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高校生夫婦  作者: むかしばなしかたりぐみ
4/5

女教師サイトウ

「試作品なんだけど」

そういって理沙が持ってきたのは、なんだか色が薄いハンバーグだった。弁当箱に3つほど入っていたそれは、茶色い醤油味のあんがかかっていた。

「なにこれ」

「がんもどきっていうか、豆腐ハンバーグかな。レンコンと玉ねぎをすって入れてみたの。

鶏肉のひき肉使ってる。」

箸も差し出してくれたので、僕はそれを割ってひとかけら口に入れた。ふんわりとして普通のハンバーグより柔らかいそれは、口の中ですぐにほどけた。

「どう?かっちゃんはおいしいと言ってくれたんだけど」

「うん、うまいよ。だけどもう少しパンチが欲しいかな」

「おばさんが食べるように優しい味にしたんだけど、若い子には物足りないかもね、って言われて。そうか、ならショウガすって入れてみる」

理沙は少し頬を赤らめて微笑んだ。

バイトしているお弁当屋で、理沙は時々おかずのアイデアを出すように言われてるらしい。うちの学校はそこの弁当屋で弁当を買う生徒が多いので、若い子の意見を参考にしたい、と言うのが店長の方針のようだ。って、克也のおばさんが店に出られない今、店長は僕の母親なんだけど。

「なになに、お弁当屋さんの新しいメニュー?」

早速女子どもが僕たちの手元を覗き込んできた。

「うん、豆腐ハンバーグ。ダイエット食品をお願いします、ってお店のアンケートにあったから」

「あ~、豆腐ね。いいんじゃない。カロリー低いし、イソフラボンだもんね」

「なに、イソフラボンって」

「しんない。なんかバスト上がるって聞いたよ」

「え、マジ?あたし食べようかな」

「これ、ひじきも入ってるから貧血防止にもなるよ」

すかさず理沙が言う。「へー!」と周りが驚く。

「理沙ってさ、何気にそういうの詳しいよね」

「うん、情報通って感じ」

「おべんとやさんのね、おばさんがみんな教えてくれるの」

「そうなんだ。他にもある?」

きゃっきゃと女子どもが騒ぎ出す。僕はそっとその場を離れた。

教室から出ようとすると、またいつもの女が廊下から理沙の方を見ているのに気づいた。笑顔でもなく冷たい表情で、でも何か言いたい様子で……

「なんか用?」

今日はこちらから声をかけた。女はぴくっと肩を震わせ、踵を返してこちらから逃げるように立ち去った。

「っつたく、しつこくするのもいい加減にしろよな」

僕はその後ろ姿に嫌悪感を覚え、吐き捨てるようにつぶやくとその場を後にした。


「なんでみなさん平気なんですか。高校生同士で夫婦なんて、絶対おかしいです。間違いでもあったら取返しもつかないことになるでしょう。第一、教育委員会にはどう説明なさっているんですか」

廊下までキンキン声が響く。またあの女のヒステリーだ。新任の社会科教師は、ことあるごとに克也と理沙のことを非難してくる。

「まあまあ、保護者のみなさんも理解なさってることですし、生徒も受け入れてることですから」

「だからと言って、放置は許されないことだと思います。世間一般から見て異常です。退学させるべきです」

「とはいえお互いに結婚年齢には達していますし、法律的には問題ないでしょう」

「ですが……」

「斎藤先生」ここで学年主任ののんびりした声が聞こえてくる。

「教育を受ける権利は、どの生徒にもあると、僕は思いますよ」

「それは五島先生のご意見でしょう。私は一般論を言って……」

「もうこの話は終わり」五島先生のきっぱりした声がさえぎる。「そろそろホームルームの時間だと思いますが、ずいぶんゆっくりなさってますね」

ここで僕は呼吸を整え、社会科研究室の戸を開いた。中にはのんびりと椅子に深く腰かけた学年主任の五島先生と、頬を真っ赤に紅潮させたサイトウがいた。サイトウは息も荒く、こちらをにらみつけてきた。

‥…ヒステリーは美容によくないよ。

こっそりと頭の中で話しかけ、僕は五島先生に声をかけた。

「社会科準備室の掃除、終わりました」

「おう、ご苦労さん。来週は3班だったな」

「はい、カギは壁に返しておきます」

「頼んだぞ」

僕は一礼して顔を上げた。サイトウはまだ何か言いたげにこちらを見ている。

「斎藤先生、廊下にまで声聞こえました。やばいですよ」

「・・・・・・それはどうも」

サイトウは肩をそびやかし、ずんずんと部屋を出ていった。足音が遠ざかると、五島先生は肩をすくめ、こちらに笑いかけてきた。

「全く、黙ってりゃかわいいのにな。お前らも大変だな」

「なんか、目をつけられちゃいましたね。相談を受けたのが僕の父だって判ってから」

「まあ、餅は餅屋、って言うからな。あの節は世話になった」

「お互い様ですよ。先生も大変ですね。」

「斎藤先生もなあ、若いんだからもう少し柔軟な頭を持てばいいのにな」

食うか、と先生は引き出しを開け、酢昆布を取り出す。頭が少し寂しい先生は、その頭に似合わず酢昆布が大好きだ。時々こうやってお相伴に預かる。

酢昆布を食べ、僕は先生と少し話をしてから社会科研究室を出た。

放課後、保健室の前を通る途中、誰かが言い争う声が聞こえてきた。そちらを見るとまた理沙がサイトウにつかまっている。

……性懲りもなく。

僕はチッと舌打ちすると、喧噪の場に向かった。

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