ふたりだけの時間
お互いのお気に入りの音楽をかけながら、草太と美冬はゆっくりと語り合った。
「草太くんってどんな子どもだったの?」
「末っ子でしたから、ちょっとだけ甘えん坊だったかもしれないですね」
「兄弟がいるのね。何人兄弟?」
「四人兄弟です。兄貴が三人います」
「3人もお兄さんがいるのね! 賑やかそうね」
「うるさいだけですよ~。喧嘩とか絶えずありましたし、兄貴たちにはよく虐められましたし」
「お兄さんたちは可愛がってくれなかったの?」
「仲良くしてくれることも多かったですけど、末っ子は立場が弱いですからね。おもちゃみたいに遊ばれることも多かったですよ」
「ふふふ。なんか楽しそう」
「ぜ~んぜん! 四人兄弟は大変ですよ~」
草太の子供の頃の話を聞く美冬は、とても楽しそうだ。
「美冬さんはどんな子どもだったんですか?」
何気なく美冬に聞いてみた。美冬は少し真面目な顔になり、言葉を選ぶように、少しずつ語り始めた。
「私ね、子供の頃はみんな、大人になったら首が伸びると思ってたの。私みたいに」
「そうなんですか?」
「そう。だからお父さんよく頼んでたものよ。『首を伸ばして。私みたいに』って」
「六野社長はなんて答えてたんですか?」
「『美冬、ごめんな。それは無理なんだよ』って申し訳なさそうにいってたわ。あたりまえよね。でも子供の頃はそれが悲しくて毎日泣いてた」
「…………」
さすがの草太も、なんと答えていいのかわからない。草太が黙り込んでしまったことに気付いた美冬は、慌てて話を切り替えた。
「ごめんね! ちょっと深刻になっちゃった」
「そんなことないです。美冬さんの子供の頃の話を教えてもらえて嬉しいです」
「草太くんは優しいね」
「優しいのは美冬さんですよ。僕のこといつも気にかけてくれる」
「だって草太くんは何をしでかすか、わからないもの。ほっとけないわ。お兄さんたちの気持ちもなんとなくわかる気がする」
「酷いな~。美冬さんは僕の兄貴ですか?」
「兄貴じゃなくて、お姉さんでしょ?」
ころころと笑いながら、美冬は何気なく答えた。美冬にとってたいした意味はなかったのだ。しかし草太は、どうしても気になってしまった。
「美冬さんにとって、僕は弟ですか?」
これまで好きになった女性は草太を弟扱いして、あげく「男として付き合えない」と言い放った。女性側にしてみれば、可愛い弟分と楽しく遊んでいただけなのかもしれないが、草太だってひとりの男だ。好きな女性には男として見てほしい。だからせめて美冬には。
「美冬さんには、弟扱いしてほしくないです」
それは草太にとって正直な思いだった。草太は美冬を見据え、力強い声で伝えた。
「草太くん……?」
草太にとって美冬の存在は憧れの上司だった。日本でも有数の文房具メーカーロクノの企画部ホープとして、美冬は新商品をいくつも創り出した。彼女が創った文房具はよく売れた。中には「幸せをもたらしてくれるラッキーアイテム」とネットで囁かれる商品もあり、即日完売してしまうほどの人気ぶりだ。
主任として他の社員をまとめ指導していく力もあり、それでいて女性らしく美しい。
そんな彼女の意外な姿を見てしまった。春野美冬はろくろ首の先祖をもつ、ろくろ首体質の女性だったのだ。
正体を知ったことで美冬の素顔を知ることになるが、それは草太にとって驚きであると同時に喜びだった。真の姿を知るたびに、憧れの美冬に近づくことができるような気がしたから。
美冬の側にいたい、守ってあげたい。これからもずっと。
草太は美冬を見つめ、美冬も草太を見つめている。互いの視線が糸のように絡まり、二人の心を結びつけていく。引き寄せられるように距離を縮めると、手を伸ばし美冬の頬にそっと触れた。温かく柔らかな肌の温もり。草太を見つめる美冬の瞳は潤み、彼女の美しさを際立たせる。
「美冬さん、僕はあなたのことが……」
「草太くん、私も……」
ゆっくりと、美冬に顔を近付けていく。美冬が静かに目を瞑った。
「美冬さん……」
「草太くん……」
吸い寄せられるように唇を重ねようとした、その瞬間。
「美冬、パパが帰ってきたぞー! お土産たくさんあるぞぅ!」
無粋にも二人の空間に入り込んだ、男の名は。
六野宗次郎。文具メーカーロクノの社長であり、美冬の父親である。
「お、お父さん!!」
「しゃ、社長!」
飛び上がるように、お互いから離れた。
「んっ? なんだい、この空気は。何してるんだね、君たちは」
草太と美冬は、気まずく視線を反らすしかなかった。