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世にも奇妙な映画鑑賞

「美冬さん、こっちですよ」


 約束通り、草太は美冬と映画館に来ていた。

 久しぶりの映画館に興奮しているのか、美冬は辺りをきょろきょろと見回している。夜だからうっかり首が伸びてしまわないように、手はしっかりと繋いだままだ。


 レイトショーはカップルや夫婦などペア客が多い。手を重ねていても違和感はない。お互いの相手と映画にしか興味がないから目立ちにくい。

 想像通り、草太と美冬に不自然さはない。他人から見れば立派な恋人同士だろう。


(美冬さんは僕のこと、部下か弟としてしか見てないだろうけど)


 周囲のアツアツな恋人たちを見ながら、草太は乾いた笑いを浮かべる。何度も経験した苦い失恋が、草太の思考を()じ曲げる。

 美冬の整った顔を、ちらりと盗み見ては軽いため息をつく。


(美冬さんが、僕の恋人だったらなぁ)


 草太にとって美冬は、いまだ憧れの女性だった。ろくろ首体質の女性とわかっても、それは変わらない。


「ねぇねぇ、草太くん。あれは何?」

「あれはこの映画館名物のポップコーンとドリンクですよ。女性に人気のチュロスもあります。専用のトレーに乗せて、映画を見ながら食べるんですよ」

「すっごく大きいわよ。あんなの食べれるの?」

「意外と食べちゃうんですよ、これが。小さいサイズもありますけどね」


 子供のように輝いた目でカウンターを見つめている。食べたいのが一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。


「買いましょうか? 二人で食べれば大丈夫ですよ」

「チュロスもはんぶんこ、してくれる?」

「わかりました。ポップコーンとチュロスですね。

ドリンクは何にしますか?」

「うーんと、コーラかな? コーラも二人でシェアしない? 普段飲まないけど、コーヒーだけだと味気なさそうだもの」


「はいはい、コーラもコーヒーもシェアですね」


 草太は苦笑した。美冬がウキウキしてるのが伝わってくるのだ。


(本当に映画が楽しみなんだなぁ。連れてきてあげて良かったよ)


「ここで待っていてくださいね。買ってきますから。少しの間なら離れても大丈夫ですか?」

「大丈夫よ」


 美冬の笑顔を確認すると、草太はチケット発券とフード類を買いに走った。 



 ひとり待つ美冬は、頬を抑えていた。顔が熱く、赤くなっているのがわかるから、頬を隠しているのだ。


「草太くんとチュロスはんぶんこ、草太くんとコーラをシェア……」 


 それらが間接キスという行為に繋がるものと理解しているのは、美冬だけのようだ。



 ポップコーンとチュロスを乗せたトレーを持ち、手をしっかりと繋いだまま指定の座席に座った。あとは映画が始まるのを待つだけだ。


「ところで美冬さん。今更ですけど、この映画で本当によかったんですか?」


 二人がこれから見ようとしているのは、人気のホラー映画である。

 タイトルは『闇のむこうの住人』

 美しき姉弟霊能者が活躍する物語で、若い女性を中心に人気がある。


「うちの課の女の子にも多いのよ、この映画のファン。みんなと話を合わせるためにも、一度は観ておいたほうがいいと思って」


 円滑なコミニュケーションのために、ホラー映画を見ようとするとは。

 真面目(まじめ)な美冬らしいコメントだと思った。


「でもこの映画、意外と怖いですよ。大丈夫ですか?」

「大丈夫。草太くんがいるもの」


 美冬は優雅に微笑んだ。その笑顔が眩しい。

自分を頼りにしてくれるのは嬉しいが、美冬さんは果たして恐怖に耐えられるのだろうか? 


「本当に怖かったらいってくださいね」

「ありがとう、草太くん」



 ブザーが鳴った。他の映画の予告映像や宣伝が始まる。派手な宣伝の音に紛れて、美冬がぼそりと呟いた。


「ホラー映画なら、草太くんにいっぱい甘えられそうだものね」


  美冬にとってホラー映画を観に来た理由は、ひとつだけではなかったらしい。


「え? 美冬さん、何か言いました?」

「ううん、なんでもない。このポップコーン、美味しいな、って」

「キャラメル味、美味しいでしょ? 他にもいろんなフレーバーがあるんですよ」

「そうなの? 他のも食べたいなぁ」

「また今度にしましょう。映画はたくさんありますしね」

「そうね、また今度ね」


 ちゃっかり次のデートの約束を取り付けられたことに、草太は気付いてない。


 草太と美冬。世にも奇妙な映画鑑賞が、これより始まる。



 ホラー映画『闇のむこうの住人』の上映が始まった。

 冒頭からいきなり異形の化け物が現れ、見る人の恐怖心を煽る。

 美冬も最初から怖いと思ってなかったようで、「キャッ」と小さく叫んで体を震わせている。

 草太は美冬の手を握り直し、「大丈夫ですよ」と小声で伝えた。草太の存在に安心したのか、美冬はホッとした表情になった。しかし、まだ目が怯えている。


(大丈夫かな? これから更に怖くなっていくんだけど)


 草太はこの映画を一度見ており、どの程度怖いか理解している。2度見ても面白いと思う映画だから、また観に来た。それだけに、美冬が望んだとはいえ、怖さを受け止めきれるか心配だった。ホラー映画は映画館で見るからこそ、恐怖がダイレクトに伝わってくるものだから。


 やがて映画は主人公の霊能者姉弟のエピソードになり、しばしほのぼのした展開が続く。笑える箇所もあり、見る人の心も和む。

 しかしそれも(つか)の間のこと。この後、話は一気に加速し、目が離せなくなるのだ。草太もつい映画に夢中になってしまった。


(この映画、やっぱり面白いなぁ)


 ふと、隣の美冬に目を遣った。美冬も食い入るように映画を見ている。しかし何か妙だ。違和感がある。


(あれ??)


 首が伸びている──。美冬の首が伸び始めている。

 ろくろ首になろうとしているのだ。


「み、美冬さん、ちょって待って、首が」


 草太は慌てて小声で声を掛け、美冬の注意を促す。


「き、気をつけるわ」


 美冬も自らの不注意に反省してようだ。草太は安堵(あんど)した。

 やがて映画は佳境になり、さらに面白くなっていくのだが恐怖もどんどん増していく。


 おそるおそる隣の美冬に目をやると、またもや美冬の首が伸び、白い首がくにゃりと曲がって顔をやや後ろに背けている。どうやら無意識に目を反らそうとしているようだった。

 当然ながら、普通の人間ではありえない光景だ。


 前面のスクリーンには『闇のむこうの住人』の異形の化け物、草太の左横にはろくろ首。


(これって、どっちがホラーなの!?)


 世にも奇妙な状況に、草太はすっかり混乱してしまった。


(まずは僕が落ち着かないと!)


 深呼吸をして必死に心を落ち着けると、小声で声を掛ける。


「美冬さん、また首が伸びてますよっ」


 くねゃりと曲がった首が少し持ち上げられ、美冬の顔が草太に向けられる。彼女は完全に怯えているようで、目には涙まで()まっている。


「どうしよう、草太くん。首が」

「首が?」

「私の首が戻らないの……。この映画、想像以上に怖くて。首の戻し方がわからなくなってしまったみたい……」

「そ、そんな」


 思わぬ事態に、二人は互いを見つめ合った。


「どうしよう、草太くん。どうしよう」


 日頃は冷静な美冬も、混乱しているようだ。体はかたかたと震え、伸びた首は(しお)れた花のように垂れている。

 上映中は館内も暗く、皆も映画に夢中になっている。しかし映画はクライマックスを迎えており、まもなく終演だ。幕が下りて、灯りがともればどうなるか。首が伸びた美冬を見て、他の人はどんな反応をするのか。考えただけでも恐ろしい。


(僕のせいだ、映画を観に行きましょう、なんていったから)


 草太は美冬の細い肩を抱き寄せた。少しでも安心させてあげたかった。


「大丈夫ですよ、美冬さん。大丈夫、大丈夫」


 幼子をなだめるように、背中を優しくさする。美冬の震えが少しずつ治まっていく。


「草太くん……」


 美冬は草太の胸元に顔をうずめ、その鼓動(こどう)を確かめるように目を(つむ)った。

 映画館の暗がりが二人の姿を包みこみ、そっと隠してくれる。


「ありがとう、草太くん。もう大丈夫みたい」


 身を起こした美冬の顔を見ると、首はあるべきところに収まり、穏やかな微笑みを浮かべている。目に涙をためているが、怯えはとうに消え去っていた。


 いつのまにか映画はエンドロールを迎えていた。早々に席を立ち、静かに去っていく客もいる。

 草太と美冬はエンドロールを静かに眺めていた。


「とんだ映画鑑賞になってしまいましたね」

「本当ね。危うく私がホラー映画の出演者みたいになってしまうところだったわ」


 二人は顔を合わせ、笑った。ホラー映画の後に笑う二人を奇異(きい)な眼差しで見る者もいたが、気にならなかった。


「映画、終わっちゃいましたね。ちゃんと見れましたか?」

「残念ながら最後までしっかり見れなかったわ。でもいいの。代わりに素晴らしいものをもらえたから」

「素晴らしいもの? なんですか?」


 草太は不思議そうに頭を傾ける。彼は何も気づいていないようだ。


「ふふふ。草太くんには教えてあげなーい」

「内緒ですか? 教えてくださいよ~美冬さん」

「し~らない」


 美冬は満足そうに笑っている。


(美冬さんが幸せそうならいいか)


 お互いを見つめながら立ち上がると、しっかりと手を握りしめ、劇場を去っていった。

 映画館は二人を見送ると、その幕を静かに下ろした。



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