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美冬の苦しみ

「け、け、け、けっ、こん!?」

「君はニワトリなのかね。見苦しい、少し落ち着きなさい」

 

 草太が想定していた覚悟とは180度違う方向に話がいってるのに、冷静でいられるわけがない。必死に呼吸を整える。


「クビじゃなくて、結婚って! なんでそういう話になるんですか?」

「きみが美冬の秘密を知ってしまったからだ」

「秘密? でもあれは、春野主任の首がろくろ首みたいに伸びたのは、夢ですよね」

「昨夜のことを夢と思ってるのかね。やはり小心者だな、きみは」


 情けないが、否定はできなかった。しかし夢と思って気持ちを切り替えないと、仕事に集中できない気がしたのだ。


「夢と思うのはかまわんが、現実の話だ。わたしの娘の春野美冬は、ろくろ首の遺伝子を継いでいる。ゆえに首が伸びるのだ」


 商品解説のような簡潔でわかりやすい説明。さすがは社長だと思った。

 かといって、簡単に納得できる話ではない気がした。現代日本において、ろくろ首のように首が伸びる女性など聞いたことがない。


「首が伸びようが、伸びまいが、たいした問題ではない」


 きっぱりと告げる。「重大な問題だと思いますが」と言いたかったが、いろいろと面倒なことになりそうなので、必死に堪えた。


「美冬はな、我が六野家の守り神であり、天使……! なのだよ」


 六野社長は片手を振り上げ力説(りきせつ)する。娘のことを思い出しているのか、うっとりとした恍惚(こうこつ)な表情をしている。どうやら社長は親バカらしい。それも相当重症なレベルで。


「首が伸びる天使って、いるんですか?」


 本音がポロリとこぼれてしまった。草太はしまったと思ったが、後の祭り。六野社長はじろりと(にら)み、デスクを叩いた。


「貴様なんぞに美冬の素晴らしさがわかるものか!」

  

 余計なひとことのために、社長の逆鱗(げきりん)にふれてしまったのだ。なだめないと、身の危険すら感じるほどだ。

 

「天使かどうかはわかりませんが、優しくて素敵な人だと思ってます」


 草太は必死に弁明した。嘘ではない。春野美冬は草太にとって憧れの人。首が伸びる姿を目撃しても、それは変わらない気がした。

 草太の真摯(しんし)な眼差しに社長が一瞬たじろいだ。それを待っていたかのように、社長室横の扉が開いた。


「待って、お父さん。詳しい説明は私からするわ」


 草太の上司であり、六野社長が「私の天使」といった愛娘、春野美冬だった。



「草太くん、ごめんなさい。驚いたでしょう?」


 草太と春野美冬は社長室の隣に移動した。社長のプライベートルームになっているらしい。仮眠のためなのか、簡素なベットとソファー、パソコン、テレビその他、私物と思われるものがいくつか置かれている。


「適当に座ってちょうだい。父には席を外してもらったから安心して。さて、まず何から説明しましょうか」


 草太を見つめ、優しく微笑む。その優美(ゆうび)な姿に、思わず見とれてしまう。昨夜のことは幻だったのではないかと思ってしまうほどだ。


「六野社長の娘さんなんですね。名字が違うから想像もしなかったです」

「父の旧姓を名乗ってるの。父は婿(むこ)として六野家の一人娘だった母と結婚したから。社長の娘として入社すると、縁故(えんこ)と思われて、いろいろとやりにくくなるしね」


 たしかに社長の娘として入社したなら、出世は親の力と思われてしまうだろう。それは草太にも十分理解できた。


「あの、夢じゃないんですよね。主任の首が、ろくろ首みたいに伸びたのって」

「ふふふ。草太くん、夢と思ってるのね。残念ながら現実よ」


 あれは夢じゃなかったのか。出来ることなら夢と思いたかった。


(美冬さんに、なんて言ったらいいんだ? 『主任は妖怪だったんですね』とか? 『全然気にしてませんよ、首が伸びるなんてたいした問題じゃないですよ~』とか? だめだ、どれも今の主任に言っていいのかわからない)

 

 どう反応していいのかわからず固まってしまった草太を、美冬は悲しげな微笑みで、優しく対応してくれた。


「私もね、夢と思いたかった。『これは悪い夢だ、いつか覚めるの』って何度思ったかしれないわ。妖怪みたいに首が伸びるのは、自分が見てる夢の話で、いつか私は普通の人間になれるんだって」


 春野は哀しげに微笑んだ。夢だ、幻覚を見たんだ、と言い放つこともできたろうに、正直に話してくれることがどこか嬉しかった。


「あの、聞いてもいいですか?」

「いいわよ。私の話を信じてくれるなら、だけど」

「信じます。主任は嘘を言う人ではないですから」


 草太の言葉に安心したのか、美冬は少しだけ嬉しそうに笑った。


「主任は夢と思いたかったって今言いましたよね。主任はずっと悩んできたんですか? 首が伸びることを」


 やや直球すぎる気もしたが、聞いてみたいと思ったのだ。部下としてではなく、ひとりの人間として美冬のことを少しでも理解したかったから。

 首が伸びる姿を見ても、春野美冬という人を(さげす)む気にはなれなかった。ならば、事情を聞いて少しでも理解したい。

 美冬は草太の質問を()みしめるように、ゆっくりと答えてくれた。


「ええ、ずっと悩んできたわ。だって誰にも言えないじゃない?『私の悩みは首が伸びることです』なんて言ったら、変わった人って思われるだけだもの。誰も信じてくれないわ」


 美冬は自嘲気味(じちょうぎみ)に笑った。悲哀(ひあい)を伴った笑いは、草太の心に深く突き刺さった。


(この人は、ずっと孤独だったんだ。誰にも言えない苦しみを抱えて)


「どうして、美冬さんの首は伸びるんですか? 社長は『ろくろ首の遺伝子を継いでいる』と言ってましたけど」

「それは私の御先祖にろくろ首がいたから、と聞いているわ。六野家に代々伝わる伝承があるの。それを聞いてくれたら、理解できると思う。嘘みたいな話だけど、草太くんは信じてくれる?」


 草太は黙って頷いた。


「ありがとう。ちょっと長い話になるわ……」


 六野家に伝わる伝承。それは草太にとって運命を変える話でもあった。



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