第五話 とある弁護士の報復開始
『化狐の報復』で描いた「ざまぁ」の裏側です
シャワーを浴びてさっぱりして、出かける支度をします。
今日は吉野から来る少年を京都駅に迎えに行って、そのままトモくん、佑輝くん家に行く予定です。
その前に一軒銀行に行こうと急いでいると、スマホが鳴りました。
クズの息子でした。
弁護士と連絡が取れたので、話し合いの席を設けたいといいます。
一旦電話を切って、ハルに連絡をしました。
相手方の弁護士を交えて話ができるなら、それにこしたことはありません。
だが、もう吉野の少年は電車に乗ったはずです。
僕の提案どおりの便に乗ったとしたら、予定では九時半に京都駅に着きます。
相手方の指定は十時。
クズ側との話し合いを別日にするか、晃くんの迎えを別の人間に行かせるか。
難しい判断です。
ハルは、決めました。
「晃は、僕らが回収する。
お前はそっちにかかれ」
「かしこまりました」
色々と話し合い、晃くんはハルの転移陣を使って移動させること、夕方佑輝くんを迎えに行くこと、トモくんは明日朝迎えに行くことになりました。
なっちゃんはまだ見つかりません。
昨日から警察も動いてくれているのですが、ハルの言うとおり異界とやらにいるとしたら、普通の人間には見つけることはできません。
聞かされた、なっちゃんに関するいくつもの『最悪』が頭に浮かびますが、首を振って散らします。
頭を切り替えよう。
パン!と頬を両手で挟み、気合を入れます。
クズどもとの話し合いは十時。
少し時間ができた。
一軒の予定だった銀行に二軒は行ける。
戦略を立て直せ。
やるべきことは何だ。
「――よし!」
一族で『役立たず』とうとまれていた僕ですが、親友と奥さん達のおかげで「霊力だけがチカラではない」と知ることができ、今では『安倍の黒狐』とまで呼ばれるようになりました。
今こそ『安倍の黒狐』のチカラ、見せてやりましょう!
「おはようございます。安倍 晴臣と申します」
開いたばかりの銀行の受付。
この銀行は投資に強く、僕もお世話になっているところのひとつです。
投資家の方々からの信頼も絶大で、今日も開店したばかりだというのにたくさんの方がおみえです。
僕はおかげさまで投資の世界ではちょっとだけ名が売れていまして。
受付で名乗るだけで数人が注目してくださいました。よしよし。
「安倍様。いつもありがとうございます」
にこにこと愛想よく受付の女性が復唱してくれる。
だがその顔には「何でわざわざ名乗ったの?」と書いてあります。
なにかあるとふんで復唱してくれた。
賢い人は好きですよ。
僕が『安倍』の名を名乗るのを嫌っているのは有名な話らしいです。
名乗ると『安倍』に近づきたい人間が寄ってきて面倒なんですよね。
最近は僕の投資先は間違いないとかいうめんどくさいウワサまで出てきて、面倒が増えてますます名乗らなくなりました。
それをわざわざ名乗るということは、何かあるのかと、受付の奥の行員達も僕に注目してくれています。
「実は、支援金の話をしたくて」
空気がざわりと揺れました。
次に僕が手を出すのはどこか。
まだ知られていないところであれば、早い段階から乗っておけば配当金がぐんと増える。
そんな欲にまみれた気配が渦巻いています。
よしよし。
「能楽師シテ方五家のひとつ、木村家の分家、木村三之助家ですが」
「はい」
周りが耳を大きくしているのが背中をむけていてもわかります。おもしろーい。
もちろん僕の前、受付の奥の人達の視線が向いているのは丸わかりです。
「支援を全て打ち切ります」
周囲がどよめきました。
そんな盗み聞きしてたってわかるような行動しちゃダメですよー。
盗み聞きはさらっとしなくちゃ。
でもまあこれですぐにウワサが広がるでしょう。
あの能楽師の家が、僕を敵にまわしたと。
支援打ち切り。つまり、もうあそこはダメだと。
「そのことでお話をしたいのですが、支店長さんのお時間はございますか?」
愛想よく見えるように日々練習を欠かさない、必殺の笑顔を浮かべます。
この笑顔、『にっこり』と表現されるべきなのでしょう。
今の僕的には『どやぁ!』です。どやぁ!
支店長と話をして、もう一軒の銀行でも同じことをします。
うん。がんばってチカラをつけておいてよかった。
世の中、どこで何が役に立つかわかりませんね。
クズのところの話し合いで、なっちゃんの器物損壊と暴行については、示談がまとまりました。
しかし親権に関してはいつもどおり平行線です。
しかもクズは僕のかわいい息子達を「身勝手」で「自己中心的」で「妄想癖がある」なんて言ってくれました。
ウチの賢くて努力家で優しい息子達を、よくもあざけってくれたな!
徹底的に潰す!!
決意も新たに、もう一軒の支援をまわしている銀行に話をつけ、すべての支援を切りました。
一軒一軒は大した金額でなかったので、銀行としてはダメージがないでしょう。
各行の支店長からもイイ反応をいただけました。よしよし。
はい次ー。
千明さんに連絡をします。
タカもまだ側にいて、一緒に話を聞いてくれました。
クズの家の支援を全て切ったこと。
銀行での一幕を話すと、おもしろがってくれました。
「じゃあ私は予定どおり『虐待を受けてる少年を支え続けた健気な少年の母』を続ければいいわね?」
「実際そうだけどね」
以前から奥さん達はなっちゃんを助けるために、地道な活動をしていました。
ちょっとした雑談のなかで「実は…」「ここだけの話…」と、なっちゃんの現状を訴えてきたのです。
なかなか決定打とはなりませんが、こういうのがあとあとイイ仕事をするのです。
千明さんは朝の奥様向け情報番組に週一回出ています。
千明さんの名前を売り仕事を広げるためのタカの戦略です。
さっぱりした性格の千明さんはスタッフさんにもかわいがられ視聴者からの人気も上々で、四月からも続投が決まっています。
今日はたまたまその収録日でした。
すでに番組スタッフに「前から言ってた男の子が、行方不明で…」なんて涙ながらに心痛を訴えたりしたそうです。
このあとも雑誌のインタビューが入っていると話します。
そこでも同じことをやると。
うわぁ〜!
もう、楽しいことになりますよ〜!
ウソは言っていません。
そこ、大事。
千明さんとお互いの健闘を祈りつつ電話を切りました。
警察にも顔を出します。
なっちゃんの代理人として何度も虐待を訴えていた僕は、警察署内で顔が売れています。
すぐに今回の担当部署の方に会えました。
今回のなっちゃんの行方不明は、脅迫状や犯行の証拠があるわけではないので、通常の家出捜索と同じ扱い――警ら中の警察官に「こんな子いたらよろしくね」と連絡するしかできません。
一応、警らの人数を増やしたり、家の周辺を念入りにまわってくれてたりと、できる範囲でがんばってくれているそうです。
異界とやらにいるらしいから無駄足になるのに、申し訳ない。
せめてもと、菓子折りと栄養ドリンクを差し入れします。
「そういえば、以前ご報告してましたよね?」
「何をですか?」
「あの家がナツくんを虐待している話ですけど」
担当官が「行方不明捜索とは関係ないだろう」という顔でにらんでくるのを、にっこりとスルーします。
「ナツくんの行動を二十四時間見張るために、家中に監視カメラが設置してあるんですよ」
「――は?」
「近隣でも有名な話ですよ?」と付け加えると、ぱかりと開いていた担当官の口がきゅっとしまりました。
「家の中だけでなく、出入り口全てにもついてて、ナツくんを常に見張ってるんですよ」
「それは、」
「ほとんど『監禁』ですよね〜」
にこにこと愛想よく、はっきりとした言葉にしてやります。
担当官は顔を厳しくしています。よしよし。
以前「実質監禁じゃないか」と児童相談所と突っ込んだら、クズに「能面など文化財級のものがあるため、防犯上当然の備えだ」と論破されました。
あ。思い出すとムカムカします。
何とかムカつきを抑え、担当官に提案します。
「その監視カメラの映像をみたら、ナツくんが家から出ていったのか、まだ家の中で監禁されているのか、わかると思うんですけど…」
『行方不明』の、別の可能性。
家庭内で殺されて、遺体を隠されている。
犯人である親が騒ぎ立て警察に訴えてて、実は…。
なーんて、よくある話ですよねー。
今回は違うんですけどねー。
担当官もその考えにたどり着いたらしいです。
明らかに最初と顔つきが違います。
「もう手配されてます?」
「……これからします。情報提供、感謝します」
僕も「心痛を隠して無理に作った」笑顔をおさめます。
なっちゃんは警察では見つけられないところにいます。
でも、それがどこかわからない。
ハルの話では、時間が経てば経つほど生命の危険が上がるそうです。
ハルの提示した最悪は『死』。
ハルもヒロも昨日から必死で探しているそうですが、まだ見つかりません。
『霊力なし』の僕では何の力にもなれない。
僕にできるのは、こうして警察を頼り、なっちゃんがあの家から抜け出すきっかけを作るくらい。
情けなくて苦しいです。
担当官に、深々と頭を下げます。
「どうか、ナツくんを、よろしくおねがいします」
心からの言葉は、正しく届いたようでした。
事務所に戻って所長に報告をしたあとは、事務処理です。
先程のクズとの話し合いで取り付けた示談に関する書類、工務店への支払い、なっちゃんがケガをさせた連中のかかった病院への支払いなど、次々と処理していきます。
書類を届けるよう手配して、業務の引き継ぎをしたらやっと一段落です。
上賀茂に行っていた所員が、焼き餅を買ってきてくれました。
僕が「行くならついでにと」頼んでいたものです。
ここの焼き餅は、ハルとヒロの好物なのです。
まだあったかい。
急いで帰ってくれたんだね。ありがとう。
所員がおやつタイムに移行します。
僕はウチの分を持って帰宅します。
みんな。あとはよろしくね!