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ディナーに御招待

「美冬、お土産いっぱい買ってきたぞ。おまえの好きなチョコレートに、ケーキ、マカロン、あとカヌレも忘れてないぞ」

「あ、ありがとう。でもね、お父さん。私はもう小さな子どもじゃないから毎回たっぷりのお土産を買ってこなくていいのよ?」

「何を言う! いくつになろうと、おまえは私の可愛い娘だ」

「お父さん……」


 深いため息をつきながら、美冬は頭を抱えてしまった。


(社長って究極の親バ……じゃない、娘である美冬さんを文字通り溺愛してるだなぁ)


 男親にとって娘は特別と聞くが、六野宗次郎はいささか限度を超えているような気がする草太だった。


「ところで君たち。何やら怪しげな雰囲気だったような気がするんだが。田村くん、よもや私の天使・美冬に不埒なことをしようとしたのではないだろうね……?」

「ち、違います! 美冬さん、いや春野主任とは一緒に音楽を聞いていただけです」


 めいっぱい首を振り、全力で否定する。未遂だったので『不埒なこと』にはなっていない。嘘はいってない、一応は。


「美冬、本当か?」

「本当よ。何もなかった。でもね」

「でも? 何が言いたい、美冬」

「私はもう26歳なのよ? お願いだから、そろそろ子離れして。部屋に入る前にノックはしてよ」

「親子だからいいじゃないか」

「親子でもプライバシーは必要だわ」

「美冬!」


 呆然とする草太をよそに、父娘喧嘩を始めてしまう美冬と宗次郎。草太は身の置き所がない。


「あ、あの。僕はそろそろ帰らせてもらいますね。春野主任、週明けの会社でお会いしましょう」

「草太く……、いえ、田村くん。来週もお仕事頑張りましょうね」

「はい。お疲れ様でした」


 よそよそしい挨拶をして、素早く帰ろうとした時だった。


「待て、田村くん。今日は我が家で夕飯を食べていきなさい。これは社長命令だ」

「社長命令……?」

「お、お父さん、何を」


 逃げ出す道を、六野社長によって絶たれてしまったようだ。




「田村くん、遠慮せずたんと食べなさい。うちの食事は美味かろう?」

「はいっ、おいしいです」

 

 広いテーブルを挟んだ向かいの席、草太の目の前に、社長の宗次郎が鎮座している。


見た目にも鮮やかで、見たことのない料理ばかり並んでいる。化け狸をご先祖にもつという、六野家の家政婦夕子は優秀なようだ。きっと美味いのだろう。

 実際のところ、草太は味など感じてる余裕はなかった。『社長命令』と言われては、食事の誘いを断るわけにはいかなかった。美冬も「せめて社長命令は止めて。田村くんが困惑するでしょ?」と抗議したが、六野宗次郎は頑として社長命令を取り下げなかった。


 やむなく美冬は草太の隣の席に陣取り、食事のマナーなどをサポートしつつ、斜め向かいに座っている父の宗次郎を睨みつけている。父と娘、視線で火花を散らす真っ只中に、草太は座っているのだ。食事を楽しめるわけはない。


「田村くん。食べとるかね?」

「はいっ、頂いてます」


 せっせと食べ物を口に運ぶが、食べ慣れない豪勢な料理にむせ返りそうだ。しかしここでむせて咳き込もうものなら、目の前の社長に食べカスが飛んでいってしまうかもしれない。そうなれば身の破滅、職を失うことになるやもしれない。草太は水で必死に食べ物を呑み込んだ。

 どうにかこうにか一通りの食事を終え、食後のコーヒーをいただいているところだった。


「ところで、草太くん」

「はいっ!」

「君は美冬のことをどう思っとるのかね? 好きなのか? 愛してるのか?」


 直球である。ストレートすぎる宗次郎の質問は、草太の胃にジャストミートし、盛大にコーヒーを吹きこぼしてしまった。吹き出されたコーヒーは勢い良く飛び、宗次郎の衣服まで汚してしまう。


「うっ、ゴホッ、ゴホッ、すびません……」

「草太くん、大丈夫?」


 美冬が背中をさすってくれたので、比較的早く呼吸は落ち着いた。息が整えられると、容赦のない現実が目に飛び込んでくる。睨んでいる、社長が草太を睨んでいるのだ。シャツにコーヒーの染みが点々と飛び散り、鬼のような形相をしている。


(めちゃくちゃ怒ってる……。ダメだ、今日でクビだ)


 草太は覚悟した。しかし宗次郎は怒ることもなく、飛び散ったコーヒーを静かにタオルで拭き取っている。


「もう一度だけ、聞こう。田村くん、君は美冬をどう思っている?」


 宗次郎の声が、草太の心に重く響いた。


宗次郎はどうやら、コーヒーを吹きかけてしまったことを怒っているわけではないようだ。クビにするという話も出てこない。そこは安心していいらしい。しかし、別の意味で追い詰められている気がした。


「僕は美冬さんのことを……大事に思っています」

「大事とは? 最近の君たちのことをずっと調べさせているが、親密ではあるものの、正式に付き合っているわけではないようだね?」


『調べさせている』と宗次郎はいった。ということは、興信所か部下なのかわからないが、他人に美冬との交流を見られていた、ということになる。おそらく、草太の実家や両親、兄弟のことなども詳細に調べ上げていることだろう。


「お父さん! 調べさせてるってどういうこと?」


 美冬も驚いたのだろう。実の父がしていることとはいえ、プライベートを見られていたのだから。


「美冬は黙っていなさい。これは田村くんとわたしの、男同士の話し合いだよ。娘が口を出すことではない」


 ぴしゃりとはねつけられ、その迫力に美冬がたじろぐ。娘を溺愛する甘い父親の姿はどこにもない。六野家と娘を守らんとする、ひとりの男の姿だ。

 草太も男として、宗次郎の言葉を受け止めなければいけないのは理解できる気がした。しかし突然すぎて気持ちがついていかない。宗次郎の厳しい視線が、草太の心を見透かしているようだ。


「君が美冬のことを好きなら、それは結婚を考えるということだ。なぜなら、美冬は六野家の一人娘であり、跡取りだからだ。加えて、人には言えぬ秘密も抱えている娘だ。田村くん、君の言動から判断するに、娘との結婚を前提に付き合っていると判断していたが、違うのかね?」


 冷静な指摘だった。美冬のことを大事に思っているのは確かだ。これからも側で見守っていきたい。しかし結婚となると、話はまた別だった。

 草太を含む四人兄弟のうち、兄二人はすでに結婚して家庭をもっている。ゆえに草太も、ある程度は知っているのだ。結婚とは、お互いの気持だけで成り立つものではないということを。結婚は家と家の結びつきでもある。ふたりの気持ちだけで簡単に決められることではない。

 まして六野家は、草太が育ってきた一般庶民の家とは明らかに違う。古くから伝わる立派な家柄であり、株式会社ロクノの社長宅だ。草太が簡単に入り込める家ではない気がするのだ。

 冷や汗が流れる。答えが出せない。


「わ、わかりません……」


 それが率直な答えだった。我ながら情けないとわかってはいたが今この段階で『結婚します」とは簡単にいってはいけない気がしたのだ。


「それが君の答えか。情けないな。美冬、これが田村くんの本性だ」

「草太くん……」


 美冬が明らかに失望しているのが伝わってくる。それが草太には

何よりも辛かった。



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