世界中で一番君が好き
誰もが見惚れるほど美しい花嫁が、沈んだ表情をしている。
「まったく、草太は何をやってるんだ」
式場に到着していた草太の兄、幹太が心配そうな声を上げる。
「仕事のトラブルがあったとはいえ、結婚式の前日に出張に行くなんて、ありえないだろ!?」
次兄の健太は、苛立ちを抑えきれないといった様子だ。
うつむいたまま静かに待っていた美冬が、耐えかねたように立ち上がった。
「お兄様方、申し訳ありません。私の責任です。私がつい、『私が出張に行く』なんて言ったしまったものですから。草太さんが私の代わりに行ってくれたのです。他の社員に任せるべきでした」
美冬は草太の三人の兄たちに頭を下げて謝罪した。仕事のことになると、それで頭がいっぱいになってしまうことは自覚していたが、その結果、自らの夫となる草太に多大な迷惑をかけてしまった。どれだけ後悔しても足りないぐらいだ。
「花嫁さんが頭なんて下げたら駄目ですよ、美冬さん。顔をあげて」
顔を上げようとしない美冬に、三番目の兄の裕太が優しく声をかける。美冬はおそるおそる顔をあげた。草太の三人の兄たちが、力強い笑顔で笑っている。
「大丈夫ですよ、美冬さん。草太は必ず来ます」
「美冬さん、責めるようなことを言ってごめんな。草太なら大丈夫だ。ああ見えてアイツ、足は早いんだ。俺が仕込んだからな。だから大丈夫」
「こちらこそ弟の草太が不甲斐なくて申し訳ない。でも草太なりに、仕事も美冬さんのことも全て守ろうとしてるんだ。わかってやってほしい」
三人の兄たちはそれぞれに、美冬を優しい言葉で気遣った。その笑顔は愛しい草太とよく似ており、美冬は少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
「お気遣いありがとうございます。私、草太さんを信じて待ちます」
美冬は目を瞑って手を合わせると、草太の無事を祈った。
(神様、草太が無事に到着するよう、どうかお守り下さい)
静かに祈り続けてどれだけ経っただろうか。騒々しい足音が美冬のいる控室へと響いてきた。「すみません、すみません!」周囲を気遣いながら走ってくる。それが誰のものであるか、美冬にはすぐにわかった。
「美冬!」
叩きつけるようにドアを開けたのは、美冬がこの世で誰より大切に思っている愛しい人だった。
「草太、無事だったのね!」
草太は全身汗だくで、息も絶え絶えになっている。どれだけ必死で式場に向かっていたのか、説明しなくても全て伝わる状態だった。滑り込むように控え室に飛び込んできた草太を、美冬はしっかりと抱き止めた。
「ハァ、ハァ……。タクシー、止まって。走って、来たんだ」
「わかったわ、もう何も言わないで。全ては私が悪いんだから」
言葉を繋げるように事情を説明する草太の体を、美冬は優しく擦って労った。どれだけ草太に無理をさせてしまったのだろう。
「草太、ごめんね」
どれだけ詫びでも足りない気がした。それでも美冬は、謝ることしかできなかった。
「ごめんね、草太。本当にごめんなさい」
「どうして謝るの? 美冬」
草太は美冬が予め用意しておいたペットボトルの水を飲み干すと、いつもの人懐っこい笑顔を見せた。その優しい顔を見た途端、美冬はぽろぽろと涙をこぼした。
「泣かないで、美冬。今日は花嫁が主役なのに泣いたら駄目だ」
「だって、だって。草太に申し訳なくて。私きっと、世界一面倒くさい女だわ」
「美冬は自分のこと『面倒くさい女』って思ってるの?」
「仕事のことになると周りが見えなくなるし、何より私はろくろ首体質の女よ。リラックスすると首が伸びちゃうのよ。世界中探しても、私より面倒な女はいないわ」
泣きじゃくる美冬を、草太は笑いながら優しく抱きしめた。
「僕は知ってるよ。美冬は努力家で優しくて、とびきりの美人なのに、僕にだけ甘えん坊で。なのに、リラックスすると首が伸びちゃうんだ。こんなに面白くて魅力的な人、世界中を探してもきっといないよ」
草太は美冬の頬をその手で包み込み、涙をそっとハンカチで拭った。
「もう一度言うね、美冬。僕の『ろくろな嫁』になって下さい」
前にも一度聞いた、プロポーズの言葉。それはどんな美辞麗句よりも、美冬の心を優しく解きほぐす言葉だ。美冬は涙をハンカチで抑えると、草太に笑顔を向けた。
「はい。私はあなたの妻になります」
草太と美冬は、お互いを包み込むようにしっかりと抱き合った。
「じゃあ、僕も急いで支度するよ。兄ちゃんたちが式場スタッフに事情を説明しておくって言ってくれたから」
草太の三人の兄たちは、いつのまにか控え室から消えていた。二人のために気を利かせてくれたのだろう。
「私はメイクを少し直してもらってくるわ。泣きはらした顔で入場したら、招待したお客様が驚くものね」
「そうそう。美冬はいつも美人だけど、今日は世界中で一番キレイな花嫁さんにならないとね」
二人は共に笑い、今日という日を迎えれることを喜んだ。
草太と美冬。待ち望んだ、二人の結婚式がいよいよ始まるのだ。