第13話 はじめての商い
ノコギリを引くリズミカルな音、トンカチを打つ軽快な音、漆喰を塗るザラザラとした音、大工達の活気ある仕事の音色が孤児院に響き渡っていた。
修繕が必要な場所のまわりを一旦壊し、中の建材を修復した後漆喰を塗り直していく作業は順調に進んでいる。
大工の選定から見積り、施工依頼と、寄付を募る慈善パーティー翌日からずっと慌ただしく動いていた紫苑とエッシャー司祭は、修繕が始まってやっと少し落ち着いたところだった。
『聖女様、何とお礼を申し上げて良いのか。自分の不甲斐なさで子供達には厳しい環境に耐えてもらうことしか出来ませんでしたが、これでどれだけ改善されることでしょう。本当にありがとうございます』
「いいえ、修繕が叶って良かったです。これで冬の暖房効率も上がりますね」
『暖房効率?ですか、はは、聖女様の視点は面白いですね』
「そうですか?」
二人は和やかに笑いながら大工の仕事を眺めていた。
子供達は大工の作業の邪魔にならないよう、敷地の外で遊んだり教会堂で作業をしたりして過ごしている。修繕のついでに子供達のベッドや整理棚なども新しくする予定なので、時間はだいぶ掛かりそうだが子供達は出来上がりを楽しみにしていた。
集まった寄付は孤児救済基金に集約され、その一部はシュテッツァント孤児院以外の王都の孤児院にも分配された。使い道はそれぞれの孤児院で自由に考えて良いことになっているので、衣食住のどこかは改善できるだろう。残りは今後のために資産運用に回されているが、必要に応じて供出されることになっている。
慈善パーティーの良い効果は他にもあって、王太子と聖女が推し進める活動ということで、多くの貴婦人方が興味を持ったようだ。
慈善活動に参加する目的は王太子とお近付きになるため、あるいは自分の名声を上げるため、承認欲求を満たすため、もしくは社交の一環や暇つぶし、といったところか。
しかし、中には心から慈善活動に共感した善良な婦人もいるかも知れない。理由は何でも構わないが、多方面で活動が活発化しているのは良いことだと紫苑は思った。出来れば一時的なブームで終わらず継続されることを祈るばかりだが。
「はい、みんな注目!今日は、みんなで市場に行きます」
昼食が終わっていつもの作業をする時間になると、紫苑は子供達を集めてそう言った。
『市場!!市場に行けるの!?』
『やったー!』
『美味しいもの食べたい!』
子供達は瞳を輝かせてはしゃいでいる。
普段、子供達は孤児院から遠い場所へ行くことがほとんど無い。司祭とユリアンは街の中心地まで所用で出掛けることはよくあるが、子供達はいつもほぼ教会の敷地の中で過ごしている。
食材は近隣の農家から直接譲ってもらうことが多く、農家の好意で運んできてもらっているため市場へ行くことも無い。お金に余裕が無いので街の中心地へ遊びに行くなど、お祭りの時ぐらいしか出来なかった。
大人を含めて総勢二十名ほどの孤児院御一行は市場へと向かって行進を始めた。荷物は荷馬車に積んでもらってヴァルターが綱を引いている。小さな子供三人も荷台に乗せて、一行の足取りは軽快だった。
街の中心地へ着くと、紫苑は市場と広場の間にテーブルが五組置かれた一角に荷物を下ろしてもらった。ここは予めお願いしてあった場所で、道行く人々は子供の集団が何やら始めたと、ちらちら横目で見ながら通り過ぎて行った。
「では、リラさんには客寄せ口上をのたまってもらいます!」
「……は?」
「わたしが言う通りにお願いしますね、ささ、前に立って」
「え?えええ!?」
突然指名されたリラは驚き戸惑いながら、テーブルの前へと押し出され、後ろからの紫苑の言葉を通訳した。
『ま、街行くみなさま、ほ、本日は新しいゲームのご紹介です』
後ろの紫苑をチラチラと振り返りながら、リラは上ずった声で口上を述べる。
「リラさん、もっと大きな声で。お腹の底から張り上げるように!」
紫苑から活を入れられて、リラは観念したように大きく息を吸うと、目をつむったまま大きな声を出した。
『仕事の合間の息抜きに、空いた時間の暇つぶしに、家族や友人との団らんに、手軽に遊べるゲームはいかがですか?まずは試しに遊んでみてください!!参加した方にはお菓子のお土産をお渡しします!!』
普段のリラからは考えられないような大声と威勢の良さで、近くにいた民衆は足を止めて寄って来てくれた。お菓子がもらえると聞いて子供達も群がって来る。
実はこの前日から王都には旅芸人がやって来ていて、今日も広場で大道芸を披露している。そのため普段より人出が多く、いつも以上に賑わっているのだ。紫苑はこの機会を活用し、より多くの民衆に宣伝しようと画策していたのだった。
しかし、集まって来た人々は目の前に置かれたものに不思議そうな顔をした。
用意された五組のテーブルにはそれぞれ升目の書かれた四角い布と、色の塗られた丸いチップが二組ずつ置かれており、至って簡素でどう使ったらいいのか分からない。
『こんな物がゲームなのか?』
『どうやって遊ぶの?』
などと質問を受けつつも、子供達は率先して希望者をテーブルへ着かせ、遊び方を教えた。
『まず、真ん中のマス目に色違いのチップを交互に四枚並べます。次に先攻後攻を決め、先攻は自分のチップで相手のチップを挟みます。挟まれた相手のチップをひっくり返すと自分と同じ色になります。これを繰り返し、マス目が全部埋まった時、色の多い方が勝ちになります』
そう、紫苑が子供達に作業させていたのは「レバルシー」の制作だった。明治時代に日本に入って来た、源平碁とも呼ばれたあのボードゲームである。
盤は厚手の麻布で作ったので、折りたたんでチップと一緒に巾着に入れて収納出来る。収納も簡単で持ち運びも楽な造りにしたのだ。
やり方は至極簡単だと、説明を聞いた人々はすぐにゲームを始めた。これの何が面白いのかと最初は馬鹿にしたような顔をしている者もいたが、次第に頭を使わないと勝てないと分かって来ると、だんだん真剣な顔でチップを置くようになっていった。
時間制限を設けていたので、ひと試合ニ十分程度で終わると、勝った方はガッツポーズをし、負けた方は悔しそうな顔で腕組みしながら盤を眺めていた。
お土産のお菓子は大きな笹のような葉っぱの袋に入れたポップコーンで、これまた見たこともない物に参加者は興味深そうな顔をした。そしてひと口食べてみると、その香ばしさと塩味のきいたバターの風味にとても喜んでいた。
それを見た観衆が次々に参加を名乗り出、いつの間にかレバルシー会場の周りには人だかりが出来ていた。
回を重ねる度、試合を観察していた人の中には角を取るという必勝法に気が付いた者もいて、すんなり勝ったり、僅差の攻防戦になったりと、レバルシーの面白さに魅了されたようだ。
解説をしたり呼び込みをしたりと、レバルシー会を始めてから一時間程たった頃、デモンストレーションとしての役割を果たせたと思った紫苑は、更に売り口上をリラに頼んだ。
『えー、このゲームは「レバルシー」と言いまして、単純に見えてとても奥深いゲームです。ぜひ購入して、家族や友人と遊んでみてはどうでしょうか!?お値段は、発売記念に銀貨一枚のところを小銀貨一枚と銅貨三十枚!』
リラの口上に観衆は興味を示しているものの、いざ買うか、というとそこまでは思わないような顔の者が多かった。しかし、
『今日より二週間後、この場にて レバルシーのゲーム大会を開きます。レバルシーを購入した方には参加券が与えられ、ゲーム大会の優勝者には賞金として銀貨十枚を贈呈します!練習を重ねれば賞金を手にする確率も高くなります、ぜひ今この場での購入をおすすめします!!』
大会で賞金が出ると言った途端、反応の良くなった客が増えた。
優勝すれば購入金額の十倍がもらえるのだ。ちょっとした稼ぎになると分かると、少しずつ買い手がついてきた。
『それから、こちらではこの「ポップコーン」なるお菓子も販売中です。今ならお試し増量中!ひとつ銅貨七枚です!』
ポップコーンは午前中にたくさん作っておいたものだ。カゴに山盛りになっているポップコーンを葉っぱの袋に小分けにしながら、子供達はお金を受け取っては買ってくれた人に品物を渡す「商売」というものを初めて体験していた。
紫苑から接客は笑顔で丁寧に、感謝の言葉を忘れずに、と言われていた子供達は、教えを守って一生懸命に働いた。
孤児院の活動ということもあり、寄付のつもりで レバルシーやポップコーンを買ってくれる人もいれば、当然賞金目当ての人もいて、単に好奇心から買う人もいた。
買った人につられてまた買う人も出て、デモンストレーションを続けながら紫苑達は夕方まで販売を続けた。
『ありがとうございました!!』
用意していた最後のひとつが売れた瞬間、子供達は大きな声でお礼を言うと、みんな飛び上がって喜んだ。
見たこともない物に抵抗を感じて、誰も買ってくれないのではないかと不安に思っていたので、完売するなんて信じられなかったのだ。
『聖女様、すごいすごい!!全部売れたよ』
『わたし達が作ったものが売れるなんて』
『えへへ、ぼく、がんばったよ』
子供達は紫苑を囲んで、成功体験とも言えるこの初めての感覚に嬉しさを全身で表していた。紫苑も両手で子供達の頭をわしゃわしゃと撫でまわし、その頑張りを労った。
「みんな、がんばったね、偉いよ!」
聖女を中心にして喜ぶ子供達の姿を、市場に来ていた客達も微笑ましく見ていた。
生活に余裕があるとは言えない日々の暮らしの中で、孤児を助ける事の出来ない市井の人々は、孤児院が自力で生計を立てようとしている試みに感服した人も多いのではないだろうか。
ベルナールの早急な行動と尽力で、孤児院が新しく発明して販売するものは孤児院の専売特許にするという法案が三日前にスピード可決されている。すぐに法令として発布され、市場はもちろん他のどんな店でも孤児院の扱う商品を真似て売ることは禁止された。
もちろん事前に商品の詳細を行政に届け出なければならないが、第一弾として レバルシーとポップコーンとキャラメルナッツは既に申請して許可を得ている。
他にも近々いくつか申請するつもりで紫苑は子供達に作業の仕方を教えているし、ユリアンを中心に大きい子達にはアイディアを伝授している。
「さあ、後片付けして帰りましょう」
テーブルと椅子は近くの宿から借りたものだったので、ヴァルターに返しに行ってもらった。商品が完売したのでそれほど片付けるものも無かったが、子供達は手際よく掃除をしながら荷馬車へカゴなどを運んだ。
日が暮れる前に孤児院へ着けるよう出発したかったのだが、子供達が市場を見て回りたいというので、紫苑は腕時計を見て三十分だけ自由時間を作った。
レバルシーの売り上げから全員に銅貨5枚ずつをお小遣いとして渡し、よく考えて欲しいものを買うように言うと、みんな喜び勇んで走り出して行った。
「こら、周りに迷惑だから走らないこと、分かった!?」
紫苑の言葉など耳に入っているのかいないのか、みんな店々を見るのに夢中になっていた。街では大きい子と小さい子が必ずペアになって、紫苑達大人が見える範囲で行動するよう約束させていたので迷子は出ないと思うのだが、大人は全員子供達の少し後ろから見守った。
子供達はお小遣いをもらったと言っても、たったの銅貨五枚では買えるものもたかが知れている。みんなだいたいお菓子を買っていたが、レナーテはガラスビーズを買っていた。
「レナーテはビーズを買ったのね」
『はい、このポシェットにつけようと思って』
レナーテは自分で作ったポシェットを肩から下げている。余った刺繍糸で小さな花を刺繍したかわいらしいデザインだ。
「ビーズをつけたらよりかわいくなるわね」
『はい!』
とても嬉しそうに笑うレナーテはどんどん大人びた顔つきになってくる。しっかり者で下の子達の面倒見も良く、孤児院ではすっかりお母さん役といった風格だ。
買い物をして満足した子供達を連れて、紫苑達は孤児院へと戻った。留守番だった司祭は晩御飯を作って子供達の帰りを待っていた。
『お帰りなさい、市場はどうでした?』
『司祭様、今日はたくさんお客さんが来たよ』
『全部売れたよ、すごいでしょ!』
『見て見て、お小遣いでお菓子買った』
疲れ知らずの子供達は今日の出来事を一斉に司祭に話すので、司祭は返事をしたり相槌を打ったりと忙しかった。
「はいはい、おしゃべりは片付けをした後にしてね、分かった?」
子供達は騒がしくしながらも、紫苑に注意されるとすぐにそれぞれの役割をし始めた。
どんな遊びも一緒になって遊び、料理をしたり汚れ作業をしたり、面白いアイディアでお金を稼いだりする紫苑は、子供達にとって一般的な「大人」ではなく、ましてや聖女などでもなく、姉のような友達のような、そんな存在になっていた。
そんな紫苑を見てリラもヴァルターもとうの昔に何も思わなくなっていた。聖女には「来たるべき時」までは健やかに暮らしていただくようにと言われたが、これ以上無いくらいその通りだと思う。
侍女と護衛という与えられた任務をしっかりと遂行できているのかはさておき、二人も一緒になって健やかに日々を過ごせているのは幸いなことだ。
「ちょっと手伝ってくださーい」
そんな風変りな聖女に呼ばれて、リラとヴァルターは小走りに駆け出した。




