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この席で立たされるのは何回目だろう?そんなことを考える。
「…郎くん!」
そういえば、三回目の席替えからずっと後ろの席だな。なんて思い返していたところ、想定外の衝撃に目を見開く。
「い、一郎くん、先生怒ってるよ」
「一郎くん、先生のお話聞いているの?」
「あっ、はい、ごめんなさい明日からちゃんと持ってきます。」
録音を再生するかのように、使い古された返答をする。
「あのね、忘れ物は仕方がないけど、先生の話を聞かないところは直してほしいな。」
「ごめんなさい」
「みんな待たせてごめんなさい、続けるね!」
シンとした教室を明るく照らす笑顔を終了の合図に、席に着く。
「ふぅ…石黒先生で良かったね!」
微笑みかけるのは、お隣のストライカー。
「う、うん…そうだね…」
流れで肯定したものの、一郎は石黒先生の事をよく思っていない。一郎ぐらいの年齢からすると、怒らず生徒の話し相手になってくれる先生は人気になって当然である。しかし一郎は、彼女にはどこか下で見られている気がしてならず、それが上下関係によるものではないことは子供ながらに感じている。普段の授業態度や忘れ物の多さに埋もれてしまっているが、一郎には結構鋭いところがあり、稀に先生すら気づかないような些細な矛盾点に気づくことがあるため、変わり者の烙印を押されがちになってしまう。
変わり者は変わり者らしくジャスミンの気持ちなんか構わず先程の続きに集中していた。次々と不規則に変わっていく音色をBGMに、一郎は思考を加速していく。一通り考えた一郎は、やはり先生には下に見られているんだなと、案に違わない結果に思わず笑みが溢れる。
「ま〜た違う世界に飛んでるの?」
ハッとなり前をみると、クラス中の笑顔が自分に向けられていることに気づく。
「もう、一郎くんの番だよ?音読。」
「今日もつかれたなぁ」
三人がけの大きなソファに飛び込み、根でも張ったように動かない。これが一郎の日課であり、共働き夫婦の一人っ子なんてこんなもんである。
「忘れたくて忘れ物したことなんて一回もないよ。オレって完全に目つけられちゃってるんだなぁ」
なんて、考えることに日々進展がないのも日課ならでは。
「今日はかなり悪目立ちしちゃったしな…宿題やりますか」
家に一人、遊びもせずに宿題をやるなんてできた子だと自分を褒めつつ、宿題をはじめる。これに関しては完全に気まぐれというヤツで、残念ながら日課にするのは難儀のようだ。
「おとうさんとおかあさんをみんなにしょうかいしよう!、、、かぁ」
ついついボーっとしがちな一郎にも、考えたくない、というより本人も無意識で避けている話題がある。一郎くらいの子はみんな大好きであろうそれは、両親のことである。といっても家庭環境が悪いかというと、むしろ良好で、活発的で力持ちな父に、めったに怒らず、本物の優しさを持って接してくれる母がいる。宿題の枠には書ききれないほど他人に誇れる良い家庭であり、言葉こそ知らないものの一郎は両親に対して尊敬の念を持っている。
「お父さんは、頭が良くて、それからムキムキでかっこよくて、ギターも上手で実はお皿洗いが超得意だったり…」
授業でやったどの作文よりも沢山のワードが思い浮かぶことに気づき、驚く。
「お母さん…は…料理が上手で、やさしくて、声と顔が綺麗で会社では人気だったらしいし…有名な大学を卒業したってお父さん…が…」
あまりの衝撃に言葉を発するのが、止まる。
まず、一郎を襲ったのは、頭の先から強引なまでに体内に侵入し、足先へと貫かんとする一筋の閃光だった。6年の人生において感電をしたことのない一郎は、感電とはこんな感覚なのだろう、なんて、意外にもくだらないことを感じ取り、寒くもないのに震える右手で苦笑する唇を抑え込む。荒がる息に、五月蝿いまでの心音。
「もしかして…」
心すら貫いていった鋭すぎる閃光。光が消え失せ残ったのは、「悲哀」という名の闇だった。
また書きます。気が向いたら。