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ポナの季節  作者: 大橋むつお
9/92

9『花金の浅草三社祭なんだけど……』   


ポナの季節・9

『花金の浅草三社祭なんだけど……』   





 ポナとは:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名




 今日のポナは落ち着きがない。


 なんといっても浅草三社祭の大行列の日なのだから。


 小さいころに、亡くなったお祖父ちゃんに連れられて、よく見物に行ったものだ。ポナはお祭りが好きだ。



 普段はよそよそしい東京の人間も、浅草の三社祭と神田明神のお祭りでは、江戸っ子としてのアイデンティティーを共有できて、みんなが「仲間」って感じになれる。

 去年までは中学校の創立記念日が十五日だったので、三年連続でみなみたちといっしょに観にいけた。


――いまごろ神輿の渡御だろうな……――


 そう思うと気もそぞろだった。

 ところが、四時間目の社会の八重桜は、違う意味で興奮していた。


 八重桜の本名は桜田順三だけど、ハナよりハが前にでているので、入学早々ポナが付けたあだ名だ。一度間違えてあだ名で呼んだことがある。

「八重桜先生!」

 言ってから「しまった」とおもったが、八重桜は何を勘違いしたのか、ニコニコ顔で振り返った。

「なんだい、寺沢新子くん」

 ポナは驚いた。百人以上の生徒を教えていて、自分のフルネームを覚えてくれたからである。

「先生、名前覚えるの早いですね!」

「君のは特殊だからね」

 たしかに『新子』は珍しい。しかし、マツコ・デラックスほどではないし、寺沢は平凡の部類に入る。

「君の名前は、『青い山脈』の主人公と同じ名前だから」


 え……と思った。ポナは「青い山脈」を知らなかった。



 でも、お互い名前の事で意気投合してしまった。ただ、八重桜の意味は「桜田」という苗字からだという苦しい言い訳をしなければならなかったし、当番で集めたクラス全員分のノートを渡すのも忘れてしまった。


 その八重桜が興奮している。


「戦争法案が閣議決定されてしまった!」

 Aテレビのニュース解説者のようなことを言いだして、ポナの夢心地を吹き飛ばしてしまった。

「これで自衛隊の隊員たちは、いつ戦場におくりこまれるかもしれなくなったんだ!」



 安保法案のことだとは分かったが、決めつけた言い方は気に入らなかった。気に入らないと、すぐに相手を睨みつけてしまう癖が出てしまった。



「おや、なんだか一言ありそうだね新子くん」

「この法案は戦争をしないための法案なんです!」

「新子くん、ぼくの話し聞いてた? 自衛隊が戦える条件を増やす法案なんだよ。危なくなって当然じゃないか、先生には軍靴の響きが聞こえるよ」

「違います。法案が抑止力になるんです、不十分ですけど」

「これで不十分? 恐れ入るね」

「軍隊は、細々した法律はいらないんです。分かります? 細々と、あれはしていいこれはしていいというのは縛りすぎて抑止力にならないんです。だから、中国の海軍なんかに舐められるんです。軍隊には、してはいけないことを少しだけ決めておけばいいんです」

 ポナと八重桜が真剣になってきたので、クラスの大半は「関係ない」という顔をしている。奈菜だけが顔を向けて消極的だけど応援の姿勢を見せてくれている。

「ほう、例えばどんな?」

「平時において、相手を威嚇してはならない。命令によらない攻撃をしてはならない。国際法を逸脱するような軍事行動をとってはいけない。これくらいです」

「あとは、なんでもあり?」

「そうです。だからこそ抑止力って、軍隊の本来の任務が遂行できるんです。今度の法案は、そこまでいかないけど、少しは進歩したんです」

 ポナは、まくしたてながら、普段煙たく感じている大ニイの理屈を言っている自分が、正しいような、もどかしいような変な気持ちになった。

「君の考えは、少し偏向してるように感じるね」

「日本人で一番戦争をしたくないのは自衛隊なんです。なぜなら自衛隊の最大の任務は戦争をすることじゃなくて、戦争の抑止だからです」

「新子くん、きみ、身内に自衛隊の人いるんじゃないの?」

「います、上の兄が海上自衛隊です。でも、この考えは、あたし自身のものです」

 新子は、頭がぐらりとして思わず机に手を突いた。

「先生、気分悪いから保健室に行ってきます」


 ポナは、そのまま保健室へ行ってしまった。


 保健室では、養護教諭のエミちゃん先生が、パソコンで三社祭のライブを流してくれた。

「なんだか、お祭りのオジサンたちって江戸時代から、ずっと生きてきたように見えるわね」

 何気ない言葉だったが、ポナは、少し救われたような気がした。





※ ポナの家族構成と主な知り合い



父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師

母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん

長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉

次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員

長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官

次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ

三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )

ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。


 高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)

 支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子




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