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ハッピーウェディング

 荘厳なチャペルでタキシードを着た草太が、美冬を待っている。

 汗だくになり髪もくしゃくしゃになった草太だったが、優秀な式場スタッフの卓越した技術により、草太は立派な花婿へと変身を遂げていた。


「お待たせ致しました。御新婦様の入場です」


 スッタフによって扉が開け放たてられると、優しい光がチャペルを包み込む。

 光の中から、宗次郎にエスコートされた美冬が現れた。ゆっくりと草太に向かってバージンロードを進んでくる。

 この時をどれだけ待ったことだろう? 草太は万感の思いで美冬を見つめた。これまで様々なことがあった。決して平坦な道のりではなかった。

 スタッフに促され、草太は美冬を迎えるためバージンロードを少し進む。宗次郎の腕から手を離した美冬が、草太の手を取ると、二人は体を神父へと向き直して並んだ。神父によって結婚の誓約が伝えられる。


「あなたは六野美冬を妻とし、その健やかな時も、病む時も、豊かな時も、乏しい時も、彼女を愛し、彼女を敬い、彼女を慰め、彼女を助け、その命のかぎり、かたく節操を守ることを誓いますか?」


 少し早くなった鼓動を感じながら、静かに、けれど力強く愛を誓う。


「はい、誓います」


 神父は美冬に目線を向けると、同じように伝えた。


「あなたは田村草太を夫とし、その健やかな時も、病む時も、豊かな時も、乏しい時も、彼を愛し、彼を敬い、彼を慰め、彼を助け、その命のかぎり、かたく節操を守ることを誓いますか?」

「はい、誓います」


 美冬の声はわずかに震えていたが、草太と同じように愛を誓った。


「それでは誓いのキスを」


 草太が美冬の顔のベールをそっと取ると、やはり美冬は泣いていた。草太は美冬を慰めるように手を掴むと、その唇に優しく、誓いのキスをした。それは二人にとって焦がれるほど待ち望んだ、幸せの瞬間だった。親族や招かれた招待客が拍手によって祝福してくれる。


「泣いちゃ駄目だよ、美冬。この後、披露宴もあるんだから」

「わかってる、わかってるわ。でもどうしても泣けてしまうの」


 小声で言葉を交わした二人だったが、泣きたいのは草太も同じだった。でもここで泣いていたら、この後の予定が何も進まなくなってしまう。


「今はなんとか堪らえよう。泣くなら二人きりになってから、ね」


 美冬は小さく頷き、草太の言葉に従った。

 結婚式は滞りなく進められ、お色直しを経て、披露宴会場へと場所を移した。美冬の清楚な美貌に、青いドレスがよく似合っている。幸せそうに微笑む美冬を見守りながら、披露宴のプログラムを予定通り進めていく。ウェディングケーキ入刀、キャンドルサービス、テーブルフォト、ビールサーブ、花嫁によるブーケトスなど、落ち着いて泣く暇などないことが幸いしたようで、美冬は落ち着いた様子で応対している。一度冷静になれば、美冬はもう心配いらない。草太は少し安心した。

 親族や招待した人々に次々と祝福され、草太は改めて自分がどれほど多くの人々に支えられていたのかを知った。


(すごいな。人って生きてるだけで、こんなに多くの人と繋がってるんだ)


 感謝の思いで胸がいっぱいになりながら、披露宴はエンディングへと進む。締めくくりはまず、花嫁から両親への手紙の朗読だ。出席してくれた方々への御礼の言葉から始まり、美冬から両親である、宗次郎と美代子への感謝の言葉が伝えられる。


「お父さん。お父さんは私のことをずっと、宝物のように大切に守ってくれていましたね。子供だった私はそこから目を背けていました。草太さんと出会い、将来のことを考えるようになって、お父さんがどれだけ偉大で、愛に溢れた人なのか知りました。お父さん、私を愛してくれてありがとう。お母さん。お母さんはいつも優しくて控えめで、私の憧れでした。見てないようで私の様子をしっかり見ていて、何かあればすぐに気付いてくれましたね。幼い頃、沢山の本を読み聞かせしてくれたことは、私にとって忘れられない大切な思い出です。お父さん、お母さん。私を大切に育ててくれてありがとう。私はこれから草太さんと共に新しい家庭を築いていきます。二人のように、仲の良い夫婦を目指します」


 わずかに声を震わせながら、美冬は凛とした声で感謝の手紙を読みあげた。披露宴会場に静かな感動が拡がっていく。宗次郎は人目も憚らず、おいおいと泣き、傍らにいる美代子が慰めている。


(お義父さんは泣き上戸かな。美冬も似てるのかも)


 次は草太が締めくくりの謝辞挨拶をする。何度も練習したが、やはり緊張してしまう。


「私達ふたりのために、お集まりいただきましてありがとうございます。皆様より心のこもったお祝いのお言葉を頂戴いたしまして、誠に感謝申し上げます。私たちは上司と部下という形で出会いました。美冬さんは私の憧れであり、目標でもありました。そんな私達が夫婦となり、美冬さんの夫となることをこの会場で一番喜んでいるのは、何を隠そう、僕であったりします。今日という日を迎えられたのは、僕の母と天国にいる父、父代わりとなってくれた三人の兄、お義父さん、お義母さんのおかげです。ふたりで支え合って暖かい家庭を作っていきたいと思います。本日はありがとうございました」


 美冬と共に最敬礼でお辞儀をすると、暖かな拍手が響き渡る。顔をあげると、美冬がはらはらと涙を流していた。


「また泣いて。美冬はやっぱりお義父さん似だね」

「だって幸せすぎて……。あなたの妻になることをこの会場で、ううん、世界で一番喜んでるのは私だわ」


 美冬の涙をそっと拭ってあげながら、草太もこみ上げる感動を抑えるのに必死だ。


「さぁ、皆さんをお見送りしないと」

「ええ。泣いていたらできないわね」


 二人は手を取り、お見送りをするべく披露宴会場の扉のほうへ向かった。どの人も「いい結婚式でした」と言ってくれたのが何よりの喜びだった。



 草太と美冬。この日二人は夫婦となった。

 六野草太と六野美冬として、共に生きていくのだ。

 

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