29『チイニイの場合』
ポナの季節・29
『チイニイの場合』
ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名
「寺沢先生!」
四時間目の授業を終えて階段を下りていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「おう、高畑くん。ポナのことじゃ世話になったね」
「あの、食堂だったらいっしょにいきません?」
見当違いの答えがかえってきたが0・5秒で理解できた。ポナの話をしたがっているが食堂はすぐに満席になるので高畑奈菜は急いでいるんだ。
「ああいいよ、ランチ食いながら話そう」
チイニイの孝史はランチとたぬきそばをトレーにのせている。ポナのララランチと同じなんで、奈菜は少しおかしくなった。
「ポナ、世田谷の準ミスになったんですね」
興味津々と言う顔で、ランチのサラダをつつきながら奈菜が聞いた。孝史は高校生の、こういうむき出しの好奇心が好きだ。孝史は、そんな歳でもないのだが、こういう表情が無意識にできなくなっている自分を少し寂しく感じた。
「うん、なんだか本命のあとのプレゼンになって、頭が真っ白になって、思いついたことを次から次に喋ったら、自分の身の上も喋っちまって」
「あの、実の子ではないって……」
「あれが口から出たということは、ポナの中でも前向きになれたっていうことの証拠さ。オレが言うのもなんだけど、ポナはブスじゃないけど、AKBのオーディションを一発で通るほどでもない」
「AKBって……」
「見かけの可愛さだけじゃ合格はできない。サムシンググッドがある子じゃないとね。それと気持ちが前に向いてる子。ポナは潜在的には持っているやつだけど、ポチが死んだのと、自分の身の上が分かったことでしょぼくれてたからね。そんなポナのネジをまいてくれたのがキミとかのお蔭だってことは分かっている。改めて礼を言うよ」
「お礼だなんて、そんな」
「前の仕事だったら、なにかお礼をするとこなんだけど、教師と生徒じゃね」
「お気持ちだけで十分です。あ、ポナがメールで言ってましたけど、お家に戻られてるそうですね?」
「うん、口じゃ言わないけど、親父もお袋も心配している……というのは口実で、家賃がタダで、食費も格安になる。非常勤講師ってのはバイトみたいなもんだからね」
その時、校内放送で孝史を呼ぶアナウンスが聞こえた。
「ちょうど食い終えたタイミング。この学校のやることは無駄がないね。あ、これよかったら使って。ささやかなお礼のつもり」
孝史は、ランチの回数券の残り三枚つづりを置いて、呼び出された理事長室に向かった。
「すまんね、食事中じゃなかったかね?」
とても九十五歳とは思えない元気の良さで理事長が、ノッケに聞いた。
「ちょうど食べ終わったところでした」
「早いね」
「前の仕事が、早メシ早グソの世界でしたから」
「商社の方ですか、警察の方ですか?」
「よくご存じですね」
孝史は悟られない程度に身構えた。普通理事長が非常勤講師の経歴など調べたりしない。この程度の人事は校長の裁量だ。
「もう、この歳になると理事長もお飾りでしてね。元来の人間好きで、つい余計なことに目がいってしまいます。書類を見ると来栖君の元で働いておられたようで、どんな方かと……年寄りの好奇心です。付き合ってやってください」
よもやま話を十分ほどした。その他愛のない話題に孝史は警戒を緩めた。
「そうそう、もし来栖君に会うようなことがあったら、これを渡してやってください」
「前々職なんで、もうお会いすることは……」
「世間は狭い。もし一か月以内に会えなかったら先生のものにしてください。なあに、昔の軍隊手帳ですよ。あ、用事があるのは来栖君のお父さんの方です。軍隊時代の同期でしてね、シャレで作ったレプリカです。ま、よしなに」
孝史は、その一見含羞を含んだような照れ笑いに、久々に化け物のような人間にあったような気がした。
ポナの周辺の人たち
父 寺沢達孝(59歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(49歳) 父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長




