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とある弁護士のつぶやき  作者: ももんがー
3/11

第三話 とある弁護士による報連相

 能楽師の家を出てすぐにヒロに電話をかけ、ハルに報告します。

 電話の向こうはスピーカーフォンになっているのでしょう。

「人払いはしてある。遠慮なく話せ」とハルが言うので、報告していきます。


 なっちゃんがいないこと。

 稽古場の壁に空いた穴のこと。

 三人に怪我をさせたこと。

 それらに対して僕がやったこと。


 ハルもヒロも電話の向こうで黙っています。

 僕もしばらく無言で反応を待ちます。


「――わかった。ご苦労だった」


 やがてハルが一言、それだけ言いました。

 ハルは仕事モード――主座様モードです。

 だから僕も仕事モードで言いました。


「主座様」


 ハルが無言で言葉の先をうながしてきます。


「確認があります」


「何だ」


「安倍家として、なっちゃんをどう扱いますか?」


 これを確認しておかないと僕が動けません。


「今なっちゃんは行方不明です。

 もし連中より先に保護できたとして、安倍家として保護しますか?

 それとも安倍家とは関係ないとして連中に引き渡しますか?」


 なっちゃんは器物損壊と暴行で訴えられる可能性もあります。

 そのときにどう動くか、決めておかないとイザというときに動けないのです。

 そのことも説明したうえで、ハルの――主座様の決定を待ちます。


「――ナツは、霊玉守護者(たまもり)だ。

 高霊力保持者は、それだけで保護の対象になる。

 ナツは見つかり次第、安倍家として保護する」


「かしこまりました」


 ハルの――主座様の決定は絶対です。

 これで僕が動きやすくなりました。


「もうひとつ、ご報告があります」

「何だ」


 僕はわざと明るく言いました。


「僕、あのジジイ、ぶっ潰します」


 そんな僕の言葉に、ハルがプッと笑います。


「オミがそんなこと言うの、珍しいな」


 ハルの声はもう主座様モードではありません。

 なので、こちらも姿勢を崩して答えます。


「もう我慢の限界でね。

 なっちゃんがいなくなったのなら、このスキを利用するのもアリかと思ったんだ」


 クククッとハル、アハハハッとヒロの、楽しそうな笑い声が聞こえてきました。


「いいぞ。好きにしろ。

 いい加減僕も我慢できなかった。

 僕が協力できることはするぞ」


「助かるよ」


 よーしやるぞー。


「――オミさん」


 僕がやる気をみなぎらせてニヤリと笑っていると、ヒロの声が聞こえてきました。

 珍しく、おずおずとした感じです。


「オミさんは、弁護士だよね?」

「そうだよ?」

「依頼があれば、動いてくれる?」

「もちろん」


 ヒロは少しためらったあと、言いました。


「じゃあ、ぼくの依頼、受けて」


 その声には、決意がこもっていました。


「ナツを守ってほしい。

 報酬は、ぼくの預金通帳からいるだけ出して」


 ヒロが、覚悟をしているのがわかりました。

 自分が死ぬ覚悟。

『先見』どおりに、十四歳までに死ぬ覚悟。


 僕は情けない親です。

 息子が死の淵にいるというのに、何ひとつ力になってやれない。

 何ひとつ気の利いた言葉をかけてやれない。


 僕にできることは、ただひとつ。

 息子の依頼を、完遂することしかありません。


「――わかった」


 僕の答えに、ヒロが電話の向こうでホッとしたのがわかりました。

 ハルはどんな顔をしているのでしょう。

 きっと悲しそうな顔を隠して、気難しげに口を引き結んでいるに違いありません。


「じゃあ、なっちゃんの器物損壊と暴行については、示談に持っていくようにする。

 で、ジジイを潰す。

 ついでに親権がとれないか、やってみる」

「お願いします」


 ヒロの返事に答え、ハルとニ、三、話をして電話を切りました。




 陰明師の仕事は色々とある。らしいです。

『霊力なし』の僕はそっちの仕事はしないのでよくわかりません。

 その中でも『退魔』と呼ばれる仕事があります。

 まあぶっちゃけて言えば、荒事部門です。

 やたらめったら破壊工作をしやがります。

 その後始末の手配も、僕らの仕事です。


 脳筋どもがやたらと破壊活動をするために世話になりまくっている、馴染みの工務店に連絡を入れます。

 大至急修繕してほしいと伝えると「勝手に横入りできない場所だ」といいます。

 工務店にも色々あるらしいですね。まあそうですよね。

 交渉してみるというので任せます。



 タカに連絡すると、タカにもハルから連絡がいっていました。

 タカもヒロのために動けるよう、仕事を調整している最中でした。


 千明さんと明子さんとタカの三人は、タカが大学を卒業してすぐに起業した会社で働いています。

 山にある素材やフラワーアレンジメントの制作、販売をする会社です。

 社長の千明さんを中心に、明子さんとタカが両脇を固める形で運営しています。

 山菜の時期でもあり春休みで観光客が大挙するこの季節、仕事はかなりあるとついこの間言っていました。

 それを、延ばせるものは後回しにし、どうしてもしなければならないものだけに厳選しているところでした。

 社員への指示、スケジュールの変更と調整に追われていました。


「アキちゃんはハルの方にまわす。

 オレは情報処理に入る。

 会社はちーちゃんに任せる」


「わかった」


 それが最善でしょう。


 本当は千明さんもヒロのサポートに入りたいに違いありません。

 それをぐっとこらえて、仕事の責任を果たそうとしている。

 自分の両腕を差し出し、孤軍奮闘しようとしている。

 やっぱり強い女性だと、改めて感じます。

 

 ただ、どうがんばっても調整には明日の午前中までかかるといいます。

 まあ今日今さっき突然の話ですからね。無理もないですね。

 ヒロからなっちゃんの依頼を受けたことなどを話して、電話を切りました。




 事務所に戻ると、修羅場でした。

 所長をはじめ所員全員が血走った目で書類と格闘しています。


 そんな中を、すうと息を吸い込み、腹から声を出します。


「お話があります!」


 僕の大声に、ほとんどの所員が飛び上がりました。

 所長は眉を上げただけ。さすがです。


「能楽師シテ方五家のひとつ、木村家の分家、木村三之助家ですが」


 ぐるりとみんなを見回し、にっこりと笑います。


「潰します」


 僕の笑顔に、ほとんどの所員は青くなっていました。

 きゅっと口を引き結ぶ子もいます。

 そうそう。余計なことは言わないのが賢い生き方ですよ。


 所長の一条さんだけはニヤリと笑って一言。


「――わかった」


 そして、ぐるりと所員を見回します。


「皆、わかったな。そのつもりで動けよ」

「はい」


 所長の声に、所員が息を吹き返しました。


「潰すのは五家の分家ひとつだけか?」


 所長が確認してきます。

 そうか。そうですね。


「最低でもそこは潰します。

 あとは、どうしましょうか。主座様と要相談ですね」


 僕の返事に、所長はフムとひとつうなずきます。

 所長も僕らとクズのあれこれは承知しています。


「主座様ならば、五家全部潰すだろう」

「やりかねませんね」

「方針が決まったら報告するように」

「了解です」


 とりあえず、所長の了承も取りました。

 これで思う存分動けます。




 事務所で仕事を処理していると、またスマホが鳴りました。

 先程の馴染みの工務店でした。

 能楽師の稽古場を建てた工務店に連絡をとったところ、合同ですぐに取りかかってくれるといいます。

 ありがたいことです。

 資材発注など当座の資金が必要だろうから、挨拶を兼ねて持っていくと言ったら断られました。

 先方と一緒にこちらに来てくれるそうです。

 手間をかけて申し訳ない。


「安倍家の仕事を受けると、運気が上がるそうですよ」

 笑いながらそんなことを教えてくれる。


「それにしては宝くじが当たった試しがない」なんて言うものだから一緒になって笑ってしまいました。

 僕も宝くじは当たったことがありません。

 一度くらい当たってみたいものですね。




 悪いときには悪いことが重なるのでしょうか。


 知らない番号からの電話に、眉をひそめました。

 市外局番は、奈良のもの。

 もしやと思いつき、電話に出ました。


 果たして。

 吉野の霊玉守護者(たまもり)くんの家からでした。


「吉野の結界が破れ」「謎のお面があらわれ」

「晃くんが襲われた」「ハクロ様が喰われた」


 正直、意味がわかりません。

 ただ、非常事態であることは理解しました。

 晃くんの無事を確認し、ハルに連絡をとります。


 電話の向こうでハルが苦虫を噛み潰したような顔をしているのが見なくてもわかりました。


「………折り返す」


 それだけ言って、切れました。

 ハルのその声だけで、大問題が発生したとわかりました。




 しばらくして、ハルから電話がかかってきました。

 ハルは、方針を固めました。

 あれだけ拒否していた霊玉守護者(たまもり)五人を集めることにしたのです。


「五人でないと『(まが)』は封印できないだろう」と。

 そのためにも晃くんを京都に連れてくるように指示されます。


 折り返し吉野の日村家に電話をしました。

 晃くんに京都に来てほしいこと、これから車で迎えに行くと話したら「とんでもない!」と固辞されました。

 逆におじいさんが晃くんを京都に連れて行くと提案されたが、それはまずい。

 今京都は非常事態です。

 おじいさんが来たら、戦力に加えられるかもしれません。

 ハルが「連れて来てもらえ」と指示しなかったということは「来させるな」ということです。

 そのくらい読めるようでなければあの子の父親は勤まりません。

 押し問答の末、晃くんひとりで電車で京都まで来てもらうことになりました。


 ハルに報告したところ、オーケーが出ました。

 そして、晃くんを京都駅で回収したら、そのままトモくん、佑輝くんの家に行って、事情説明ののちそれぞれを回収するよう指示されます。

 明日の僕は運転手兼説明係。

 動けるように仕事を片付けましょう。


 ついでに、初めて電車に乗る晃くんのために、乗り方案内の書類を作りました。

『霊玉守護者顛末奇譚』の初投稿版には「電車の乗り方」のくだりを入れていましたが、改訂版ではごっそり取りました。

この「電車の乗り方 虎の巻」、異世界から落ちてきた『落人』のための日常生活マニュアルにちょっと手を加えて作ったという裏話があったりします。


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