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ポナの季節  作者: 大橋むつお
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1・クリーニングしたての制服


ポナの季節・1《クリーニングしたての制服》               







 ポナは愛犬ポチを連れてクリーニング屋に向かった。


「新子ちゃんのは……これこれ。でも、もう衣替えなの?」

 クリーニング屋のオバサンは、仕上がった制服をカウンターに置きながら不思議そうに聞いた。

「ううん、でも明日から中間服着てもいいから。冬服は十月まで大事にしまっとくの」

「偉いね、制服大事にして。今時の女子高生とは思えないよ」

「だって、初めての自分専用の制服なんだもん」

「そうか、いつもお下がりだったもんね」

「ヘヘ!」


 嬉しそうに笑うと新子はポチのリードを持ち直し、朝日がつくるポチの影を、ポチは新子の影を踏みながら、家に帰る。

 新子は昔通り元気に影を踏んでいくが、ポチは微妙に遅れる。

「ポチも歳かなあ……」

「ワン!」とポチが吠える。まるで「違わい!」と言っているようだ。


 ポチは、新子が生まれた年に上の兄貴が拾ってきた雑種の犬。他の兄姉と歳の離れた新子には、双子の弟のようなものだ。

 都の条例があるので、リードは付けているが、勝手に走ったり、ウロウロしたりはしない。なんせ本人は自分が犬だとは思っていない。


「Im home!」


 ジブリの『耳をすませば』の英語の字幕スーパーで覚えた英語の「ただいま!」と、声を掛ける。

 新子は、成績はイマイチだが英語は好きだ。

「お帰り、ちゃんとナフタリン入れてしまっておくのよ」

「ナフタリンじゃないよ、防虫剤!」

 そう母の言葉を直して二階の六畳へ。

 今は一人で使っているが、去年の三月までは、すぐ上の姉優里といっしょに使っていた。部屋の家具の配置が『耳をすませば』と同じだったので、ますますジブリも『耳をすませば』も好きになってしまった。


 壁には連休前に届いた中間服が掛けてある。制服には珍しい青のギンガムチェック。袖は一見半袖に見えるが白の袖口を伸ばせば長袖になる優れもの。それとクリーニングしたての冬服を並べて掛ける。

 自然とニマニマとした顔になる。


 新子には二人ずつの兄と姉がいる。一番歳の近い優里とも四つ離れている。不思議なことに四年たてば優里と同じ背格好になるので、新子の服はたいてい優里のお下がりだった。優里は服も道具も大事にする子だったので、中学の制服を着てもクリーニングをかければ新品と変わらない。

 それはそれで気にしなかったが、優里とは違う高校に進んだので、人生で初めての自分だけの制服を買ってもらった。


 自分だけのものが、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。


 正直世田谷女学院を選んだのは、単に姉たちの高校へは行きたくないという理由の他に、制服がイケてるというのが大きな理由だった。

 男子がいないというのが、ちょっとつまらなかったが、男とは中学までで十分遊んだ……って、変に大人びた遊びじゃなくて、駆けっこ、木登り、取っ組み合いのケンカまでやってきた。そう言う意味では十分発育した体をしながら、感性は小学生なみではある。

「そろそろしまおうか」

 そう独り言を言った時、スマホが鳴った。メールではなく電話だ。

「はい、ポナ。どうした?」


 電話は、親友の高畑みなみからだ。


 みなみは、小学校からの友だちだが、高校で分かれた。みなみは女優の坂東はるかを出した名門の乃木坂学院。数々のドラマの舞台にもなったが、校風はいたって穏やか。なんの話かと思ったら、こういうことだった。


『明日から中間服なんだけどさ、業者がサイズ間違えてピッチピチ。で、お姉さん乃木坂だったじゃん。もし残してたら、しばらく貸してもらえないかな』

「よかったね、この衣替えで処分しちゃうとこだったよ。待ってな、すぐ持ってってやるから」

『あんがとさん。持つべきものはポナだ。じゃ、よろしく。とんがりコーン買ってお待ち申し上げておりまーす!』


 ちなみに、とんがりコーンは新子の大好物。それと、ポナというニックネーム。これは新子が自分で付けた。


 歳の離れた末っ子を、東京では「みそっかす」という。新子も折に触れて、そう呼ばれた。あんまりな言い方だと思って英語の辞書を引いた。


 みそっかす=a person of no accountとあった。で、その頭文字P・O・N・Aをくっつけて、そう呼んでもらって定着している。家族は時と場合と気分次第で使い分けている。


「ポチ、いくよ!」

 ポナは、またポチと一緒に駆けだした。


 みそっかすポナの物語が始まった。


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