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第12話 慈善パーティー開催

ここ数日は雨が続いて肌寒かったのだが、ようやく晴れると木々の若葉は緑色の鮮やかさを深めていた。

 しばらくは雨の多い時期だというので、日本で言えば梅雨といったところなのかも知れない。それが終わると暑くなってくるそうだ。


 紫苑は淡いブルーグレーの落ち着いたデザインのドレスを着ると、鏡の前で体をくるりと一回りさせて身だしなみのチェックをした。

 

 ベルナールが以前約束した通り、あれから十日ほど経った今日、寄付を募る慈善パーティーが開かれる。なので、清楚で控え目で慈悲深い聖女を演じることを目標に、まずは見た目も抜かりなく整えているのだ。


 慈善パーティーの会場は城下町にある大聖堂の広場で立食形式のガーデンパーティーとした。雨で一日延期になったのだが、今日は無事に開催出来ることとなり紫苑もホッと胸を撫でおろした。


 各貴族家と資産家へ招待状が送られ、王太子を一日貸し切りに出来る権利が目玉商品になっているので、きっと大勢集まるに違いないと紫苑は期待している。


 孤児院のための慈善活動だと大々的に宣伝もしていたので、招待状の無い人でも寄付が出来るよう、大聖堂の中には募金箱も設置した。

 短時間ではあるが、紫苑とベルナールが募金箱の側に立って、募金をしてくれた人へお礼の花を渡すというイベントも行うので、見目麗しき王太子見たさに、こちらも大勢来てくれることを期待していた。


 朝食後のお茶を飲んでいた頃、ベルナールが迎えに来たので紫苑は同じ馬車に乗り大聖堂へと向かった。ベルナールは正装しており、いつにも増して気品あふれる華やかさだ。王太子の向かいに座っている紫苑は、そんなベルナールを眩しそうに見て微笑んでいる。紫苑の隣に座っているリラは横目にそれを見ながら、なんだか落ち着かない気分だった。


 大聖堂へ着いて広場へ行くと、会場の準備はベルナールの指示で滞りなく整っており、立食でも食べやすい料理が並び、酒も上等のワインが何種類も用意されていた。

 準備に掛かった費用は寄付金から賄おうと思っていた紫苑だったが、これらの代金はベルナールからの寄付だということを知らされ、紫苑は感動したようにベルナールを褒め称えていた。紫苑からの賛辞にベルナールがとても上機嫌なのは誰の目にも明らかだった。


 パーティー開始の予定時刻が近付くと、広場の前の道に続々と豪華な馬車が横付けされ始めた。従者が開けた扉から下りて来るのは、華やかに着飾ったベルナール目当ての御令嬢とその親だ。

 さすがこの国の中枢を担う貴族ばかりと言ったところか、贅を尽くした衣装で財や権勢を競い合っているようでもあった。


 案内係に誘導されて会場の中へ入った貴族の面々は、さっそくワインの入ったゴブレット片手に社交を開始していた。御令嬢方も仲の良い令嬢を見つけると、年若い少女らしく最近の流行などに関して話に花を咲かせている。


 正午の半時前、時を知らせる鐘が鳴るとパーティーが始まった。


 主催であるベルナールが現れると同時に、会場からは御令嬢方の黄色い声が沸き上がり、一斉に彼へ注目が集まった。


『皆の者、今日は私主催の慈善パーティーへよく来てくれた。心から感謝する。近年は戦禍の影響が無い分、孤児の数は減ったと思われるが、受け入れる側の資金は決して足りているとは言えない。そこで、孤児院の建物の修繕や子供達の衣食に充てる費用を募るため、このような場を設けさせてもらった。是非この機会にそなたらの善意を示し、恵まれない子供達へ多大な施しを行って欲しい。そなたらの慈悲の心に多いに期待している』


『おお、なんと慈悲深いお考えか。まこと将来の統治者にふさわしい』

『殿下のお心遣い、さぞや恵まれない子供達も喜びましょう』

『本当に殿下は下々の者まで気にかけていらっしゃるのですね、素晴らしい!』


 ベルナールの挨拶のあと、会場からは拍手と共に彼への賛辞が飛び交った。


『皆の者、ありがとう。次に孤児院で慈善活動に励んでいる聖女からの言葉も聞いて欲しい。彼女の献身的な行動に賛同したからこその本日のパーティーだ。是非孤児院の実情に耳を傾けてくれ』


 紫苑を紹介したベルナールは一歩下がって、代わりに紫苑が前へ出た。

 少し緊張した面持ちの紫苑だったが、ひとつ大きく息を吸うと話を始める。


「皆様、本日はこの慈善パーティーにお集まり頂き、ありがとうございます。わたしは日々孤児院にて子供達の支援を行っておりますが、非力ゆえに至らない点が多く、こうして皆様のお力をお借りできること、心より感謝申し上げます。

 孤児院の建物は古く、隙間風が吹く室内はこの時期でもまだとても寒いのです。着るものはあちこち擦り切れて、修繕しながら大事に着ていますが数が足りません。食事も最低限のものしか食べることが出来ず、育ち盛りの子供達には十分であるとは言えません。

 どうか、子供達が少しでも良い環境で生活が出来るよう、ご支援をよろしくお願い致します」


 紫苑は瞳を潤ませ、切実な表情で深く礼をして招待客へ協力を訴えた。

 その健気で美しい姿に、ベルナールへ向けるものとは少し違うが、同じく拍手が鳴り響いた。中には感動して同じく瞳を潤ませているご婦人もいた。

 

 王太子目当ての貴族ばかりではなく、本当に善意から参加した者もいるのだろう。御令嬢方はベルナールに群がっていたが、母親世代の婦人方は紫苑の周りへ集まっていた。


 貴族や富裕層の御婦人の中には慈善活動をする人も多いそうだ。個人や数人が集まったサークルのような活動で、バザーや炊き出しを行っているという。しかし、規模は小さいし、活動の幅も広くないことから、貴婦人の趣味のように思われている部分もあるらしい。


 実際どのような思惑で活動をしているかは分からないが、少しでも貧しい人々の役に立っているなら良いのではないかと紫苑は思う。ただ、孤児院の現状を見ても分かる通り、支援の量は圧倒的に少ないのだとも思った。


『聖女様はどちらの孤児院を支援していらっしゃるのですか?』

「王都の南東にあるシュテッツァント教会の孤児院です」

『まあ、ずいぶんと街はずれの孤児院ですのね。わたくしでは遠くてなかなか行けませんわ』

「そうなのですか?馬車ならそんなに時間は掛からないと思うのですが」

『でも、あの辺は特に貧しい地域であまり治安が良くありませんし、聖女様は大丈夫なのですか?』

「わたしは護衛もついておりますし、治安が悪いとはあまり感じたことがないのですけど」


 紫苑は不思議に思った。


 確かにあの孤児院のある地域は王都の外れで周辺は粗末な家が多く、中心地と比べると明らかに貧しいのが分かる。しかし、みんな信心深く教会を大切にしているし、犯罪についてはあまり耳にしない。むしろ中心地の方がスリや引ったくり、喧嘩に強盗と事件の情報が聞こえて来るように思う。


 富める者の間では貧しい=犯罪者という偏見が強いのかも知れない。それに貴婦人が貧しい者だらけの場所へ直接出向くなど、貴族の常識からすれば有り得ないことなのかも知れないし。


 多少もやもやする部分はあるが、紫苑は御婦人方といろいろな話をして、今より更に積極的に孤児院などの支援をして欲しいと働きかけた。聖女の言葉にどのくらいの影響力があるかは分からないが、けっこう熱心に聞いてくれる人が多かったのは良かったと紫苑は思った。


 会場は歓談の声で賑やかだが、御婦人方と御令嬢方以外の動向に目を向けると、男性陣は社交をしながらお互い腹の探り合いをしているようだった。

 何せ一番寄付金額が多かった家の令嬢が王太子を一日独り占め出来るのだ。父親としては何としてもこのチャンスを掴みたいのではないだろうか。もしも娘が王太子妃になった暁には、王太子の義理の父、いずれは国王の義理の父という肩書が付き、誉れ高き名誉名声と共に家門の繁栄という未来が待っているのだから。


 会場には王太子用のテーブルとベンチが用意された仮設の東屋があり、その脇に寄付用の小切手を入れる箱が用意されていた。無駄に装飾されたきらびやかな投票箱のような箱には上に投入口があり、パーティーが始まったばかりの時点ではあまり小切手を入れる者は居なかったが、パーティーが終わりに近付いて来ると次々に小切手を入れに来る者が増えた。


 男性陣の社交における駆け引きは終わったのか、ギャンブルのように腹を決めて勝負に出たのだろう。


 ベルナールはずっと御令嬢方に囲まれてにこやかに会話をしている様子だった。紫苑も御婦人方とひっきりなしに喋っていたが、少々疲れたので東屋に引っ込むことにした。

 リラがお茶を淹れてくれ、紫苑が座ってホッと一息ついていると、隣に人がやって来た。


『こんにちは、聖女様』

「まあ、コンラート殿下」

『来るのが遅くなってすみません、何かと仕事が立て込んでいて』

「いえ、とんでもない。来ていただけるとは思ってもいませんでした」

『僕がこういう場が苦手だからですか?』

「そうですよ」


 紫苑はいたずらな笑顔をコンラートに向けた。


『ふふ、確かにそうなんですけど、兄上にしては珍しい慈善パーティーというので興味がありまして』

「……そうですか」

『僕の推理では、聖女様が寄付を募りたいと兄上にお願いしたのでは?と思っているのですが』

「どうしてそんなに鋭いんですか?実はその通りです。でも、わたしが主催するより王太子様の御威光をお借りしたほうがたくさん寄付が集まると思ったんです」

『策士ですね』

「実用的なだけです」


 二人は顔を見合わせてくすくすと笑った。まるで友達のようだとリラは思った。


 聖女のお披露目園遊会で二人はすっかり意気投合し、あのパーゴラの下で過ごしたひと時はとてもおしゃべりが弾んでいた。

 リラはその様子を見て、てっきり聖女は第二王子に惹かれていくのではないかと思っていた。しかし、予想外に聖女の心は王太子へと向いてしまった。だから、リラがむずむずとしたものを感じるのはきっとそのせいなのだと思う。


 正午から一時間ほど経った頃、パーティーも終わりに近づいて来ると寄付の締め切りが知らされた。


 駆け込みで寄付箱に小切手を入れた者がいたが、そこで完全に締め切られると集計が開始された。これで誰が王太子を貸し切りに出来るのかが分かる。東屋の前に集まった招待客はざわざわとしながら結果を待った。


 しばらくしてベルナールが東屋の前に立つと、従者が一枚の紙を彼へ渡した。書かれた内容を見たベルナールは小さく咳払いをすると、息を吸って結果を発表した。


『皆の者、本日は私の思いに賛同して多くの寄付をしてくれたこと、まずは感謝する、ありがとう。それでは、私を一日独占できる幸運を掴んだ家門の名を発表しよう。それは……』


 招待客、特に御令嬢方は期待と不安の入り混じった顔でベルナールを見つめていた。


『おめでとう、パネンカ卿。そなたの懐の深さに敬意を表する。皆の者、パネンカ卿に拍手を!』


 ベルナールの言葉に拍手が響き渡り、名前を呼ばれたパネンカ卿が周辺の人々へ会釈をしていた。


 壮年のパネンカ卿は柔和な表情とは裏腹に野心的な眼光をちらつかせながら、王太子と握手をしてその栄誉を享受していた。

 パネンカ卿は深い赤茶色のいかにも高級なビロード地の衣装を着て、大きな宝石があしらわれたスカーフ留めや指輪をしている。そして、指輪のひとつは例の精霊の指輪であり、色は金色だ。貴族の中でもかなり身分の高い家門と見える。

 

 紫苑がこの世界に来てすぐ王城へ連れて行かれた日、謁見の間にいた貴族達の中にもパネンカ卿の顔があった、と紫苑は思い出していた。財力も相当あると推測されるし、この結果は当然と言えるのだろう。


 パネンカ卿の隣では二人の令嬢が王太子に熱い視線を送っている。未来の王妃を夢見る令嬢二人は父親によく似ている。清楚な装いの中にギラギラした恋慕の感情が見え隠れするのだ。富も名声もある家門の令嬢ともなると、肉食系女子は必然かも知れない。

 きっと王太子を独占する日は令嬢二人とも一緒に過ごすはずだ。どちらか一人を気に入ってもらえれば、父親のパネンカ卿としては良いのだから、と紫苑は苦笑いした。


 その後、閉会の挨拶がされると、寄付を募る慈善パーティーは終わりを迎えた。


 集まった寄付の小切手は、この日の為に設立してあった孤児救済基金にすぐに入金されることになっている。基金の総裁はベルナールだが、副総裁として聖女である紫苑も名を連ねており、実質紫苑が好きに使っていい状態になっていた。

 紫苑は寄付の総額の大きさに驚いたが、これで孤児院の修繕に取り掛かれると思うと凄く嬉しかった。さっそく見積りを取って大工を選定しなければ、と張り切る。


 嬉しさで顔がゆるみっぱなしの紫苑へ、コンラートが挨拶に来た。


『聖女様、今日はお疲れ様でした。僕も後で基金へ寄付しておきますね、たいした金額ではありませんが』

「とんでもない、そのお気持ちだけでも十分ですわ。わたしはこれから孤児院の修繕などで忙しくなりそうですが、またいつかお会い出来る日を楽しみにしております。本日はありがとうございました」

『僕も楽しみにしていますね』


 コンラートは紫苑の手にキスすると、優しい笑顔を見せて会場を後にした。


 この二人、良い雰囲気なのになあ、とリラは複雑な顔で聖女を見ていた。

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