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あなたを守りたい①

「わぁ、夜景がきれい」


 美冬は歓喜(かんき)の声をあげた。ビルの屋上から見る夜景は格別だ。


 草太と美冬は、カフェを離れて場所を移動した。二人だけで話をしたかったからだ。友人に教えてもらった絶景の夜景スポットは、小さめのビルの屋上にあった。植物のプランターが置かれていて、

近隣の会社員の憩いの場となっているのだ。


「夜景って見てると落ち着きますよね」

「そうね、心が洗われるわ」


 再会して美冬の可愛らしさに制御不能となった草太だったが、夜景の癒やし効果で、一度は落ち着きを取り戻した。

 しかし。今は別のことで再び心が乱れ、緊張していた。


(美冬さんに自分の思いをちゃんと伝えないと……!)


 女性へ告白したことは何度か経験があるものの、ほぼ玉砕していたことも彼の緊張を高めていた。加えて夜景をバックに佇む美冬は、いつも以上に美しく、胸が高鳴って止まらないのだ。


「あの、美冬さん」


 夜景に見入っていた美冬が、草太に顔を向ける。長い髪がふわりと揺れ、美冬は手で髪をすくい取って耳にかけた。何気ない仕草が妙になまめかしくて、草太の心臓の鼓動が早まる一方だ。


「あ、あの、あの」


 『あの』以降の言葉が続かない。自身の不甲斐なさに情けなくなるが、意識すればするほど体も心も強張っていく。


「草太くん、あのね。聞いてくれる?」


 見兼ねたのか、美冬が先に話し始めた。


「は、はいっ! なんでしょうっ?」


 声が裏返り、すっとんきょうな返答をしてしまう。


(なんて声出して出してるんだよ、情けない)


 自分自身の情けなさに俯いてしまった草太を気遣うように、美冬が草太の手に触れた。そのままそっと草太の手を包み込む。


「草太くん、私ね。家族以外で私の秘密を初めて知ったのが、あなたで本当に良かったって思ってる。あなたのおかげで私の世界は広がったの。こんなにも世界は楽しくて、愛しいものだなんて知らなかった。私は幸せよ。それだけでもう十分。だから無理しないで。あなたがどんな決断をしても受け入れる」


 草太の顔を下から覗き込むように、美冬は笑顔で告げた。優しい笑顔が草太の心にゆっくりと染み込んでいく。作り笑顔ではなく、心からの笑顔だと伝わってくる。


(そうだ、無理しないでいいんだ。美冬さんみたいに、正直に自分の気持ちを伝えればいいんだ)


 草太の緊張は美冬の笑顔によって溶け、夜景に消えていった。


「美冬さん、聞いてください」


 美冬が草太を見つめている。もう緊張はしていなかった。


「美冬さん、僕はあなたが大好きです。そしてこれからもあなたと生きていきたい。僕でよかったら」


 そこで言葉を止め、静かに一呼吸。夜景の荘厳さが草太の心に力をくれる気がした。


「僕で良かったら結婚してください。僕にどこまでできるかわからないですが、六野家で頑張ってみます」


 草太らしい、少し歯切れの悪いプロポーズ。

美冬の目が大きく見開かれ、とめどなく涙があふれ出した。


「私でいいの? 六野家のひとり娘で、ちょっと面倒くさい父がいて。なにより私は、ろくろ首の女よ。化け物だわ」

「美冬さんは化け物なんかじゃないです。僕にとってこんなに可愛らしい女性はいません。ろくろ首のあなたがいいんです。美冬さん、もう一度いいます。ろくろな嫁になって下さい。あなたを守って生きていきたい」

「ろくろな嫁……素敵ね、私にとってこんなに嬉しい言葉はないわ」


 美冬の涙は溢れて止まらない。けれどその顔は笑顔で、少しも辛そうではなかった。


「美冬さん、泣かないで。あなたが泣いたら、僕は辛いです。あなたにはいつも笑っていてほしいから」

「草太くん……」

「こんな時さっとハンカチ出せたらいいんですけど、持ってなくて……って、もっと大事なもの忘れてたっ!」


 草太は唐突に思い出した。仮にもプロポーズするなら、必要な小道具があることを。


「すみませんっ、僕ってば指輪を用意してません! 指輪どころか花とかアクセサリーとか、なぁんにも!」


 想いを伝えることだけで頭がいっぱいで、すっからかんに忘れていた。女性というものは、プレゼントを喜ぶ生き物であることを。


「今から指輪を買いに行くとか! でも閉店時間過ぎてるよね。じゃあネット注文……って、初めてのプレゼントがネット注文ってありえないですよね!」


 慌てふためいて、支離滅裂な言葉を続ける草太。プロポーズの言葉は、「決まったぜ」と思っていただけに、肝心なものを用意してなかった自分に嫌気がさしていた。

 わずかの間をおいて、美冬の肩が小刻みに揺れ始めた。やがて笑い声が聞こえてくる。


「もうっ、草太くんってば。笑わせないで。指輪とか、そんなこと気にしないでいいの。私はそんなもの望んでないわ。たくさんのものを草太くんにもらったから、何もいらないの」

「え……僕、何かあげましたかね?」


 草太は本気でわからないらしい。美冬は今、世界中の誰より幸せなのだと。だからプレゼントなど必要ないのだ。


「草太くんが私だけを見ていてくれればいいの。それだけで十分よ」


 泣きながら笑う美冬の頬は薔薇色に染まり、幸せの絶頂であることを物語っていた。夜景を背景に笑う美冬は、夜の女神のごとく美しい。

 

(ああ、美冬さんはキレイだ。この人が大好きだ)


 草太は美冬の頬に手を伸ばすと、そっと触れた。手に触れる温もり。美冬が愛しくてたまらなかった。この人を自分だけのものにしたい。


「美冬さん……キスしていいですか?」


 笑っていた美冬の笑顔が、急に消えた。優雅に笑っていた美冬は沈黙し、うつむいてしまった。


「美冬さん……?」


 草太は急に不安になった。急ぎ過ぎたのかもしれない。美冬にもっと触れたくて、つい聞いてしまったが、怖がらせてしまったのだろうか?


「……じゃない」

「えっ?」


 うつむいた美冬から、消え入りそうなほど小さな声が聞こえてきた。


「すみません! 急にキスとか何いってるんでしょうかね? ごめんなさい、もういいんです」


 草太は平謝りした。それしか解決策が浮かばなかった。


「草太くん、違う、違うのよ。嫌じゃないの」


 顔をあげた美冬の顔は、林檎のように真っ赤だった。


「私も草太くんにもっと近付きたいもの。でもどうしたらいいのかわからなくて。初めてだし、こういうの」

「初めて……なんですか?」

「だって、これまで男性とお付き合いしたことないから……」


 考えてみれば当たり前だった。美冬はろくろ首体質であることを隠すため、周囲の人と必要以上に親しくならなかったのだから。友達もあまりいなかったと聞いているし、男性と付き合ったこともないのだ。


(つまり。僕が初めての彼氏で、初めての相手……)


 意識した途端、草太の体はどうしようもなく熱くなった。


(やばい……こんなこと思っていいのかわかんないけど、超嬉しい)


 憧れの上司であり、ずっと思い描いてきた理想の女性。永遠に自分のものにはならないだろうと思っていた女性、それが草太にとっての美冬だ。そんな大切な人のただひとりの恋人に選ばれたのであり、夫になっていくのだ。


(僕も美冬さんを大事にしたい。少しずつだ)


 大切な宝物のように守りながら、美冬を愛していこう。草太は改めて決意した。


「美冬さん、すみません。やっぱり急ぎすぎましたね。またそのうちでいいんです。無理しないでください。そろそろ帰りましょう。家まで送りますよ」


 美冬を今すぐ抱き締めてキスしたい。その肌に触れ、自分だけのものにしたい。いかに弟属性の草太とはいえ、彼も男なのだ。欲情は当然あった。

 けれど美冬を怖がらせたくない。不安にさせたくない。

 美冬を守りたい気持ちのほうが勝った。火照った体と欲情を必死に抑え、努めて冷静に、紳士的に振る舞った。

 

 しかし美冬はなぜか、その場から動こうとしなかった。


「美冬さん……?」


 気分でも悪くなったのだろうか? 草太は心配になって、美冬の顔を覗き込んだ。

 美冬は草太を真っすぐ見据えていた。その瞳は艶めいて色香を放っており、草太の火照りを刺激する。美冬はそっと手を伸ばし、草太の服を掴んだ。


「草太くん、私も貴方に触れたい。キス……してくれる?」


 それは思わぬ、美冬からの誘惑であった。

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