あなたに会いたい
草太は再び電車の中にいた。実家で一泊し、翌朝には戻ることにしたのだ。
(早く美冬さんに会いたい。少しでも早く思いを伝えたい)
草太の家族は温かく見送ってくれた。
家族には、美冬が株式会社ロクノのひとり娘であること、体に事情があって、誰かの支えが必要なことを説明した。ロクノはそれなりに名の知れた会社であるため、家族は驚いていたが、反対はしなかった。
「今度家に帰るときは、美冬さんを連れて行こう。美冬さんが美人すぎて、兄ちゃんたちきっと驚くぞ」
家族と美冬が会ったときのことを考えると、自然と顔が緩んでくる草太だった。
「美冬さんに連絡とらないとね」
スマホを取り出し、美冬にメッセージを送ることにした。SNSの画面を立ち上げると、彼女とのやりとりの画面が表示される。
『田村くん、今晩の予定はいかがでしょうか?』
『昨日はお世話になりました。今後ともどうぞよろしくお願い致します』
『お疲れ様です。お体は大丈夫ですか?』
『体調を崩さないよう、御体を大事にしてくださいね』
プライベートとは思えない、美冬のやや堅苦しい文面が続く。
美冬は仕事以外で、メールやSNSの交流をしたことがなかったらしい。プライベートでどんな文章を書けばいいのかわからない、と真面目な顔で相談されたので、
『そのまんま、思ったこと書いてくれればいいですよ』
と答えたのだが、ほとんど仕事と変わらない文章を送ってくるのだった。
その生真面目さに苦笑しつつも、女性が好みそうな可愛らしいスタンプを送ると、
『そのかわいいイラストは、田村さんが描かれたのですか?』
と大真面目に聞いてくる。
『違いますよ。これはスタンプといって、取得すれば誰でも使えます。無料のものと有料のものがあります』
と返信すると、幼い子供が新しい遊びを覚えたかのように、可愛いスタンプを使いまくってメッセージを送ってくるのだ。
『スタンプって楽しいですね。たくさん可愛いのがあってどれにしようか迷ってしまいます』
と素直な感想を伝えてくる美冬だった。
始めはぎこちなかったメッセージのやりとりも、少しずつ変化していった。
真面目過ぎるぐらい真面目なのに、素直な子供のような反応をする美冬。可愛らしいものには目がなくてすぐ反応するのに、そのやりとりはやっぱり真面目で。
「美冬さんって、可愛いよな」
草太は美冬のことを思い出し、ひとり微笑んだ。
(ああ、僕はやっぱり美冬さんのことが好きだ)
自覚した自らの想いを大事に胸に抱え、草太は美冬にメッセージを作成し、送信した。
『美冬さん、お疲れ様です。今日帰りますので、今晩会えますか?』
ものの数秒で既読となり、すぐに返信があった。
『はい、大丈夫です。気を付けてお越しくださいね』
お共に、大喜びするわんこのスタンプが添えられていた。ずっと草太からの連絡を待っていたのだろう。真面目なメッセージに彼女の真摯な思いがぎゅっと詰まっている。それは草太も同じだった。
『美冬さん、あなたに早く会いたいです』
『私もです』
ぎこちないメッセージに、お互いへの愛情がしっかり伝わる、
ふたりだけの特別なSNSなのだ。
草太が待ち合わせ場所に到着したときには、すでに夜になっていた。
草太の実家があった田舎とは違い、ビルがネオンに照らされ、夜とは思えないほど明るい。
その日は金曜日であったため、行き交う人々もどこか浮き足立っていた。
足早に歩く人もいれば、ぷらぷら時間を潰すように歩く人もいる。かと思えば明日も仕事なのか、しかめっ面で人々の間を突き進む人もいる。
(都会の人って、歩くの早いよね)
草太はしみじみと思った。田舎から出てきたときは、その忙しさに
戸惑ったものだ。今ではすっかり慣れてしまったが、たまに田舎が恋しくなることもある。
しかし美冬と出会わせてくれたのも、ビルが立ち並ぶ都会なのだ。そう思えば、都会暮らしも悪くない。
美冬との待ち合わせは、ふたりにとっての初デートとなった、映画館のあるビルのカフェにした。少し奥まったところにあるため、人目につきにくい。
カフェに着くと、美冬が先に待っていた。薄いグレーのスーツに淡いピンクのブラウスを着ている。白い肌と長い髪によく似合っていたが、仕事を終えてすぐに直行したのだろうか、まるで取引先との待ち合わせのようだ。本を手にしていたが、心ここにあらずといった様子で周囲をきょろきょろ見回している。その様子を微笑ましく思いながら草太は少しずつ歩み寄っていった。
美冬が草太の姿を捉えた瞬間、薔薇が咲きほこるかのような笑顔を見せた。白い頬が紅く染まって、彼女の美しさを際立たせている。
さきほどまでの強張った表情が嘘のようだ。その美しさに目を奪われた草太は、しばし見惚れてしまった。
呆けている草太に気付いていないのか、嬉しくてたまらないといった様子で、小さく手を振っている。その仕草が大喜びするわんこのスタンプに重なり、たまらなく可愛く思えてしまう。
(美冬さん、可愛すぎるだろっ……!!)
そのまま叫び出したい気持ちをどうにか抑えながら、努めてクールに美冬の前に座った。
「お待たせしました、美冬さん」
「待ってないわ、全然待ってない。来てくれて嬉しい、草太くん」
前のめりで草太に顔を寄せる美冬は、歓喜の表情を浮かべている。ご主人様に会えてしっぽを振り回す犬のようで、草太はこみ上げる笑いを抑えるのに必死だ。
先程から挙動不審な草太を心配したのか、真顔に戻った美冬は、右に首をかくんと傾けた。その仕草も愛らしい犬に似ていて、草太はひとり悶えた。
「草太くん、体調でも悪いの? さっきから口元抑えたり、うつむいたりしてるけど」
「だ、大丈夫ですっ! ただその、ちょっと」
「ただその、ちょっと?」
草太の台詞を繰り返しながら、きょとんとした顔で、今度は左に首をかくんと傾ける。その可愛らしさといったら。
「ああ、もうっ! 美冬さん」
「え? 私何かした?」
不安そうな顔で、おろおろする美冬を落ち着かせてあげたかったが、草太はもう自分を抑えられそうにない。
「美冬さん、可愛すぎるんですよっ!」
首を傾け、草太の言葉を反芻していた美冬は、ようやくその意味に気づいたらしく、一気に真っ赤になった。
とうとう本音を晒してしまった草太も、情けないやら、恥ずかしいやらで顔が熱くなる。
二人は仲良く顔を赤くしながら、ごまかすように照れ笑いするしかないのだった。