弱みにつけこんで悪徳なことをする輩はいくらでもいる。かさ増ししていたら物量も減らんでしょう』
『そうなのだが、検閲では特にそういった点は見受けられなかったというのだ』
『それはつまり?』
チェフ卿はひと息おいて、考えを表した。
『穀物に隠して何かを運搬していたとも考えられる』
『なるほど』
列席している重臣達はその見解に同意のようだったが、かといって根拠には乏しいとも思う。
『具体的に何を密輸したとお考えか?』
『及ばずながら、調査は継続中だが今のところ有力な情報が無く』
『いや、南部が欲しがるものとすれば、食料、酒、麻薬、霊石、そんなところだろう』
『密輸でひそかに資金を集めているかも知れないということか』
『我が国に知られずに資金を調達する意味は、戦の準備と疑われても仕方がない』
クルムトの情勢は決して安定しているとは言えない。もともと大きなひとつの部族と、何十という少数部族が集まって出来ている国のため、意見の相違による小競り合いなどしょっちゅう起きていた。
グラッフェンリードの支配に抵抗する好戦的な民族が結託し、潜伏しながら反乱を起こすことはよくある。だが、火事で言うならせいぜいぼや程度のもので、武力で制圧するのは難しくなかった。
凝りもせず時折反乱を起こす勢力には手を焼いているが、戦と呼べるほどの大規模な作戦を遂行する組織は見当たらない。だからグラッフェンリード側も監視を怠っていた部分もあった。今回の不穏な動きはその隙を突かれた出来事かも知れない。
『まあ、まだ確証は無いし、推測の域は出ないのであろう。どんな小細工をしたところで、我が国の戦力には及ぶまい。それでも火種は消しておくに越したことはない。引き続き内偵を続けよ』
『は、かしこまりました』
王の言葉にチェフ卿は頭を下げた。
南西方面統括のチェフ家にとっては、不名誉なことが起こらないよう監視体制を強化することに異論は無い。
『臨時に評議を開いたが、さほど急を要することでもないようだな』
『だが、近年ではこの手の話は耳に入って来なかったからな、襟を正す良い機会ではないか』
『確かに、そうかも知れんな』
『我らの力をまだ侮っておる者がいるということだ』
ふっ、と何人かから苦笑いが漏れた。
今のグラッフェンリードを築き上げてきた最高位貴族の家門である重臣達には、持ち得る力に絶対の自信がある。
先祖が国造りを始めた時より、この国は何百倍もの国土を獲得して来た。富と平穏を享受する子孫達は、この先も繁栄が続くことを疑いもしない。
『それより、私は人の口に戸が立てられぬことに問題を感じます。王太子殿下はずいぶんと聖女様にご執心だと城の至る所で噂になっておりますが、よろしいのですか?』
自分の話題を振られたベルナールは、眉を上げてふっと笑った。
『先日も聖女様の発案を、実効力のある法令として王族特権で可決してしまわれた。自由気ままもある程度は理解しますが、もう少しお立場を弁えたほうがよろしいのではございませんか?』
ベルナールの向かいに座るフローベルガー卿が、真正面にその顔を捉えて少々咎めるような目をした。
『噂など放っておけ。聖女はとても面白い考え方をするのだ。恋愛話や着飾ることにしか興味の無いその辺の退屈な令嬢とはまったく違う。行いも平民のためになっているのだし、何も問題無かろう』
悪びれた様子もなく、ベルナールは不敵な笑みを浮かべて頬杖をつきながらフローベルガー卿を見返した。
『はっはっはっ、まさかフローベルガー卿は殿下が本気で聖女様にうつつを抜かしていると思っているのかな?それはただの杞憂というものだ』
雲行きの怪しくなりそうな場をクラマーシュ卿が一笑に付した。
『本気かどうかは問題ではない。そのように臣民が認識していることが問題なのだ』
『殿下が過度に聖女を優遇していると思われると?』
『そうであろう。特に年頃の令嬢のいる家門は面白くないはずだ。遠くないうちに殿下は妃を迎えようというのに、令嬢方には目もくれず、何かにつけて聖女様とお会いになっておられる』
『その点は支障あるまい?先日はパネンカ家の姉妹と一日過ごされて、どちらかが妃になるとまで噂されるくらいだ。殿下は真摯にお妃候補をお考えになっているとな』
慈善パーティーでの公約通り、ベルナールは一番高額の寄付をしたパネンカ卿の令嬢二人に一日貸し切りにされた。
朝から散歩に午前のお茶会、昼餐はレストランで優雅に食事、午後は湖で遊覧してから夜は観劇と晩餐と、令嬢方は時間を余すことなく王太子との時間を満喫した。
ベルナールは女性に対しては優しく紳士に徹することを信条としているが、さすがに朝から晩まで付き合うという初めての体験にはひどく疲れた。とはいえ、それも聖女との約束だし、先程言われたように妃候補を前向きに探しているという体裁も繕うことができたし、利は大きかったと思う。
『ならば、殿下はお妃候補はあらかた決まったと思ってよろしいのですかな?来たるべき時を迎えたあと、殿下の婚儀も執り行われれば、臣民も安心と祝福で我が国は益々繁栄することでしょう』
『フローベルガー卿、そうイジメないでくれ。私はまだ結婚を急ぐ年ではない。国の政務もようやく身についてきたところだが、まだまだ学ぶ事は多い。妃選びなど後回しでもよい、もう少し自由でいさせてくれ』
ベルナールは煙たそうにフローベルガー卿を見る。
決して遊び人というわけではないが、ベルナールは女性達とは自由気ままに軽く付き合っているくらいがちょうどいいと思っているのだ。妃だ側室だと余計な女同士の権力争いを身近でやられるのは面倒事でしかない。
『それで、聖女は近頃はどうしておる?』
本心ではどう思っているかは分からないものの、王は息子の自由さを特に咎めることはしなかったが、聖女の身辺には関心があり、そう訊ねた。
『相変わらず毎日孤児院へ通い詰めております。先日の法案の通り、孤児院で新しく開発したものを次から次へと申請してきており、それに関して精査後、順次専売権を認可しております』
『ふむ、まあ、そうやって孤児院が自立するなら、教会が金を寄越せと陳情してくることも無くなるであろう。国としてはそのほうが良いのではないのか?』
王は財務を担当するラスニック卿を見て意見を求める。
『ええ、確かに予算編成に孤児院への予算を組み込む余地はありませんので』
ベルナールはそう言ったラスニック卿の顔を眺めた。余地が無いのではなく、増やす気が無いだけなのは分かっている。親のいない子供は何の役にも立たないただのお荷物だと思っているのだ。
貧しい者への施しは教会の務めという認識が当たり前だ。教会へは信徒からの多大な寄付が集まる。もちろん貴族からも寄付は十分すぎるほどにある。しかし、高位の聖職者がその富を自分達で抱え込んでいるのだ。
本当ならいくらでも孤児達への支援は出来るはずなのだが、いかに敬虔で信仰心が厚かろうと、神の恩寵があろうとも、人間の欲を無にすることは叶わないのだと、ベルナールはよく分かっていた。
『では、今日はもう良いかな?この後人と会う約束があるのでな』
そう言って王は椅子から立ち上がると、重臣達が立って礼をするのを見ることもなく評議場を後にした。
重臣達はもう一度椅子に座り、まだしばらくは情報交換などをするつもりのようだ。
ベルナールも立ち上がると歩き出そうとした。
『殿下、くれぐれも聖女様とは情を交わされぬよう、ご承知願いますぞ』
フローベルガー卿は鋭い目つきで王太子へと釘を刺した。
『そうですな、来たるべき時のための大切なお体。心も体もお健やかにお過ごしいただくのが聖女様の今の最大の役目です』
ベルナールはフローベルガー卿と、それに同調するクラマーシュ卿を一瞥すると、
『分かっている、私をそんな愚か者と思うな』
不機嫌さを隠さずベルナールはテーブルに背を向けて歩き出す。
ベルナールが出て行った扉に視線を向けたまま、フローベルガー卿は小さく溜息を吐いた。
自分の執務室へ戻る廊下を歩いていたベルナールはふと足を止めて窓の外を見た。雨はまだ降り続いている。南西の方角の遠い場所へ視線を向けて、今日もそこにいるであろう聖女のことをベルナールは考えた。
一度口づけをしそうになったことはあるが、それ以上彼女に触れたことはない。
こちらの世界では稀な黒い艶やかな髪と黒曜の瞳、やわらかそうな唇、聖女の名にふさわしい優しい微笑み、そして恥ずかしそうに頬を赤らめて俯く姿、どれもがベルナールの心を揺さぶり続ける。
『殿下、どうかなされたのですか?』
トビアスが不思議そうに声を掛けてきて、ベルナールは視線を遠くから戻した。
『いや、何でもない』
今日もまた聖女を晩餐に誘おうと考えたベルナールは、踵を返して再び廊下を歩き始めた。




