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お家に行こう①

「草太くん、ここよ。私の家は」

「ここですか……」


 豪勢な門構え。門の間から見える家は、自宅というよりは富豪の豪邸だ。

美冬が手持ちのスイッチを押すと、自動で門が開いていく。


(ぜ、全自動式の開門……)


 貧乏寄りの一般庶民である草太には、映画で見たことがあるぐらいで、縁がないものだった。

 門から中に入ると、広い敷地に立派な庭と屋敷と思われる建物が3つあった。


「真ん中が我が家の母屋よ。私は左側にある離れ屋を使ってる。さぁ、行きましょう」

「ご、ご挨拶とかしなくていいんでしょうか? 御家族の方に」


 御家族というのは、草太にとっては六野社長のことだった。娘の美冬を「我が家の天使だ!」と称して溺愛する、親バカの典型のような父親。

そして草太にとっては雇い主といっていい存在だ。社長室に呼び出されて以降、特に顔を合わせたことはなかった。それだけに挨拶なしに自宅に入り込むのは、許されない気がした。


「家族? ああ、父のことね。今は出張中だから大丈夫よ。でも母がいるはずだから、顔だけは出しておきましょうか?父と違って、無口でおしとやかだから大丈夫よ」


 娘をこよなく愛する父親の妻が、無口な女性とは意外な気がした。


(きっと六野社長の半歩後をついていくような、もの静かでおとなしい女性なんだろうなぁ)


 草太は勝手に想像した。


 母屋の重々しい扉を開けると、すぐにひとりの女性が飛び出してきた。エプロンを身に着け、髪は短く切り揃えた小柄な女性である。


「は、初めまして! 僕は田村草太と申します。美冬さんには会社でお世話になっています!」


 てっきり彼女が美冬の母親と思ったのだ。草太にとって母親のイメージそのものだったから。

 

「違うわ、草太くん。この人は通いの家政婦さんの夕子さんよ」


 家政婦の夕子は苦笑している。草太は顔から火が出る思いだ。


「御挨拶でしたら、先に奥様にされたほうがよろしいかと思いますよ」

「す、すみません。てっきり美冬さんのお母様かと」

「どうぞお気になさらず。むしろ嬉しゅうございますよ。

お美しいお嬢様を、私の娘と思っていただけるなんて」

「やだ、夕子さん。美しいなんて」

「お世辞でもなんでもございませんよ。田村さんもそう思われますよね?」

「はい、そこは僕も同意です」


 夕子と目線を合わせると、共に笑った。美冬も顔を赤くしつつ、「もう、やぁね」と笑っている。草太は緊張が一気にほぐれていくのを感じた。


「その笑顔で奥様に御挨拶されるといいと思いますよ、田村さん」


 夕子なりの気遣いだったらしい。その気配りに感謝しかない。


「それでは私は買い物がございますから、この辺で失礼致しますね。お嬢様、奥様は奥にいらっしゃいますよ」

「ありがとう。夕子さん」


 夕子は丁寧にお辞儀をすると、母屋を出ていった。


「いい方ですね、夕子さんって」

「でしょう? 先祖の代から我が家を手伝ってくれてる方なの。実は私の秘密も知ってるけど、信用してるから隠してないわ」

「そうなんですか」


 美冬の秘密を知ってるとは意外だったが、美冬の信頼の高さを思えば、不思議ではない気がした。


「じゃあ奥にいる母に、挨拶にいきましょうか?」

「はい」


 草太は気を引き締め、母屋にあがろうとした、その時だった。


「私なら、ここにいますよ。美冬さん」

「お母さん!」


 視線を上げると、着物を優雅に着こなした女性が立っていた。日本人形のように美しい女性だったが、その表情はなぜか硬い。草太はごくりと唾を飲み込んだ。


 美冬の母は、美冬によく似ていた。いや、彼女が母親似なのだ。


(美冬さん、お母さんによく似てる。でも……)


 似てはいるが、印象が全く違う。美冬は春の女神のような柔らかな温もりがあるが、母親はさながら冬の女神といったところだろうか。

 鋭い眼光が人を寄せ付けない雰囲気なのだ。

 そしてその冷ややかな眼は、真っすぐ草太を見ている。見すえたままゆっくりと階段を下りてきた。


「あなたが田村草太さんね。私は美冬の母、六野美代子です」

「は、はじめまして。美冬さんには会社でお世話に……」

「形式的な挨拶は結構よ。それより、もっと近くに来てくださる?」


 言われるがまま、美代子の側へにじり寄っていく。なぜか抗えない気がした。体の裏側まで見透かされそうな視線。

 しばし草太を見つめ続けたあと、美代子は小さく笑った。


「美冬のこと、大事にしてくれているようね」

「えっ……?」


 美代子に会うのは今日が初めてなのに、まるで全てを見ていたような口ぶりだ。


「美冬のこと、よろしく頼むわね。これからもずっと」


 意味深な言葉を残し、美代子は奥の部屋へ消えていった。


「な、なんだったんでしょう……」


 草太は訳が分からず、ぽかんとしていた。


「奥様は、千里眼をお持ちですからね」


 突然、草太の後ろで声がした。驚いて振り向くと、買い物に行ったはずの夕子が戻ってきていた。足音さえしなかったのに。


(い、いつの間に後ろに)


 気配を全く感じなかった。穏やかな微笑みを浮かべる夕子が、どこか不気味に感じた。


「あら、夕子さん。帰ってきたのね」

「ただいま戻りました。お嬢様」


 驚く素振りもみせず、平然と美冬は夕子と話している。いつもこんな感じなのだろうか? 自分を見ていることに気付いたのか、夕子は草太に笑顔を見せる。


「先程の話は、ほんの冗談ですよ。奥様が普通の人と違うのは確かですけどね」

「普通の人と違うというのは……?」

「少し話をされただけでお分かりになったでしょう? 奥様にはどなたも逆らえません。お嬢様はもちろん、旦那様でさえも。でもご安心を。無理な要求はされませんよ。お優しい方ですしね」


 草太は言葉が出てこない。冷汗が流れてくるのを感じた。


「草太くん、安心して。母はあなたのこと気に入ったみたいだから」

「え、あれのどこが……??」


 美冬は嬉しそうに笑っている。夕子も頷いている。


「奥様が気に入られたということは、もう逃げられないということですけどねぇ。ふふふふ」

「はぁ……え?」


 夕子の話はもはや本気なのか、冗談なのかさえわからない。

なんだかとんでもない魔窟に足を踏み入れてしまったかのように感じる草太だった。


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