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宗次郎の申し出

「実に楽しいパーティーだった。美冬ありがとう。ついでに草太くんもな」


 宗次郎と美代子、草太と美冬とでダンスを楽しみ、時に競い合うように踊ったことがよほど楽しかったのだろう、宗次郎は満足そうな笑顔を浮かべている。「ついでに」は余計な気もしたが、宗次郎の笑顔を見れば文句を言う気にはならなかった。


「美冬、草太さん。ありがとう。とても幸せな時間でした」


 優雅な微笑みを浮かべる美代子は、草太にもしっかりお礼を伝えてくれた。


「いえ、こちらこそ。楽しい時間をありがとうございました」


 嘘ではなかった。草太もこれほど楽しい時間になるとは思っていなかった。


「お父さんとお母さんのダンスを久しぶりに見れて、私も嬉しかったわ」


 美冬も同じ気持ちなのだろう。幸せそうに微笑んでいる。


「では今晩はこれでお開きとしましょうか」


 美冬がパーティーの終幕を告げようとした、その時だった。


「草太くん。話したいことがあるから、君が暮らす蔵に明日伺う予定だ。いいかね? わたしと草太くんだけの話になるから、美冬は同席しないでほしい」


 草太と美冬は顔を見合わせた。これまでなら草太を自分の私室に呼び出していたはずだ。今回は宗次郎自ら、草太の元へ行くという。格段の進歩といえたが、少し不安を覚えた。


「それほど緊張せんでもいい。虐めるつもりはないし、もう結婚を反対するつもりはない。六野家にまつわる大事な話を、草太くんに伝えたいだけだ」


 宗次郎は真っすぐに草太を見つめている。嘘や冗談には思えなかった。


「わかりました。明日ですね。お待ちしてます」


 草太も宗次郎をしっかりと見据えた。視線と視線がぶつかり合う。火花というほど荒々しいものではなかったが、断れば承知せんぞ、という宗次郎の気迫は伝わってきた。


「草太くん、だめよ。私も一緒に」

「社長は僕と二人だけでの話し合いを希望してます。その通りにしましょう、美冬さん」


 いわば男と男の話し合いだ。ここで逃げるわけにはいかない。

 美冬はどうにかして自分も加わろうとしていたが、美代子に肩を叩かれたこともあって、それ以上は口を挟めなかった。


「何かあったら、必ず報告してね、草太くん」

「大丈夫ですから心配しないでください」


 不思議なことに、前ほど宗次郎のことを怖いとは思わないのだ。


「では明日また会おう、草太くん。今晩は楽しかったが、さすがに疲れたから先に休ませてもらうよ。美代子、行こう」


 宗次郎は美代子の肩を抱くように支えると、二人で静かに去っていった。


「家族パーティー、上手くいったみたいですね」

「そうね、二人の雰囲気がすごく良くなったもの。大成功ね。でも明日のことが少し心配よ」

「美冬さんは心配性ですね。そういうこところ、お父さん似なのかも」

「嫌だ、変なこと言わないで」


 美冬はふてくされたような顔をしているが、心底嫌がっているわけではないようだ。「やっぱり似たもの父娘だよ」と思ったが、それ以上言うのは止めておいた。


「さ、ここをさっさと片付けてしまいましょう! 夕子さんひとりに任せるのは悪いですし」

「そうね。お片付けしましょう」


 ふたりは共に片付けを始めた。


「お嬢様、田村さん。お片付けなら私が」


 夕子が慌てて止めに入ってきた。


「夕子さんひとりじゃ大変ですよ。三人でやればすぐ終わります」

「夕子さん、草太くんの言う通りよ」

「ではお言葉に甘えて、お片付けお願いしますね」


 その晩は疲れていたが、不思議と体は軽かった。今晩はいい夢が見れそうだ。



           ♢♢♢



 翌日の日曜日午前中に、約束通り宗次郎が草太のところへやってきた。


「入っていいかね?」

「はい、どうぞ。というか、ここは元々六野家のものですし」


 それは草太にとって軽い冗談のつもりだった。


「そうだな。だからこそ、ここで話がしたいのだ」

「社長……?」

「ここは六野家の蔵として使っている。にもかかわらず個人が寝泊まりできる部屋があることを、おかしいとは思わんかったか?」

「それは少し思いましたけど、旧家というのは、そんなものかと思ってました」


 宗次郎は小さく笑ったが、馬鹿にしているわけではないようだ。


「ここはな。六野家の婿や嫁になる予定のものが、まず暮らす場所なのだ。わたしも美代子と籍を入れる前に、ここで数ヶ月暮らしたよ」

「社長がここで暮らしてたんですか?」

「そうだ。まだ若い頃の話だがな」


 すぐには言葉が見つからなかった。妙に居心地がいい部屋だとは思っていたが、まさかここに宗次郎も暮らしていたとは思わなかったからだ。

 宗次郎は黙り込んでしまった草太の肩に手を置くと、中に入るよう促した。


「怖がらせるつもりはない。だが大事な話だ。中でゆっくり話をさせてくれ」

「はい、わかりました」


 長い話になりそうだと草太は思った。

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