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一年後

 荘厳なチャペルに暖かな日差しが差し込んでいる。心配された天気は見事に回復し、晴天に恵まれた。チャペルには招待された人々が続々と集まっている。


 春野美冬、改め『六野美冬』であることを公表した美冬はこの日、婚約者の田村草太と結婚することになっている。待ち望んだ日のためにエステに通い、美しい容貌とスタイルに磨きをかけてきた。その甲斐あって、美冬のウェデングドレス姿は、会場スタッフでさえ見惚れるほど艶やかで可憐だ。あとは花婿が来れば結婚式をあげられる。

そのはずなのに。


 花婿である田村草太が姿を表さないのだ。


「草太、草太……」


 六野美冬は、祈るように愛しい人の名を呼び続けた。



       ※※※※※



 株式会社ロクノの社長、六野宗次郎が企画部主任の春野美冬が自らの娘であり、実子であることを公表したのは、草太と美冬の結婚を認めてからまもなくのことだった。

 限られた上層部の人間のみ知らされていたが、他には一切明かしていなかった。

 そのため、ロクノ会社内の衝撃と反発は予想以上に大きかった。


 美冬が主任になれたのは社長の口利きがあったからではないのか。

 素性を明かさなかったのは、社内の人間を選定するためではないのか。

 実子と言っているが、本当は隠し子で公認の愛人がいるのではないか。


 根も葉もない噂が社内を飛び交い、混乱してしまったのである。これに社長である宗次郎と美冬は真摯に向き合い、時間をかけながらゆっくりと誤解を解いていった。

 疲労困憊する美冬を気遣い、草太は常に側にいた。公表する前から美冬と草太は共にいることが多かったので不自然さはなかったものの、懐疑的な見方をするものもいた。草太を中傷するものもいたが、草太は美冬の側で彼女を手助けすることを決して止めなかった。


 誤解は結局仕事で挽回していくしかないと悟り、美冬は草太と共に新たな商品の開発に挑んだ。以前からの信頼もあり、企画部の社員たちは比較的早く美冬の素性を受け入れてくれたが、他の部署はそうはいかなかった。社長の娘である美冬にどう接していいのか、躊躇ったり悩んでしまうものもいたからだ。


 美冬と企画部以外の部署、双方の間を取り持つ役を担ったのが草太だった。草太は社内を飛び交い、美冬の発案力や指導力、真面目で誠実な人柄など、ロクノ社員としての能力の高さを今一度思い出してもらえるよう、必死に働きかけた。その甲斐あって、少しずつわだかまりは消え、美冬は以前と同じように仕事ができるようになっていった。


 そして美冬は草太と共に、新しい商品シリーズの企画をたちあげた。

 その名は『あやかし文房具シリーズ』

 その名を知られたあかやしたちを象った様々な文房具シリーズだ。草太のプランが元になっている。あやかしや妖怪といった類は子供のためのものと思われているが、昨今のあやかし人気に注目した草太が、あえて大人向けの商品を作ってみては? と美冬に勧めたのだ。美冬は自らの事情もあって反対したが、草太の熱弁に心を動かされ、共に作ることを条件に、あやかし文房具シリーズを企画した。

 

 大人向けにデザインされた『あやかし文房具シリーズ』は大きな評判を呼んだ。

「妖狐」「河童」「天狗」「鬼」「一つ目小僧」「雪女」そして「ろくろ首」といった人気のあやかしたちをワンポイントでデザインし、品良く仕上げた文房具は、一部のマニア向けと思われていたが、年代を問わず購入するものが多かったのだ。


 こうしてあっという間に一年が経過した。

 二人の結婚の話はなかなか進まなかったのである。

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