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とある弁護士のつぶやき  作者: ももんがー
1/11

第一話 とある弁護士によるこれまでのいきさつ

新連載です。

拙作『霊玉守護者顛末奇譚』『化狐の報復』の裏側のお話です。

上記二作を読んでなくてもわかるかもしれませんが、読んでいただけるとうれしいてす。

 初めまして。

 僕は安倍(あべ) 晴臣(はるおみ)と申します。

 ここ京都で弁護士をしている、平凡でつまらない男です。

 年齢(とし)ですか? 今四十一歳です。

 ええ。オジサンですよ。ははは。


 さて、今回のお話をするにあたって、まずは僕自身の話をさせてください。


 安倍家はご存知ですか?

 ええ、そうです。

 高い霊力を持つ『能力者』を束ね、ここ京都の結界を守り、『悪しきモノ』から人々を守る、霊能力者集団・安倍家。


 僕は、その当主の一人息子なんです。

 いえいえ。とんでもない。

 僕はそんな大層な者じゃないんです。


 実は、僕には霊力がありませんで。

 ええ。当主の一人息子なのに。

 もうね。『霊力なし』レベルらしいですよ?


 当然『霊力なし』『役立たず』と、一族中からうとまれていました。


 そりゃあしんどかったですよー。

 どれだけ勉強しても何をがんばっても、全ては『霊力なし』の一言で片付けられて『役立たず』の一言で終わっちゃうんですから。

 子供でしたし、世界に絶望してましたよ。

「何で僕なんかが生きてるんだろう」って。


 おっと。暗い話を聞かせてしまいましたね。スミマセン。

 いえいえ。僕はもう平気なんです。

 大学時代に出会った親友と、可愛い奥さん達のおかげで、いろいろ吹っ切れたんです。


 そうそう。次はその親友と奥さん達の話をさせてください。



 僕の親友はタカと言いまして。僕より三歳(みっつ)年上(うえ)です。

 ええ。大学の同級生です。

 最初の授業で声をかけてくれて、仲良くなって。それから一緒に暮らしてたんです。


 ここだけの話、タカはいわゆる震災孤児でして。

 生活費を節約するために同居したんです。


 何でもできて気持ちのいい性格のタカのおかげで、僕は救われたんです。

 僕が『霊力なし』でも『役立たず』でも、タカはバカにしなかった。

 僕を『僕』として大切にしてくれた。

 僕がチカラをつけるのに協力してくれた。支えてくれた。


 タカは、僕の『家族』なんです。


 そうなんです。すごくいいヤツなんです。

 でも、本人に言っちゃダメですよ?

 すぐに調子に乗りますからね。


 そして、僕らはそれぞれの大事な女性に出会った。

 ええ。奥さん達です。

 明子さんと、千明さん。

 従姉妹(いとこ)同士で同級生の彼女達は、そりゃあもう可愛いくって可愛いくって。

 しかも、可愛いだけじゃないんです。

 もうね、ココロが強いというか、芯が一本通ってるというか。

 僕なんか全然敵いませんよ。

 強くて優しくて可愛いなんて、最強ですよね。


 明子さんは僕と、千明さんはタカと結婚してくれました。

 ええ。そうですね。

 普通は結婚したら別々に暮らしますよね。

 いえ、実際タカと千明さんの家は別にあるんです。

 一乗寺に家を建てて、一階を自分達の経営する会社の事務所、二階を自宅にしてるんです。

 でも、市内からちょっと距離があるじゃないですか。

 で、打ち合わせだー納品だーって市内に出てきたら、そのままウチに帰ってくるんです。

 ええ。二人共。

 明子さんのごはんが美味しすぎるのも一因ではありますね。

 遠慮? そんなもの、僕らの間には存在しませんねー。

 僕ら、家族なんで。


 ええ。そうなんてす。

 僕らは『二組の夫婦』ではなく『ひとつの家族』なんです。

 変わってるでしょう?

 


 そのうちに、僕らはそれぞれ息子を授かりました。

 僕と明子さんの息子、ハル。

 タカと千明さんの息子、ヒロ。


 二日違いで生まれた子供達は、そりゃあ可愛かったですよー。

 タカなんか「天使がここに!!」て、大はしゃぎでしたから。

 そういう僕も、息子達の写真を撮りすぎて怒られたんですけどね。


 おっと話がそれた。

 その息子達には事情がありまして。

 イエ。心身共に健康に生まれてきてくれましたよ。ありがたいことです。

 そうではなく。


 実は僕の息子のハルは『転生者』なのです。

 転生者。ご存知ですか?

 そうです。前世の記憶を持ったまま生まれた人のことです。

 ええ。この京都ではわりとよく聞く話ですよね。

 実はウチのハルは、なんと我が安倍家の祖にして大陰明師の、安倍晴明(あべのせいめい)様の生まれ変わりなんです。

 そうなんです。すごいでしょう?

 それだけではないんです。

 なんと今回が十回目の人生だというんです。

 ですよねー。僕もそんな話、聞いたことがありません。

 ですが、可愛い息子がそう言うのです。

 あと、我が家の非公式の書類にも裏付けとなる記載があります。

 なので、僕ら親は、それを信じるだけなのです。


 転生者でもあり、過去の人生では百歳近くまで生きていたというハルは、当然大人びた子供でした。

 それでも可愛いと思うのですから、親とは仕方のない生き物ですね。

 ただ、現代の生活様式は今までのハルの暮らしとは全く異なるようで。

 ええ、そりゃあそうですよね。

 前の人生で死んだときは、僕の父がニ、三歳のときですから…六十五年くらい前ですか。

 まだ市内を路面電車が走っていた時代ですよ。

 テレビはあったけど白黒。

 電話は黒電話。

 SLも運行していたと聞きます。


 そんなハルにとって、現代の暮らしは「異世界に落ちたよう」だそうですよ。

 テレビはカラーで世界中の情報が見られる。

 インターネットでどんな情報も見放題。

 パソコン、ゲーム、スマホ、地下鉄、電子レンジ。

 千年近く「照明といえば行灯(あんどん)やろうそく」の暮らしをしていたハルにとっては、まさに異世界、考えたこともない暮らしだったそうです。

 それもあって、比較的子供らしい面も出ていましたね。

 某メーカーの電車や車のおもちゃにもすごく興味を持っていました。

 部屋いっぱいに線路組みましたよ。僕とタカが。

 いやー、怒られた怒られた。

 でも息子達は大喜びでしたからね。

 奥さん達も最後には折れてくれましたよ。


 ええ、一緒に育ったヒロの存在も、ハルが子供でいられた一因でしょうね。

 一緒に育って、一緒にいろんなことに触れて、一緒に成長しました。


 しあわせな子供時代だったと思います。


 それも、二歳まで。


 ヒロが、余命宣告をされるまで。



 産後の回復が思わしくなく、そのまま入院を余儀なくされた千明さんに代わって、明子さんがヒロも育てることを決めました。

「ひとりもふたりもおんなじです」と言い切った奥さんの頼もしいこと。惚れ直しましたよね。

 タカは千明さんの不在の中、会社を守らないといけませんでした。

 夜泣きをする赤ん坊のいる家では休まらないと、明子さんがタカの夜間出入り禁止を命令しまして。ええ。素敵な奥さんでしょう?

 ですから、ヒロも僕らが育てたんです。

 対外的にはヒロを「タカと千明さんの息子」と言っていますが、僕にとってはヒロも僕の息子です。

 逆にタカもハルを「自分の息子だ」と言っています。


 ええ。

 ウチは、二組の夫婦と二人の子供の、六人家族なんです。



 そのヒロはどうにも水の事故に遭いやすい子供でした。

 僕らがどれだけ気を付けていても、いつの間にか溺れそうになっていたり流されそうになっていたりすることが多かったんです。

 その都度ハルが気付いてくれて事なきを得ていたのですが、さすがにちょっとどうかと思い出しまして。

 二歳のある日、ウチの父に相談してみたんです。


 ウチの父は、先程もお話しましたが、京都ではその名を知らぬ者のない、霊能力者集団・安倍家の当主なんてしてまして。

 なんか『先見(さきみ)』っていう、予知のようなものができるらしいんです。

『霊力なし』の僕にはさっぱりわからないんですけど、政治家やら会社の経営者やらが大金詰んで「見てくれ」ていう程度にはなんか見えるらしいです。


 で、父がウチに来たときに「ちょっと話聞いてほしいんだけど」と相談したんです。


 そしたら。


「この子は十四歳まで生きられない」


 そんなことを言うんです。


 最初に聞いたときは、目の前が真っ白になりましたよ。

 もう、情けないことに、何も考えられなかった。

 ただ、ヒロをぎゅっと抱きしめていました。

 タカが、千明さんが父に怒鳴っているのも。

 明子さんが泣いているのも。

 なんだか、テレビでもみているように現実感がなくて。

 ただただ、膝の上に抱えたヒロを、抱きしめていました。情けないでしょう?

 

 そして、父の言葉を裏付けるように、ハルが否定をしなかった。


 ハルは大陰明師・安倍晴明様の生まれ変わりです。 

 僕にはわからない、すごいことがいろいろできる、らしいです。

 そのハルが、ヒロの余命宣告を否定しない。

 つまりは、そういうことだと、受け入れる他ありませんでした。


 かわりにハルが話してくれたことがあります。

 ヒロは『霊玉守護者(たまもり)』という存在だということです。


 ハルからいろいろ説明されました。

 二歳のハルから。

 これから何が起こりうるか。

 どうすればヒロを助けられるか。

 たくさん、たくさん話をしました。



 それからの僕達はもう必死ですよ。

 少しでもヒロの助けになるように。

 少しでもヒロの力になるように。

 がむしゃらに動きました。


 ヒロ自身も修行をはじめました。

 ハルがヒロを鍛えると言って、ウチの山で二人でいろいろしていました。

 僕らにはそれを止めることはできなかった。

 ヒロがつらさのあまり泣いても、やめさせることも、手助けすることもできなかった。


 僕らにできたのは、僕らに隠れてひとりで泣くヒロを見つけ、ただ抱きしめるだけ。

 つらそうなヒロを見て心を痛めているのに、それを隠して厳しく指導しているハルを抱きしめるだけ。


 情けない親です。


 そうしているうちに、ヒロは「ほかの霊玉守護者(たまもり)にあいたい」と言うようになったんです。

 気持ちはよくわかりました。

 その頃にはハルが調べて、ヒロの他に四人の霊玉守護者(たまもり)がいることはわかっていました。

 しかもみんなハルとヒロと同い年の男の子。

 自分と同じように大変な思いをしている子がいるなら、会ってみたいと思うのは人として当たり前の気持ちです。


 ハルは反対しました。

「何が起こるかわからない」と何度も何度も言いました。

 何でか聞いたら「昔、霊玉守護者(たまもり)五人が出会ったことで、封印が解けて大変なことになった」と話してくれました。


「それなら、ひとりずつ会うのはどうなんだ?」と僕が提案しまして。

 それで、ハルが折れてくれました。

 必ずハルが同行すること、僕かタカのどちらかも必ず同行することを条件として。


 単なる運転手としてだけではなく、ヒロに何かあったときにハルでは運べないから、僕らの同行を条件としたのでしょうね。


 あの頃のハルは、常にピリピリしていました。

 ヒロが心配で心配で、いろいろ手を打っていました。

 四歳では考えられない量の仕事もしていました。

 最悪を常に考えていました。


 そんなハルが、霊玉守護者(たまもり)のひとりに初めて会ったときに、ふっと力がぬけたんです。

 ハルのそんな反応は初めてで、どうしたのかと聞いてみると「昔の友達だ」と教えてくれました。

「あいつが一緒なら、なんとかなるかもしれない」とまで言うんです。驚きました。


 その子は、ハルのことは知らないようでした。

「記憶がないから当たり前だ」とハルが言いました。

 どうも、前世で友達だったようです。

 転生者のハルは記憶があるからわかるけど、そうでない彼にはわからない。

 よくわからないけど、そういうものらしいです。


 霊玉守護者(たまもり)の子に会うことで、ヒロは明るくなりました。

 修行もがんばれました。

 そしてハルも明るくなりました。

 会いに行ってよかったと、タカと胸をなでおろしました。

 ひとりだけ奈良県の吉野の子がいまして、時間的な問題でさすがにそこまでは会いに行けませんでしたが、ほかの三人と会うことで、ヒロは明るく元気になりました。


 三人のうちのひとり、なっちゃんと遊んでいるときは、特に楽しそうでした。

 他の二人は結界の関係上、部屋の中でおしゃべりするぐらいしかできませんでしたが、なっちゃんと会っていたのは神社の境内。広い結界の中でした。

 神社の境内いっぱい使って遊びまくりました。

 ヒロもハルも、それはそれは楽しそうで。

 見ている僕らもうれしかったです。



 なっちゃんのお母さんはシングルマザーでした。

 気になってちょっと調べて、正直胸クソ悪くなりました。


 なっちゃんのお母さんは舞上手で有名な芸妓さんでした。

 その彼女に、とある能楽師が目をつけた。

 その時六十五歳を超えていた能楽師は、彼女に薬を飲ませ、無理矢理コトに及んだのです。

 早い話が、強姦です。犯罪です。

 本人の合意もなく、無理矢理、―――、なんて。しかも、―――、―――、―――…………。


 ……失礼。怒りのあまり、汚い言葉が漏れ出てしまいました。


 最初にお話しましたが、僕はずっと『役立たず』と一族でないがしろにされていまして。

 他人をないがしろにする人間が大嫌いなんです。

 その上女性に対して最低最悪なことをしでかしたわけでしょう?

 もう、クズですよね。

 いや、クズなんて表現、クズに失礼ですね。

 カス…。ゴミ…。虫けら…。

 うーん、いい言葉が出てきません。

 とりあえず、クズで。


 とにかく、最低なジジイに最悪なことをされた結果、なっちゃんが生まれた。

 ひとりの人間としても弁護士としても、当然警察に訴え出ていると思っていたら、驚くべきことに、なっちゃんお母さんはそれらの手続きをしていなかったんです。

 まだ若かったなっちゃんお母さんの醜聞を心配した周りが、隠すことを決めたからです。

 ところが、なっちゃんを身ごもった。

 気付いたときにはもう堕ろせない時期だった。

 隠しきれないですよねー。


 そのまま警察に言うことも、相手に訴訟を起こすこともなく来ているときいて、もう、腹が立ちましたよ。

 もっと自分を大切にしろと。

 なっちゃんお母さんと、そのお母さん――なっちゃんのおばあちゃん、二人並べて説教しました。

 いろいろ話をして、話を聞いて、説明して、なっちゃんお母さんの代理人になりました。

 彼女に代わって彼女の受けた被害を訴えました。

 が、もう何年も経っていることもあって、思ったような完全勝利とはいきませんでした。

 僕にできたのはクズから謝罪金を巻き上げること、なっちゃんを育てることを認めさせることだけでした。


 …クズを社会的に抹殺したかったんですが……。

 おっと失礼。顔がこわかったですか?

 よく言われるんですよー。気をつけないとですね。


 クズを抹殺することよりもなっちゃんお母さんが重要視したのが、なっちゃんが男の子だとバレないことでした。

 ええ。なっちゃんは女の子として育てられていたんです。

 というのも、あのクズに渡さないためでした。

 どういうわけか、クズが欲しいのは男の子だけで、女の子はいらないのだそうです。

 それもあって、余計な興味を持たれないために、訴訟も警察にも訴え出なかったと話してくれました。


 男の子だとバレたら、あの男はどんな手段を使ってもなっちゃんを奪いに来る。

 たとえ自らが滅びの道を歩むことになっても。

 それだけは嫌だと言うなっちゃんお母さんに、京都を出ることを提案しました。

 他ならぬハルの案です。


 小学校に上がれば、身体測定がある。プールもある。

 そうなっては、男の子だということがバレてしまう。

 どうすればいいかと考え考え、「いっそあのクズの手の届かないところへ逃がそう」という案が出たんです。

 幸いなっちゃんお母さんはトップクラスの芸妓として英語がペラペラでした。

 語学力をアピールして就職先を探したら、島根県の出雲で外国向けの広報を探していたので、これ幸いと応募したら、受かったんです。

 出雲ならばさすがのクズもわからないでしょう。

 念の為に役所に話を通して、追跡できないようにしました。

 これで安心。

 そう思った矢先。



 なっちゃんのお母さんが、交通事故で亡くなりました。

 子供達は、まだ五歳でした。



 なっちゃんのお母さんが亡くなった時のヒロの荒れようはそりゃあすさまじかったです。

 泣き叫び、暴れました。

「ぼくのせいだ」ってずっと泣いて、自分を傷つけようとしました。

『霊力なし』の僕しかヒロの側によれなかった。

 ハルも、タカも、奥さん達も、ヒロに近寄ろうとした途端弾かれるんです。

 わけが分からなかったです。

 とにかく、僕にしかできないなら僕がやると、ずっとヒロを抱きしめていました。

 そうしないと、ヒロは自分を傷つけるから。



 だから、対処が遅れたんです。



 通夜に行ったタカが青い顔で帰って来ました。

「なっちゃんが連れて行かれた」と。

 ニュースでなっちゃんが男の子だと報道されていたらしく、クズがなっちゃんを連れて行ったそうなのです。

 タカが行ったときにはもう、連れ去られた後でした。

 警察も来ていたが、それよりも、救急車がどんどん出ていくところだった。

 なっちゃんを助けようとした人達が、なっちゃんの霊力の暴走に巻き込まれ、倒れて、救急車で運ばれていった。


 なっちゃんのおばあちゃんも。


 ヒロは賢い子です。

 タカがハルを呼んだ、たったそれだけで、何かあったと察しました。

 荒ぶるヒロの覇気に当てられたタカは、白状する以外できませんでした。

 ハルもヒロを抑えられなかった。

 そして。


 ヒロも、暴走しました。


 タカも奥さん達も、ハルですら動けなくなり、僕がヒロをずっと抱きしめていました。

 ウチは常にハルが強い結界を張っているらしく、ヒロの暴走が外に漏れることはありませんでした。

 だからヒロが落ち着くまで、正確には暴走した霊力が空っぽになってヒロが気を失うまで、僕がずっとヒロを抱きしめて押さえて、なだめていました。

 そうやって数日の間、目が覚めるたびに暴れるヒロを押さえていました。


 ヒロが気を失ったスキに、明子さんがハルとタカと千明さんをウチから連れ出しました。

 僕が動けない分、タカを動かして、なっちゃんとなっちゃんお母さん、なっちゃんおばあちゃんのことを調べて手配してくれました。

 身内がほとんど入院してしまい宙ぶらりんになったなっちゃんお母さんの葬儀も、その後の火葬その他の手続きも全て、明子さんが手配しました。

 なっちゃんのおばあちゃんはそのまま亡くなりました。

 その葬儀その他も明子さんが全て手配しました。

 人脈を調べ、采配し、納まるべきところに全て納めました。


 僕の奥さんは、すごい人です。

 ホント、敵いません。


 ただ、なっちゃんに関しては手を出せませんでした。

 タカもかなりがんばってくれましたが、警察も児童相談所も、クズの出してきたDNA鑑定の前に二の足を踏みました。



 僕らが動けるようになったときには、なっちゃんはもう以前のなっちゃんではありませんでした。



 キラキラと輝いていた猫のような瞳は昏く濁り、表情は消え失せていました。

 何を言っても、何を聞いても首を振るだけ。

「ここから出たくないか」と水を向けても「どうでもいい」としか答えない。

「おかあちゃんに会いたい」

 それしか望みがない。

 自分の置かれている境遇も、自分が生きることも、自分の生命でさえも「どうでもいい」という彼に、泣きそうになりました。


 もうね。自分が不甲斐なくて。

 弁護士なのに、何もできない。

 大人なのに、何もできない。

 何もかも拒絶した子供ひとり助けることができない。

 でも、僕にはヘコむことも嘆くことも許されなかったんです。


 そんなことしたら、余計にヒロが自分を責めるから。


 変わり果てたなっちゃんに、ヒロはひどくショックを受けていました。

 でも、ハルが言ったんです。


「泣くヒマがあったら、ナツのために何ができるか考えろ」って。


 その言葉には、僕もハッとさせられました。

 そうだ。なっちゃんのために、できることは何だ。

 ハルとヒロと話し合い、色々とやってみました。

 クズが見栄のためか、なっちゃんを有名私立小学校に入れたので、ハルとヒロも同じ学校に入りました。

 その時理事長達によーくよくお願いをして、なっちゃんとずっと同じクラスになるようにしてもらいました。

 なっちゃんを我が家でかくまったこともあります。

 が、クズがすぐに騒ぎ立て、気を使ったなっちゃんが抜け出してしまいました。

 ハルとヒロは法律ギリギリのラインを攻めたりしていましたが、なかなかうまくいきません。


 不幸中の幸いだったのが、ヒロが前向きになったことです。

「なっちゃんのために」と、片っ端からハルと取り組んでいました。

 学校の勉強やなっちゃんに食べさせる料理だけでなく、法律や過去の判例についても調べていました。

 もちろん自分の修行も手を抜きません。

 むしろ、以前にも増して厳しく修行していたようです。

 様々な術を身につけたと言っていました。

『霊力なし』の僕にはわかりません。

 その身につけた術で、なっちゃんを助けられないか、試行錯誤していました。


 ヒロは、泣かなくなりました。

 どれだけつらい修行にも、なっちゃんのことでクズに心無い扱いを受けても、全く泣かなくなりました。


 ちいさいときには「こわいよぉ」「いやだよぉ」としょっちゅう泣いていたのに。

 それらを全部押し込めて、必死に前を向いているのは、頼もしい反面、可哀想でなりません。


 ハルもヒロも、ヒロの余命宣告のことを忘れていません。

 それまでになっちゃんを助けようと、必死なのでしょう。

 ただ、当のなっちゃん自身が「どうでもいい」と自分自身をないがしろにしているので、なかなかうまくいかないのが現状です。


 僕もなっちゃんの代理人にはなれましたが、それ以上踏み込むことができません。

 なっちゃん自身から「ここにいたくない」「助けて」という言葉を引き出せない限り、僕は動けないのです。

 何とか言葉を引き出そうと毎回毎回やってみるのですが、彼からでてくる言葉は「どうでもいい」と「おかあちゃんに会いたい」のふたつだけ。

 一度ハルが幻術でお母さんを見せたのですが、すぐに「ニセモノだ」と見抜かれたそうです。

 適当な言葉では、彼の信用を失ってしまうのが理解できるから「お母さんに会うためにここを出よう」なんてことも言えません。

 いっそなっちゃんが行方不明になったことにして、勝手に動けたらいいのですが。

 いやいや、こんなこと、弁護士が言っていい言葉じゃないですね。失礼しました。




 息子達は中学生になりました。

 父の『先見』では、ヒロは十四歳まで生きられない。

 もう来月には中学二年生。

 ハルとヒロは、四月が誕生日。

 十四歳まで、あと少しです。


 もう、時間がありません。


 このまま何事もなく『先見』が外れるのかもしれません。

 そうだったらどんなにいいことか。



 ちいさな頃から必死で修行に励んできたウチの息子達は、それはそれはいい男に成長したんですよ。

 勉強もよくできますし、もちろんスポーツだって万能です。

 男子校なので女の子から声をかけられるなんてことはないですが、どうも近隣の学校の女の子達の噂にのぼっているらしいです。


 最近はちょっと思春期なのか反抗期なのか、抱きしめようとすると嫌がるようになってさみしい限りですが、それも成長のあらわれと思うと感慨深いものがありまして…。


 

 おっとすみません。話がそれてしまいましたね。

 いやいや、息子達の可愛さを口にすると止まらなくていけません。

 顔立ちにはまだ幼さが残るものの、もうすっかり身体も大きくなって青年といっていいくらいなのにね。

 

 ですが、親にとっては子供が大きくなってもいくつになっても子供は子供なんです。

 可愛くて仕方ないんです。

 母が四十歳(しじゅう)を越えた僕をいつまでも子供扱いするのですが、それも同じなのかもしれませんね。

『化狐の報復』も『霊力なし〜』も、高評価をつけていただきました!

評価くださった方、ありがとうございます!!

とってもうれしいです!!

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