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第10話 紫苑の計画

 ヴァルターは今日も聖女から数歩離れた場所に立って彼女の行動を見守る。


 護衛を任命された日から聖女に付き従い、基本的には適度な距離を保って警護する、それを日常とするのにもすっかり慣れた。


 どれだけ聖女が予測不能な行動を取ったとしてもただ従い、御者として馬車で送迎し、荷物を運び、孤児院では頼まれれば力仕事まですることもあるが、すべては聖女を守ることであると、自分の使命と思ってヴァルターは毎日胸を張って励んでいる。


 ヴァルターはウテワール家の次男で、家は代々士族の家系だ。現在はチェフ家に仕え、普段は衛士として屋敷の警護や家人の護衛に当たっていた。

 何より戦があれば戦場へと赴く。ウテワール家の男子は十五歳になると戦へ参じるようになるのだが、しかし、ヴァルターが十五歳になってから今日までは地方で小競り合いがあるくらいで、本格的な戦は起こっていなかった。だから特に手柄を立てることもなく、日々衛士として単調な毎日を送っていた。


 それがある日当主から呼び出され、特別な任務があるかも知れないとのお達しで王城へ参内することになった。


 噂には聞いていたが、とうとう異界から聖女を召喚することに成功したのだという。


 聖女は異界の言葉を話すので、異界の何種類かの言葉を伝承する各家門が集められたのだ。ウテワール家と同じく「日本語」を伝承するリンガー家のリラも同時に召集されていた。


 日本語の伝承のためにウテワール家とリンガー家は日常的に行き来して、普段から「日本語」を流暢に話すための訓練をしてきた。

 だからリラとは幼なじみであり、いつかあるかも分からない通訳の務めのために、お互い礼儀作法まで仕込まれて育ったのだった。


 そして今回の聖女の話す言葉が「日本語」だったことから、二人はそれぞれ護衛と侍女として聖女に仕えることになり、今日に至るのである。


「じゃあこれ、お願いしますね」


 ヴァルターは聖女から大きな木箱と大きな麻袋を指さされたので、お願いされるがままそれらを馬車へと運んだ。木箱にはいくつもの板とビンが入っていて、麻袋は何やらガシャガシャと音がする。


「聖女様、何ですか?これ」

「子供達に作業してもらうんです。自立の一環としてね」

「はあ……」


 聖女のする事はいつもちょっと変わっている。異界よりやって来たわけだから、こちらの世界とは違う知識や感性があっての行動なのは分かる。だから、ヴァルターはそれが面白くて退屈しのぎになると思っていたが、いつも孤児院のために買い物をして、自分のためにお金を使わない聖女のことは不思議に思っていた。


 孤児院に着いてヴァルターが荷物を下ろすと、聖女はいつも通り子供達と一緒に掃除をしたり遊んだりして過ごし、午後になると作業を始めた。


「さあ、今日はみんなで色塗りよ」

『色塗り?』

「まずはお手本を見せるわね」


 そう言って聖女は麻袋から取り出した平たくて円形の小さな素焼きのチップをテーブルに山積みした。そして木箱から穴がたくさん開いた木の板を出すとテーブルに置き、その穴へチップをはめ込んで行った。


 聖女は更に木箱から絵を描く時に使うハケや筆、そしてビンを出し、ビンのフタを空けるとハケを中へと浸した。ビンの中は塗料だった。ハケから余分な塗料を落とすと、聖女は木板にはめた円いチップの表面を塗りはじめた。木板には穴がたくさん開いていてチップが何枚もはめられるので、ハケであっという間にたくさんのチップを塗ることが出来た。


「片面を青色で塗って乾かしたら、もう片面は白で塗るのよ。さあ、やってみて」


 聖女は大きい子供達をテーブルにつかせると、ひとりひとりに材料のセットを渡し作業をさせ始めた。小さい子供達は木板にチップをはめるお手伝いをした。子供達は何を作るのかよく分からないまま、しかし聖女が教えた通りにちゃんと作業をしていた。


 今回も何をやっているのか、ヴァルターにはさっぱり分からなかった。


『聖女様、これでいい?』

『うわ、はみ出しちゃった』

『これなに?おもちゃ?』


 器用、不器用の差はあるが、子供達は概ね聖女の思惑通りに作業してくれているようだ。


「うん、みんな上手よ。さて、両面塗ったら今度はニスを塗ります」


 塗料を塗った円形のチップの表面が乾くと、子供達は塗料の上からニスを塗り、油紙の上に並べて風通しのいい場所へ置いた。


「完全に乾いたら使い方を教えるから、楽しみにしててね」


 聖女は頑張った子供達を労って、用意してきたお菓子をふるまった。レナーテと一緒にお茶を淹れ、子供達の世話をあれこれする聖女の姿は、なんだか教会に仕える修道女のように見えた。


 聖女ならぬ修道女か、とヴァルターもリラも最近はもう聖女が救国の聖女だということをうっかり忘れてしまいそうだった。

 いや、むしろ慈愛に基づく善行を行うからこその聖女なのかも知れない。歴史的にも本来聖女と称される女性は慈悲深く徳の高い人の事であるはずだし。


 そうだ、きっと聖女とはそういうものなんだ!と、なんとなく腑に落ちたヴァルターとリラは今日もいつも通りお茶とお菓子を相伴し、自分達だってすっかり孤児院の一員みたくなっていた。



 その日から紫苑は毎日一定の時間、子供達に色塗りの作業をしてもらった。もはや日課となった素焼きチップの色塗りは、子供達もどんどん上達し、速くムラなくキレイに塗れるようになっていた。


 色塗りと並行して、裁縫が得意な子には巾着袋と正方形の布を縫ってもらった。正方形の布は丈夫で長持ちするように麻布を使用した。ひと針ひと針丁寧に縫って、子供達はとてもがんばっていた。


 しかし、いつも部屋の中での作業では子供達のあり余るエネルギーを発散できないと思い、紫苑はこの日はみんなで外へ出掛けることにした。近くの森へピクニックに行くのだが、紫苑には別の目的もあった。


 子供達は遊び道具として色々な物を利用する。剣士ごっこには木の棒、冠や首飾り作りには草花、的を狙った点取り合戦には小石、おままごとには木の実や葉っぱなどと身近なもので遊ぶわけだが、その中に紫苑には気になるものがあった。


 それは、小さな女の子達がおままごとで使っている何かの種子だった。朝顔の種が巨大化したような形で、丸い外殻がぱっくり割れた中に四、五粒入っている。

 紫苑の思っているものと似たような植物なら、もしかして上手く利用出来るかも知れないと考え、ピクニックがてらたくさん実が落ちている場所へ案内してもらい、拾いまくろうと思っているのだ。


 森の中には人の往来で出来た小道が続いていた。孤児院の周辺には貧しい者が多く暮らしているので、煮炊きや冬の暖炉に使う燃料として自分達で薪拾いをするためだ。

 市場で売っている薪や炭を買うにはお金が無いし、森の木は許可の無い者が勝手に伐採してはいけないことになっているので、みんな落ちている枝を拾って使っている。孤児院ももちろんそうだ。


 三十分程歩いた頃、開けた場所に出たので紫苑と子供達はそこへ敷物を広げると、持ってきたバスケットを重しとして置いた。

 近くに小川が流れていて、せせらぎの音が気持ち良い。辺りには鳥のさえずりも聞こえて、とても癒される空間だ。


 紫苑はさっそく子供達にお願いした。


「みんな、遊びながらでいいから、この種を拾えるだけ拾って来て欲しいの。でも、これだけは絶対に守って。大きい子は小さい子と必ずペアで行動すること。危ない場所には行かない、危ないことはしない、迷子にならないようこの敷物が見えなくなるほど遠くへ行かない。約束よ、わかりましたか?」

『はーい』

「一番たくさん拾った子にはご褒美をあげます。さあ、がんばって!」


 ご褒美と聞いた子供達は瞳を輝かせて一斉に走り出して行った。


 最近いつも紫苑の後をついてまわる小さな女の子がいるのだが、今日も紫苑のスカートの裾を掴んで、はにかみながら紫苑を見上げていた。


「エルミはわたしと一緒に拾う?」


 紫苑の問いかけにエルミはもじもじしているだけだったが、紫苑が手を差し出すと、ぎゅっとその手を掴んで一緒に歩き始めた。


 まだ四歳くらいの幼いエルミは最近孤児院に来た子供だ。ある日、孤児院の外に倒れているのを発見され、司祭と子供達が懸命に看病した。おそらく弱ったエルミを親が孤児院の前に捨てていったのではないかと推測された。

 紫苑も着る物や食べ物を差し入れして支援していたが、エルミが元気になったのはひとえに孤児院の皆のおかげだろう。

 言葉が遅いのか普段はまったくしゃべらず、年上の子供達を追い掛けては少し離れたところでみんなの様子を見ているような子だ。名前が分からなかったので、エルミという名前は司祭がつけた。


 そんなエルミは紫苑のことをとても気に入ったのか、いつからか年上の子供達ではなく紫苑の後をついてまわるようになった。特に何かをして欲しいと言うでもなく、ただ紫苑の側にいて紫苑のお手伝いをしてくれる、おとなしくて本当に良い子だ。


 紫苑は子供達が種拾いをしている場所から少し離れたところへ行くと、地面にしゃがんで種を探した。子供達に教えてもらった種の親である木は高さがニ、三メートルほどあり、その根本にはたくさん実が落ちている。だいたいの実は割れて中の種が散らばっているので、それを根気よく拾っていった。


 そんな紫苑の近くに立つヴァルターは常に辺りを警戒していて種拾いは手伝ってくれなかったが、リラは黙々と種拾いをしてくれていた。

 ヴァルターはいつも警護だ護衛だと言うが、いったい何から守るというのだろうか?どこへ行っても聖女ともてはやされ、特に危ない目にあったことのない紫苑にしてみると、本当に護衛など必要なのかと疑問に思う。


 言われたことには徹底して従うのが宮仕えの悲しさといったところか。


「ヴァルターさん、護衛はいいのであなたも拾ってくれませんか?」

「しかし、そういうわけには」

「こんなのどかな場所で何があるって言うんです?そもそも私に危害を加える人なんて本当にいるんですか?」

「いやあ、そうおっしゃられても……」

「もう、あなただけですよ、さぼってるのは。さ、いいから拾って!側を離れたりしないから安心してください」

「さぼってるって……」


 麻袋を押し付けられたヴァルターはしぶしぶ種拾いを始めた。

 やれやれとヴァルターの様子をしばらく見ていた紫苑だったが、ヴァルターは意外と凝り性なのか、拾い始めると集中力が凄くて感心した。


 紫苑はなるべくキレイな種が欲しいので、目ぼしいものをあらかた拾うと次の木へ、そしてまた次の木へと移って行った。エルミも一生懸命拾っては紫苑の持つ麻袋へと入れて行く。次第に麻袋はパンパンになってきて、ずっしりと重く、持ち歩くのに少々苦労するようになった。


「ふう、もう袋もいっぱいね、一回置きに戻りましょうか」


 そう言って紫苑が辺りを見回すと、何故かリラもヴァルターも姿が見えなかった。

 拾うのに夢中になり過ぎてはぐれてしまったらしい。


「あらら、ちょっと遠くまで来過ぎたみたい。エルミ、戻るわよ」


 紫苑はエルミの手を取って歩き出そうとしたが、ぴたりと動きを止めた。三百六十度ぐるりと体を回して周りを見てみるも、帰り道が分からなかったのだ。


「え、うそ、どうしよう。確か、こっちから来たような?エルミ、どっちから来たか覚えてる?」


 エルミは首をかしげて紫苑を見上げているだけで何も言わない。言葉が分からないのだから、しょうがないのだが。


 夢中で拾っていたとは言っても、そこまで遠くへは来ていないはず。誰かの声でも聞こえてこないかと耳を澄ましてみたが、鳥の鳴き声しか聞こえなかった。


 エルミとふたり、森の中にぽつんと立つ紫苑は少々不安を感じながらも、しかし戻れない程遠くまでは来ていないだろうと、この時はまだ余裕があった。


 そう、危険な出来事など自分には無縁だと思っていたからだ。

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