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高校生夫婦  作者: むかしばなしかたりぐみ
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ある放課後



やばい、降ってきた。

玄関から見上げた空の様子に、僕はため息をついた。朝から気持ち悪いほど暖かい曇り空だったが、今日は大丈夫だろうと高をくくり、傘を持ってこなかった。こんな時、通気性のいいスニーカーが恨めしい。

駅までに絶対濡れるだろうな。

景気よく降ってきた土砂降りの雨は、まだしばらくやみそうにない。どうしたものか考えあぐねてると、後ろから声をかけられた。

「ゆうやん、どうした?傘忘れたか?」

僕のことをゆうやんと言うのは一人しかいない。振り返ると傘を持った克也が立っていた。

今日も直帰らしい。

「うん、天気予報見てなかった。失敗したわ」

「止みそうにないよな。貸そうか?」

「え、いいの?」

「おれは理沙のがあるから」

克也はそういい、わずかに体を反らす。後ろから、控えめに小さな体が覗く。理沙がうなずいて、傘立てから自分の傘と思しき透明なビニール傘を取り出した。

「そっか、用意いいんだな」

「……置き傘だから」

聞こえるかどうかのギリギリの声で、理沙はうなずく。克也は僕に傘を渡し、理沙の背中をそっと押してうながす。

「じゃあ、あとでルミエでな」

「うん」

理沙から受け取った傘を開き、二人は並んで歩き出す。その背中を見送って、僕も克也の無骨な黒い傘を開き、雨の中予備校へと向かう。

二人は夫婦だ。


ルミエは駅前の小さなショッピングセンターだ。その中には僕の通う予備校がテナントとして入っている。

2階が休憩スペースとなっており、夜の12時まであいている。椅子やテーブルがいくつか置かれていて、そこで電車待ちの高校生が試験勉強をしたり友達とだべったりしている。

僕が英語の参考書を開いて予備校の課題を片づけていると、克也が「お疲れ」とやってきた。

「お疲れ。理沙帰って来たの?」

「うん、さっき交代した。夕飯も食ってきた」

「毎度悪いね」

「いやいや」

克也が差し出した弁当を、僕は受け取る。今日はハンバーグ弁当だ。

「これ、理沙が作ったの?」

「いや、まだ調理は任せられてないって言ってた。でも詰めたのは私だよって」

理沙はここの1Fにある弁当屋で高校に入った時からバイトをしている。僕たちは母親が昔、そこの弁当屋で働いていたというなじみで、保育園のころからの知り合いだ。

僕が弁当を食べている間、克也は自分のノートを取り出し、参考書と僕のノートを交互に見ながら、ノートに書き込みを始めた。

「やっぱり、ゆうやんのノートは判りやすいわ」

「不明点とかはほっとくなよ」

「了解、講師殿」克也はおどけて言い、マーカーでノートに線を引き始めた。

「受からなかったら洒落にならんからな」

「お前ら生活かかってるからな」

「うん、留年とか浪人とか、ありえんから」克也はきっぱり言い、今度は問題を解き始める。

克也は地元の国公立大志望だ。それも成績優秀者に与えられる奨学生枠を狙っている。一円たりとも無駄には出来ない、と口癖のように言う彼には、理沙を養っていかなければいかないという、重要な使命がある。

ほんと、尊敬するよ、お前ら。

父親が弁護士というだけで、無駄に頭だけはいい僕には想像も出来ないだろう事情を、彼らは抱えている。だから僕はせめて、彼らに勉強を教えることしか出来ない。彼らが夢を叶えて、少しでも幸せになれるように。

克也は大学を出て一般企業に就職、理沙は専門学校を出て介護職につく、を目標にしていて、そのためには周りが出来る限りのサポートをしていく、というのが決まりだ。中学を出てから働くと言う理沙に、半ば強引な形で克也の母親が約束させた。そして克也が理沙と婚姻届けを出した一か月後、今度は一家の大黒柱を受け持っていたおばさんが倒れた。

1か月前のことだ。

今、克也と理沙は交代で、おばさんの面倒を見ている。理沙がバイトをしている時は克也がつききりになり、理沙のバイトが終わると今後は理沙がおばさんの面倒を見る。そんな生活を、もうひと月も続けている。

「どう、おばさんの様子」

「一進一退ってとこだよな」答え合わせをしながら克也がつぶやく。

「ありがたいことに日中はヘルパーさんが入ってくれてるけどさ、自分でトイレに行くのもだんだん難しくなってるみたい。あとはベットの空き待ちだよな。入院出来れば、俺も理沙ももう少し楽になるんだけど」

「大変だよな、お前んち」

「まあ、おふくろや理沙が弁当屋のパートしててくれたおかげで、くいっぱぐれはないけどさ」克也は明るい口調で言い、ノートをぱたんと閉じた。

「よし、英語はオーケー。今度は数学やるわ」

「今日は何時までできる?」

「理沙が遅番だって言ってたから、8時までかな。9時までいるわ」

「なら、物理までいけそうだな。ゴミかたしてくる」

「了解」

僕はゴミ箱にゴミを捨てに行き、ついでに缶コーヒーを3本買ってくる。克也と、仕事から帰ってくる理沙への手土産だ。

こうして、僕たちは平日、理沙が仕事から帰ってくるまで互いに勉強を教えあう。そして

理沙が仕事が終わり克也を迎えに来てから、僕は自宅に、克也と理沙はアパートに帰って行く。

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