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第11話 風の精霊

 孤児院の自立支援のために色々アイディアを出している紫苑は、子供達が遊びに使っていた花の種を上手く利用できないかと、今日はこうして種拾いにやって来たわけだが、子供達に迷子になるなと言っておきながら、自分が迷子になっていては立つ瀬がない。 

 

 地面に落ちている種を拾う作業はとにかく地道で、つい黙々と拾う事に夢中になってしまうとはいえ、いらくなんでもヴァルターからもはぐれてしまうとは、紫苑は一緒にいるエルミに対しても申し訳ない気持ちだった。


「やってしまったー」


 と、冷や汗をかく紫苑は、ひとまず歩いて来たであろう方向へ戻ることにした。


 周りを見回しても同じような景色ばかりで、果たしてその方向が合っているのかは分からないが、いくらなんでもそう遠くまでは来ていないはずだし、そのうち青ざめた顔のヴァルターに出くわすだろうと気楽に考える部分もあった。

 

 しかし、いざ歩き出そうとしたところで、二人はキラキラとした光りの粒が辺りに降り注ぐのを見た。


「あれ、これって……」


 紫苑が心当たりを口にする前に、突然強い風が吹きすさび、立っていられない程の風圧に押されて紫苑は咄嗟に身をかがめた。そしてすぐにエルミを抱き寄せる。


 とにかく物陰に隠れなければと、紫苑は下草を掴みながら足を踏ん張って大きな木を目指し、途中吹き飛ばされそうになりながらもなんとか移動すると、その幹にがっしりと抱き着いた。

 風は方向を変えて更に強まり、まるで紫苑を木の幹から引きはがそうとでもするかのように執拗に吹いてくる。


 紫苑は木の幹にまわした腕に力を入れ、歯をくいしばって飛ばされないように耐え続ける。エルミを抱える腕にも力が入り、エルミは苦しそうな顔をした。


「うううっ」


 呻き声を上げながら、抱き着いているというより、もはや木に体を押し付けているといった状態で耐え続ける紫苑は、さっきの光の粒が精霊が出現する時の現象だと考え、精霊の相手には精霊を、と藁にもすがる思いでハム助を呼び出した。


『我の呼び出しに応じよ』


 すると、紫苑の指輪から光の粒が湧きだし、一瞬キラリと光るとハム助が姿を現した。


「ハム助、この風、どうにかして!!」


 暴風に必死に耐えながら叫んだ紫苑だが、ハム助はあの能天気な顔で紫苑の頭のてっぺんにぺちゃっと張り付くと、そのまま何もすることは無かった。


「あーん、やっぱり駄目かな」


 他に何か打開策は無いかと紫苑が必死に考えていると、思いが通じたのか数分程経って、ようやくハム助が動きを見せた。


 ハム助は大きく伸びをすると宙へ浮かび上がり、その場でくるくると回り始める。その回転がどんどん速まり、更に加速すると、弾けるように光の粒が飛び散った。


 その瞬間、パチンと大きな音がして、風がやんだ。


 紫苑は驚きながらも何がどうなったのかと辺りの様子を窺うと、キラキラとした光の粒のかたまりが二つ、空中でゆらめいているのを見た。ひとつはハム助だろう、もうひとつは他の精霊だと思われる。


 目をこらして見ると、銀髪で透き通った水色の瞳をした幼い子供のような精霊がいて、忌々しそうにこちらを睨みつけている。幼子に見えるその精霊の瞳には、言い知れぬ嫌悪の感情が溢れていた。


(え、何?なんでそんな怖い顔してるの?)


 紫苑はその氷のように冷たく、しかし青い炎のような激しさのある瞳に身がすくむ思いがした。


 ハム助はその精霊の周りをふわふわと行ったり来たりしてなだめているように見える。それが間違いでなければ、風がやんだのはハム助のおかげなのだろう。


 しばらくして銀髪の精霊は、歯ぎしりが聞こえそうな程歯を食いしばった表情で、しかしハム助を一瞥するとその場からパッと消えてしまった。


 ハム助が何をどうしてくれたのかは分からないが、とりあえず危機は去ったことで紫苑はホッと胸を撫でおろした。


「助かったー、ハム助ありがとう」


 紫苑が礼を言うと、戻って来たハム助は紫苑の頭にまたぺたりと張り付いた。


 それにしても、あの精霊はいったい何だったのか?もしかして森で種を拾い集めるのは精霊の怒りを買うような行為だったのだろうか?だとしたら子供達の身が心配だ、と紫苑はすぐに立ち上がってエルミを抱っこすると、先程目指していた方向へ走り出した。


「みんなー、どこにいるの?大丈夫?返事をして!!」


 子供達を呼びながらあちこち歩いていると、横方向から声が近付いてきた。


「聖女様、御無事ですか!?」


 血相を変えたヴァルターが走って来るのが見えた。ヴァルターは全速力で紫苑まで辿り着くと、腰の剣に手を掛け、辺りを警戒して身構えた。


「わたしは大丈夫です。それより子供達は無事ですか?」

「分かりません、わたくしは聖女様を探して走り回っていたので。あの風はいったい何ですか?どう見ても自然現象ではなかったようですが」

「ええ、どうやら精霊のいたずらだったみたいです」

「いたずら?いたずらなんてカワイイものじゃなかったですよ?」

「それより子供達が同じ目に遭っていないか心配で」

「そうですね、では早く戻りましょう」


 種の入った麻袋をヴァルターに持ってもらうと、紫苑はエルミを抱えたままヴァルターの先導で元の場所へと急いだ。その途中もヴァルターは自責の念を口にしていた。


「まったく、聖女様を見失うなど何たる不覚。本当に申し訳ありません、聖女様の身に何かあったら死んで詫びても足りません」

「そんな大げさな」

「一瞬よそ見をしただけてはぐれてしまうとは、己の無能さに呆れます」


 痛恨の極みといった顔をしたヴァルターはまだ辺りを警戒している。


「ヴァルターさんのせいじゃありませんよ。精霊の仕業なので、誰が護衛してても同じです」

「どんな精霊だったんですか?」

「銀髪の子供みたいな精霊でした。風で吹き飛ばされそうになりましたが、ハム助が助けてくれたので無事でした」

「ハム?ハム助とはいったい?」

「ほら、わたしの精霊です。ハムスターに似てるのでハム助という名前をつけたんです」


 紫苑は自分の頭を指さしたが、いつの間にかハム助は消えていた。


「そんな雑役精霊が、おそらく風の精霊だと思いますが、四大精霊の眷属を退けたのですか?」


 ヴァルターはとても驚いた顔をした。


 四大精霊とは、火、水、風、土の属性を持つ精霊のことだろう。ヴァルターの言う通り、あの精霊は風の属性に違いない。それをあんなのほほんとしたハムもどきが追い払ってくれたのだから、信じ難いのも無理は無い。


「本当です。もしかしたら知り合いだったのかも。ハム助の顔を立てて帰ってくれたのかも知れません」

「はあ?そんなことがあるんですかね」


 今いち信じられないといった顔をするヴァルターだったが、警戒を怠ることは無かった。


 しばらく走ると見覚えのある景色になり、開けた場所に出ると敷物がしいてある所へと戻って来れた。そこには麻袋を置いて遊んでいる子供達の姿があった。子供達を見守るようにリラも立っている。

 紫苑は急いで点呼を取ると二人足りなかったが、遠目にその二人がこちらへ戻って来ているのを見つけて安心した。


 紫苑は子供達に何か危険なことは無かったかと聞いたが、特に何もなく、種拾いに飽きたので遊んでいたとのことだった。


「わたくしは聖女様を見失って探そうとしたのですが、ヴァルターが探すからと、行き違いになっても困るのでわたくしはここへ戻るように言われたので戻って来ました。はい、これといって何もありませんでしが、強い風が吹いていたので聖女様を心配しておりました」


 リラもヴァルター同様、申し訳なさそうな面持ちで縮こまっていたが、子供達を見ていてくれたので紫苑は感謝した。


「リラさんに落ち度はありませんよ。精霊のいたずらだったみたいです。子供達を見ていてくれてありがとうございました」

「とんでもございません、聖女様。わたくしの至らなさのせいです、どんな罰も甘んじて受けます」

「もう、リラさんもヴァルターさんも大げさですってば。二人とも出来る事をしてくれたんですから、気にしないでください」


 紫苑は二人が気に病まないようにと感謝を表し、遊び疲れた子供達にはおやつを振舞った。


 リラとヴァルターにもいつものように相伴を勧めたが、気を引き締め直すと言って二人は辺りを警戒して立っていた。紫苑はそんな二人を見て、今回は仕方がないかと、ふうっと溜息を吐いた。


 敷物の周りに置いてある麻袋を確認することにした紫苑は、予想以上にたくさんの量が集まっていて大いに満足した。子供達は相当がんばってくれたらしい。


『聖女様、ご褒美って何?』


 麻袋を見ていた紫苑へ子供達が質問してきた。


『誰が一番だった?』


 一番多く拾い集めたのは誰なのか、そしてご褒美は何がもらえるのか、気になる子供達はわくわくしながら紫苑を見ていた。


「誰が一番かは帰ってから重さを計ってみましょう。その時にご褒美を発表するから、楽しみにしててね」


 紫苑はにっこりと笑い、子供達も後のお楽しみ、と楽しそうにしていた。


 おやつを食べ終わって敷物を片付けると、子供達はめいめい自分の麻袋を手に持った。種で重くなった麻袋を持ってまた一時間歩くのは大変だな、と後のことを考えていなかった紫苑は、馬を連れて来ればよかったと反省した。


「ごめんね、重い物を持って歩かなきゃいけないって考えてなかったわ。荷運び用に馬かロバでも連れて来るんだったわ」


 子供達に申し訳なさそうな顔をした紫苑だったが、そこでリラが提案してきた。


「聖女様、麻袋は全部わたくしが持ちます」

「え?全部って、無理ですよ」

「いいえ、せめてこれぐらいさせてください」

「でも、女性が一人で持てる重さじゃないですから」

「大丈夫です、お任せください。『我の呼び出しに応じよ』」


 リラは自分の指輪に念を込めながら精霊を呼び出した。光の粒がはじけて現れたのは、キノコの形をした精霊だった。マッシュルームのようなころんとしたキノコに目、鼻、口がついている。


「マッシュ!?」


 精霊の姿を見た途端、紫苑は手で口を押さえて瞳を輝かせながら笑いをこらえた。


「笑わないでください。これでもれっきとした精霊なんですから」

「……ごめんなさい」


 紫苑は目をしぱたたかせて、なるべくキノコの精霊を見ないようにした。


 キノコの精霊はリラの周りをくるくる飛び回ると光の粒を振りまいた。すると、リラは集めた麻袋を全部まとめて軽々と持ち上げたのだ。


「本当に重くないんですか?」

「はい、まったく」


 リラはいつも無表情で凛とした雰囲気をまとってはいるものの、十代の少女が大きな荷物を両肩に担いでいる絵はなんだかシュールだった。


「さ、聖女様、遅くならないうちに帰りましょう」

「そうですね、みんな帰りましょう」


 紫苑は手を振って子供達を促し、来た道を辿った。


 歩き始めた紫苑は後ろを振り返り、今日見たあの精霊の攻撃性と怖い顔はいったい何だったのだろう、と思い返していた。

 子供達には何もせず、自分にだけ怒りのような感情をぶつけてきた精霊。それはやはり、自分が異界からやって来た、もしかしかして精霊にとっては招かれざる客なのかも知れないからだろうか?


 考えても理由は分からないし、ひとまず大事にはならなかったので良しとしたが、出来れば二度とああいった目には遭いたくないと紫苑は思った。

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