永遠に幸せを
今話で完結となります。
「あ~やっと体を伸ばせるっ!」
窮屈な新郎の服装から開放され、草太はベッドに飛び込むように横になると、う~んと体を伸ばした。
「本当に大変だったものね。私も疲れたわ」
結婚式と披露宴を終え、草太と美冬はホテルの一室にいた。ここで一泊した後、ハネムーンへ行く予定だ。
「大変だったけど、幸せだったね」
「ええ。この日を私は一生忘れないわ」
美冬は草太の横に腰掛けると、覆いかぶさるように顔を寄せ、草太の唇にそっとキスをした。美冬からのキスは珍しく、草太は美冬の行動に少し驚いてしまった。
「美冬からのキスだ。嬉しいなぁ。もう一回してよ」
「もう。草太ったら」
美冬は笑いながら、草太の唇にもう少し長くキスをした。その隙に、草太は美冬の細い腰に腕を回すと、そのままベッドに押し倒した。驚く美冬を囲むように腕を両脇に置くと、美しい美冬の顔を眺める。
「今日から美冬は僕の妻だ」
「ええ。私はあなたの妻で、草太は私の夫よ」
「もう夫婦になったから、今晩は朝まで一緒に過ごせるよね?」
草太はこの時をずっと待っていたのだ。美冬が許してくれるまで、ひたすら待ち続けた。
美冬の頬が赤く染まっていく。恥ずかしそうに顔を少し背けるが、抵抗はしなかった。草太は美冬の唇にキスをして、白い首にもキスをしていく。美冬の艷やかな首には、草太がプレゼントしたネックレスがつけらえていた。
「今日は首を伸ばさないんだね」
「本当は伸ばしたいのよ? ……でも我慢してるの。私もこの日をずっと待っていたから」
「美冬も我慢してたの?」
「そうよ、私も我慢してたの。結婚前にあなたと夜を共にしたら、草太にべったり甘えてしまいそうだもの」
意地っ張りな美冬らしいいい訳だった。ツンとすました顔で答えるところが、少し憎たらしくて、また可愛かった。
「今でも十分、べったり甘えてると思うけど?」
「そんなことないわ。私はあなたより年上だもの」
「年上のわりに、今日は泣いてばかりだったよね?」
「だって……嬉しくて」
「僕もだよ。この時を、美冬を僕のものだけにできる日を、ずっと待っていたんだ」
「草太……私をあなたの妻にしてください」
美冬は草太に身を任せ、そっと目を瞑った。全てを草太に委ねようと思ったのだ。鼓動はどんどん早くなり、うっかり首を伸ばしてしまわないように自分を抑えながら、草太のものになるのを、じっと待った。
しかし、どれだけ待っても、草太は美冬にキス以上のことをしてこない。
「草太……?」
美冬はおそるおそる目を開けた。自分の体に覆いかぶさるように見つめていた草太の姿がない。
「草太? どこ?」
慌てて周囲を見渡すと、草太は美冬の横ですやすやと眠っていた。実に気持ち良さそうに、子供のようなあどけない寝顔で眠っている。
美冬は何が起きたのかわからず、しばし呆然となって眠る草太を見つめた。
「草太、寝てしまったの?」
思えば、草太は昨日からあちこちを走り回り、結婚式場に向かうために全速力で走ってきた。加えて結婚式と披露宴の緊張と気疲れ。体力にはそれなりに自信があった草太とはいえ、とっくに限界を超えていたのだ。
美冬は草太がどれだけ疲れていたか、ようやく思い出した。
「草太、お疲れ様。今日のあなたは本当にステキだったわ。惚れ直してしまうほどにね。今日はゆっくり眠って」
美冬の告白は、草太の耳には届いていない。美冬は草太にふとんをかけてあげると、その頬にキスをした。
「結婚初夜は、また今度ね。おやすみ」
美冬は部屋のライトを落として、化粧を落とすべくシャワールームへ向かった。
草太はそのままぐっすりと眠ってしまった。予定では美冬と甘い夜を過ごすはずだったのに、疲れと安心感で眠気に勝てなくなったのだ。
どれだけ寝ていただろう、草太はいつまにか夢を見ていた。
その夢の中で、草太は着物を着た男性だった。
傍らには美しい妻がいた。妻は夫と一緒にいるときだけ、白い首をしゅるしゅると伸ばし、楽しそうに首を揺らしている。
「およう。お前と一緒になれて、わたしは本当に嬉しいのだ」
「いいえ、旦那様。それは私の言葉でございます。私は人ならざる者ですのに、旦那様は私を人と同じように、いいえ、それ以上に愛して大切にしてくださる。私ほど幸せなあやかしはおりませぬ。私は旦那様に誓いましょう。六野家の子孫が永遠に幸せであれるよう、守っていくことを」
「おようがそこまで背負う必要はない」
「いいえ。これは私が望んだこと。人とあやかしが、共に手を取り合って生きていける世の中になれるよう、願うからでございます」
「ならば、わたしは天に召されても、そなたを愛し続けよう」
旦那様と呼ばれた男とおようは幸せそうに微笑むと、しかと抱き合った。
草太はそこで目を覚ました。目に飛び込んできたのは、見慣れぬホテルの一室。こちらが現実だと気づくのに、しばし時間が必要だった。
草太が起きたことに気付いたのか、横で眠っていた美冬も目を開けた。
「夢を見ていたんだ。夢の中におようさんがいた」
「草太も見たの? 私もよ。夢の中でおようさんと六野家当主がいて、おようさんが六野家の子孫を守っていくって誓っていたわ」
「それ、僕が見た夢と同じ! ひょっとして僕たち同じ夢を見てたのかな?」
「どうやら、そうみたいね」
なんとも奇妙な話だが、不思議と疑う気にはなれなかった。
「おようさんは、今も僕たちを守ってくれてるんだね」
美冬は静かに頷くと、草太に体を預けた。
「おようさんのためにも、私達幸せにならないといけないわね」
「うん。幸せになろうね。ところで美冬。ひとつ確認したいんだけど」
「なぁに?」
「僕ってその、昨夜美冬に何かした? 何にも覚えてないんだけど」
美冬はわずかに目を見開くと、そのまま悲しそうにうつむいてしまった。
「酷いわ、草太。忘れてしまったのね。昨夜のあなたは、あんなに情熱的だったのに」
「じゃあ僕、なんにも覚えてないのに、することだけはしちゃったの? そんなぁ……。楽しみにしてたのにあんまりだよ……」
自らの不甲斐なさを恥じ、肩を落として落ち込む草太であった。
「ふふ、うふふ、うふふふ……」
うつむいた美冬から、微かな笑い声が聞こえてきた。
「美冬……?」
そっと美冬の肩に手を置くと、美冬は顔をあげ、楽しそうに笑い始めた。
「ごねんね、草太。あなたがあんまり可愛いんだもの。昨夜はね、キスをしただけで何もなかったわ。あなたは眠ってしまったもの。あなたの寝顔、可愛くて最高だった」
からかわれていたことにようやく気付いた草太は、みるみる顔が赤くなっていく。
「美冬~! 仕返しだっ!!」
恥ずかしさを隠すように、草太は美冬に飛びかかると、そのままベッドに押し倒した。
「きゃっ! 草太、びっくりするじゃない」
「僕をだます美冬がいけないんだ!」
「ごめん、ごめんね。でも慌てなくても大丈夫。これからはずっと一緒にいられるんだもの。夜はこれからも続くのよ?」
「夜まで待てないよ。このまま昨夜の続きを……」
美冬に覆いかぶさるようにキスをしようとした。しかし、美冬の手が草太の体をぐいっと押し返した。
「残念。今日はハネムーンに行くんでしょ? 空港に行って手続きしないと」
「そ、そんなぁ~」
美冬はころころと笑っている。草太の頭を撫でると、その頬に優しくキスをした。
「お楽しみは夜ね。さぁ、新婚旅行に行きましょう! とても楽しみにしてたの。だって私、学校の修学旅行にさえ行ってないんだもの」
美冬の目がきらきらと輝いている。こうなったら、草太がどう言っても無駄なことは経験から知っていた。
「リラックスすると首が伸びちゃう僕の奥さんは、修学旅行も行けなかったんだね」
「そうよ。だから新婚旅行、すっごく楽しみ!」
子供のように無邪気に喜ぶ姿を、草太は微笑ましく見守った。
(全く、どっちが子供っぽいんだか。でも、美冬が幸せならいいか)
「じゃあまずはホテルのモーニングを食べて、それから準備しよう」
「そうね、そうしましょう」
心ここにあらずといった妻をなだめながら、草太と美冬はホテルの部屋を後にした。
焦ることはない。まだ夜はこれからも続く。僕たちはもう、夫婦になったのだから。二人だけの思い出と幸せを、共に作っていこう。草太は自らに言い聞かせ、己の心と体をなだめるのだった。
草太と美冬、そしてろくろ首に守られた六野家は、これからも永遠に幸せを紡いでいくのだ。
了
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